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第八話「ドラル村」

 イェガランス大森林を隔ててガリュンダ獣霊国の東に存在する大国、シリース神聖国はシリース教を信仰する者たちによって興された国家である。

 人族こそが人類の指導者にふさわしいと考えられているシリース教徒たちにとって、彼らの生活を脅かす魔物は勿論、人族以外の種族―獣人族や魔族などは排斥すべきものだった。

 シリース教徒たちはそう言った考えを実行すべく、人族に信仰を広めながら周囲の魔物を駆逐し他種族を別の地へ追いやった。そうして産声を上げた人族のみによって構成されたシリース神聖国は、より効率的にシリース教を広めるため、教区と呼ばれる区間で国土を区別し、そこに司教を派遣することでよりスムーズにシリース教を広めることに成功した。


 そんな教区の一つであるスエノ教区はシリース神聖国の西南に位置し、イェガランス大森林に最も近い教区としてある意味中央では有名な教区であった。

 スエノ教区はイェガランス大森林の調査とそこからやってくる魔物からの防衛も管轄であり、司教司祭にとっては最も派遣されたくない教区なのである。

 

 そのスエノ教区にドラル村という村がある。人口はおよそ二百人程で、四十弱の世帯を有する。

 主に小麦が占める農作とイェガランス大森林の北端での薬草や果実の採集によって成り立っているシリーズ神聖国の村ならどこにでもあるような普通の村だが、一つだけ決定的に他の村と違う点が存在する。

 それは、村人が全員獣人族(・・・)であることだ。

 この辺りの獣人族はほとんどが隣国であるガリュンダ獣霊国国民であるし、人族以外には排斥感情のあるシリーズ神聖国の村と考えるとあり得ないことだ。


 そしてその理由もまた一つ。

 このドラル村は、シリース神聖国が五年前のガリュンダ獣霊国との戦いに勝利し、かの国から譲渡させた村だったからだ。

 本来であれば獣人族が人口のほとんどを占めるガリュンダ獣霊国出身の村人にとって、人族以外を見下すシリース神聖国の国民となることは決して歓迎できる者では無い。

 それ故、村人たちの表情は暗く村全体の活気はない。


 他の村よりも明らかに多い税の量や、村を魔物や蛮族から守るために派遣される騎士が全く来ないなど、ドラル村はシリース神聖国からどうでもよいとみなされていた。シリース神聖国が欲しがっていたのはイェガランス大森林から得られる利益のみ。シリース神聖国がこの村に見出している物は、イェガランス大森林の調査などの前哨基地としての役割のみであり、この村に住む薄汚い獣人族のことなどどうでもよかったのである。

 イェガランス大森林は、奥深くこそ魔物の巣窟となっており迂闊に踏み入れられない場所だが、森の周縁部は昔から調査が入り人の手によって道や小屋などが作られており、両国にとって様々な資源が手に入れられるまさに自然の宝庫であった。他にも様々な理由はあるが、シリース神聖国とガリュンダ獣霊国がいがみ合っている原因は、イェガランス大森林という利権争いなのである。


 そういった事情もあり、この村はシリース神聖国の騎士たちがイェガランス大森林の調査や資源の採集をする際の前哨基地として使われている。彼らがこの村に宿泊する場合は、村人たちは騎士たちに精一杯の奉仕をしなければならないと定められているのだ。

 ただでさえ重い税に加えて、数十人の騎士に接待をしなければならない村人たちはたった五年の生活だが疲れ果てていた。

 それに今夜はその騎士たちが首都へと帰った翌日だった。くたくたになった村人たちは全員泥のように眠っている。

 空は闇に覆われ、月と星々の輝きのみが村を照らしている。

 しかし、そんな静寂は心を芯から冷やす鐘の音で打ち破られる。


「敵襲ー!魔物の襲撃!小鬼(ゴブリン)およそ十五匹!豚鬼(オーク)三匹!自警団は西門に集まれ!女子供は東へ避難しろ!」


 村の中央に位置する、村で一番大きい木造の家。

 その家主であるゲレアス・ワンダー・イーシャは、村中にこだまする大きい声を頭頂部に生える犬のような耳で捉え目を覚ますと、淀みのない動きで立ち上がり、腰からぶら下がる尻尾を器用に使い部屋に立てかけていた両手剣を手にする。

 ゲレアスにとって、こういった状況は日常茶飯事であった。

 ここドラル村は、度々魔物に襲撃される。昔は月に一回あるかないかだったが、この頃は週に一回のペースで襲ってくるため、慣れてしまったのだ。

 しかし最近はより襲撃の頻度は高くなってきており、今月は週に三回ほどのペースで魔物が襲ってきている。そのためゲレアスは熟睡することが出来なくなっていた。


「お父さん!」


 魔物の襲撃を食い止めようと家から出ようとしたゲレアスの背に、少女特有の高い声がかけられる。


「セレーズ」


 セレーズ・ワンダー・イーシャ。ゲレアスの一人娘である。亡き母譲りの金髪は厳しい生活によりその綺麗さは見る影もない。だが、可愛らしい顔は村の中でも評判できっといい女性になるだろうとは村の若い男たちの間で話題だ。

 しかし、村の中でも珍しい金色の尻尾はだらんと元気のない様子だった。


「隣のグラシャさんと東に避難しろ。ここは危ないかもしれん」

「い、嫌!私も戦うわ!」


 セレーズは満足に栄養の摂れていない細腕で、刃毀れした包丁を持っていた。頭には鍋を被っており、その姿は確かに武器のない村の自警団の一員のようだ。

 しかし、ゲレアスは首を縦に振れない。


「だめだ。避難しろ」

「嫌よ!私だって戦える!村の皆のために…!」

「無理だ。お前は戦う術を知らん。足を引っ張るだけだ」

「でも…!」


 セレーズは数年前に母親を亡くしている。それまでは我儘の多い手のかかる娘だったが、家族が二人っきりになってしまった父親の苦悩を感じたのか、言いつけを守る良い子になった。

 しかし、今この時だけは昔のセレーズに戻っていると、ゲレアスは思った。それはひとえに村を思っての行動なのだろう。それを誇らしくは思うも、素直に彼女の要望を受け入れることはできない。


「いいからグラシャさんと一緒に避難するんだ。彼女もご高齢だ。誰かが助けなければならない」

「…………分かったわ」

「良い子だ。……獣霊様の加護を」

「………獣霊さまの加護を…」


 ガリュンダ流の挨拶をした後、セレーズは包丁や鍋を元の場所に置きゲレアスの側を通って隣家へ走る。

 それを見届けたゲレアスは彼女とは逆方向に走り出す。身体能力が高い獣人族の中でも優れた肉体を持つゲレアスは一分足らずで西門へとたどり着くと、見張り台に立つ自警団の男を見つける。


「ルーグ。敵は」

「おそらく後数分ほどで門に到達するぜ、村長」

「こっちの人数は」

「今日は…三十二人だな」

「ちっ…豚鬼(オーク)三匹を相手するには少なすぎるな」


 豚鬼(オーク)は十人で囲んで殴れ。これはゲレアスがまだ獣霊国の軍の指揮官だったころ部下たちに口を酸っぱくして言ってきたことであるし、自分自身も実践してきたことだった。

 今回は豚鬼(オーク)の他にも小鬼(ゴブリン)が十匹以上いる。訓練をした者であれば一人で小鬼(ゴブリン)を二匹など容易く相手にできる。しかしこちらの戦力である自警団は、畑仕事の片手間に訓練を少しするだけの一般人に毛が生えただけの者の集まりだ。一人で一匹を相手取るのが精々だろう。


「なぁ、村長…。本国…シリースからの援軍は来ないのか?」

「何回も嘆願している…。だが、一回も返事はきていない」

「………もう、この村は」

「言うな。ルーグ。戦う前にそんなことを口走れば士気が下がる」

「だがよぉ…」


 ゲレアスは周りを見渡す。暗い顔をしているのは目の前の団員ではなく、ここに集まった自警団全員が絶望の表情をしていた。いくら畑を耕したって手元にほとんど残らない重い税。それに拍車をかけるかのような騎士たちの訪問。そして最近頻度の増す魔物の襲撃。


 ドラル村は、もう限界だったのだ。


「……だが、この襲撃を耐えなければ俺たちに明日はない。後ろにいる俺たちの家族だって死ぬかもしれない」


 ゲレアスは武器を握る手に力を込める。

 これ以上自分たちの―犬耳人(ワンダー)の誇りを辱めるわけにはいかない。

 ゲレアスは改めて自警団の面々を見る。

 全員表情は暗い。例えこの戦いに勝利しようともこの村に明るさが戻る保証はない。それが分かっているからこその絶望。


「っ!魔物はもうすぐ目の前だ!」

「…総員、行くぞ!」


 しかしゲレアスは止まる訳に行かない。自分の野望を果たすため。犬耳人(ワンダー)の誇りを取り戻すその時まで。



~~~


「はぁ…はぁ…はぁ……」


 太陽がその姿を見せ始め松明の灯りがいらなくなってくる時間。

 それだけの時間を要して、ようやくゲレアスたちは魔物を追い払うことに成功した。


「ゲレアスさん……」

「……被害は」


 だが、こちらの被害も甚大だ。村に入れることはなんとか阻止したが、継ぎ接ぎだらけだった西門は門の役割を果たせない程にぼろぼろになってしまっている。村を囲う人二人位の高さのある柵も所々殴られたような穴がある。


「……三人、やられちまった」

「―――!?」


 これまでの魔物の襲撃は、ガリュンダ獣霊国で将軍の地位に就いていたゲレアスの指揮もあって死傷者を出さないことに成功していた。

 しかし、ルーグの視線の先には息絶えてしまった団員の姿が三つあった。

 

「死者が……出たのか………」


 ゲレアスは思わず膝から崩れ落ちてしまう。

 こんな寂れた村では、成人男性が三人死んでしまうだけでも大損害だ。畑作業の負担は遺された家族に全てかかってしまうし、息子のいない家庭では力作業もままならない。

 それだけの被害を出たにも関わらず、転がっているのは小鬼(ゴブリン)の死体が三匹だけ。相手の戦力を考えれば大した被害では無いだろう。最悪、また今夜にでも魔物たちはこの村を襲いに来るかもしれない。そうすれば、今度こそ村の侵入を許してしまうかも――。


「くそっ!獣霊様は我々を見捨てたのか…!?」

「もう……無理かもな………」


 絶望に表情を染めるルーグを、ゲレアスは今度は慰めることが出来なかった。

 

~~~


「セレーズちゃん!こっちにも包帯をお願い!」

「はい!分かりました!」


 ドラル村にある比較的広い建物。大昔は村の有力者たちが会議をするのに用いられていたと言われているこの建物は、今は負傷者を手当する病院のような施設であった。

 病院と言ってもこの村には医者や治癒魔術を使える者はいない。村の女性たちが集まり、自警団の傷を応急手当することしかできない。

 そこで働く女性たちの中に、ゲレアスの一人娘セレーズの姿があった。

 彼女はまだ未成人ながらも大人の女性たちに交じって献身的に自警団の手当てを行っている。その姿はまるで天使のようだと村の男たちからは評判だ。


「はぁ…。なんで魔物の襲撃は無くならないんだろう…」

「それは魔物の巣が原因さ、セレーズちゃん」


 セレーズの独り言に、一人の男が返した。男は右腕を包帯でぐるぐる巻きにし、首から下げる形で固定している。先程セレーズが手当した自警団の男で、自分の父であるゲレアスと最も親しい者だった。


「ルーグさん、魔物の巣って?」

「言葉通りだよ。魔物が巣食う場所の事さ。あいつらはそこを塒にして生活する。そこを叩かなければあいつらはお構いなしにこっちを襲ってくるんだ」

「じゃあそれを叩けばいいじゃない」


 そんなセレーズの言葉に、ルーグは首を横に振る。その表情は諦観に染まっていた。


「無理さ。この村にそんな余裕はない。まず魔物の巣を見つけるのが大変だ。あいつらは西から来てる。つまり、イェガランス大森林に魔物の巣がある可能性が高い」

「そこまで分かっているなら探しに行けば……」

「簡単に言ってくれるがな。まず魔物の巣を探しに行くとなったら一人ではむりだ。最低でも五人…余裕があれば二十人くらいで調査に行きたいが、そいつらのために食料を用意しなければならないし、そいつらが家を空けている間、残された家族は大変だぜ?貴重な働き手が一人減っちゃうんだからな」

「……頑張って一人で巣を見つければ何とかなりそうね」

「は?いやいや一人で森を…しかもイェガランス大森林に行くなんて無謀だぜ。それに巣を見つけたからってこの村の戦力じゃ………。ん?」


 いつの間にか、ルーグの視界からセレーズの姿が消えていた。


「あれ、グラシャさん。セレーズはどっか行ったのか?」

「セレーズちゃんなら、包帯をたくさん頂戴って言った後出て行ったわよぉ。きっとみんなの家に配りに行くのねぇ。相変わらず優しい子だわぁ」

「ああ、そうかい……」

(ま、自分一人ではどうにもできないと思って諦めたか)


 セレーズは元気すぎるきらいがあり、こうして会話中にどこか行ってしまうことも日常茶飯事だ。ルーグは気にする様子を見せず、欠伸を噛み殺す。


「はぁ~…。この腕、早く治さないとなぁ」

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