第七話「不安と希望と一日の終わり」
「クラウディア、見参しました。ご命令を、我が主。貴方のためであればこのクラウディア、主の目となり耳となりましょう」
クラウディアは黄色い瞳でじっと徹をみつめる。それは主人の命令を今か今かと待つ従者の態度。
しかし、主人である徹はそれどころでは無かった。
(うわ~!クラウディアだよ!勿論ヴィルヘルミーネが一番だけど、クラウディアも序盤に生産するユニットなだけあって滅茶苦茶愛着あるんだよな~…。うわぁ…クラウディアが……生きてる!すげ~!)
「……主?」
「あ、ああ…すまない」
脳内で歓喜のあまり踊り狂っていた徹だったが、クラウディアの邪気のない眼に見つめられ冷静さを取り戻す。
クラウディアだけでなくヴィルヘルミーネもいるのだ。彼女たちの前でみっともない自分を見せるわけにはいかない。
「召喚に応じ、感謝するぞ。クラウディアよ」
「勿体ないお言葉。このクラウディア、主のためならどこにでも参りましょう」
(あ~これこれ!『グリントリンゲン』のUUの中でも生真面目な設定何なんだよな!クラウディアって感じするな~~~!)
お気に入りのユニットが目の前に存在していることで再び我を忘れかける徹。
「では、主。ご命令を」
「ゴホン…。そうだな。…だが、貴様に命じるのはいつも通りのものだ」
「はっ。周囲の調査ですね」
「その通り」
今の問答で、徹は一つの確信を得た。
それはクラウディアもヴィルヘルミーネ同様、『ミレナリズム』での記憶を有しているというものだった。「命令はいつも通り」、この言葉で意味が通じているのだからそれ以外にあり得ない。
だが、それだけでは不十分なこともあった。その可能性を潰すために、徹は再びこの質問をする。
「クラウディアよ。我の本当の名…真名が分かるか?」
それはヴィルヘルミーネにもした質問。目の前の彼女が、自分が知るあのクラウディアかどうかを確かめるためのものだ。
「はっ…もちろんです、我が主」
クラウディアは頭を垂れながら、冷静沈着と言った生真面目そうな表情で答える。
「言ってみよ」
「はっ!?」
だが、徹のその一言にその表情は崩れ慌てたように顔を上げる。
「どうした、分からないのか?」
「い、いえ!そのようなことは決して!…ただ、私のような者が口にして良いものなのかと……」
(…ヴィルヘルミーネと同じ反応だな)
ヴィルヘルミーネにこの質問をした時も、彼女は口にするのは畏れ多いと言った様子であった。
一体自分の名はいつからそんな崇高な物になったのだろうかと悩みながら、徹は口を開く。
「よい。我が許可する」
「は…では……。イチノセ、トオル様…我が尊き主の真名です」
これで確定した。目の前のクラウディアは、徹がいつも共に勝利を目指していたユニット『クラウディア』であると。
「感謝するぞ、クラウディア」
「勿体ないお言葉…むしろ主の真名を口に出せたこと、恐悦至極に存じます」
「う、うむ……」
いつかこの名前はそんな大層な物じゃないぞと弁明することを心に誓いながら、改めてクラウディアに向き直る。
「それではクラウディア、改めて周囲の調査を命じる」
「はっ」
今最も大事な事は周囲に危険があるか否か。つまり、蛮族や魔物の巣。もしそれらが存在するならばなにかしらの対処を行う必要があり、可能であれば自分のユニットとしての戦闘能力も把握しておきたい。
次点では近くに都市があるか。この世界の情報収集をする必要がある。先程自分たちを襲った騎士たちの鎧の紋章は『ミレナリズム』で見た記憶が無かった。ヴィルヘルミーネやクラウディアが『ミレナリズム』のように生産されたことから一部通ずるものはあると考えられるが、この世界の全部が全部『ミレナリズム』と同じとは考えられなかった。
そのため、近くに都市があれば出来るだけ友好的に接しいい関係を結びたかった。もしその都市に身を隠せることが出来たならば当面の身の安全も確保できる。
「周囲に蛮族や魔物の巣があるか否か、そして都市の発見。これを優先的に頼む。詳しくは―」
「承りました。明朝には戻ります。それでは」
「北の方から……」
そう言い残すとクラウディアは暗くなってきた森の闇へと溶け込んでしまった。
自分の言葉を最後まで聞かずに行ってしまったことには少し残念である反面、嬉しい発見もあった。
(普通ユニットっていうのは命令通りにしか動かない。逆に言えば、命令が無ければ勝手に動くことはないんだ。なのに、クラウディアは今調査をしろという簡単な命令のみで自分で判断し実行に移した。ユニットが細かい命令ではなく大雑把な命令でも動けると言うのは…ここがゲームではなく、彼女たちも一人の人間なんだというのが如実に表れているな)
徹はうんうんと頷くと、あることに気付く。
「ヴィルヘルミーネ?」
先ほどまで自分の隣にいたヴィルヘルミーネの姿が無かった。
周りを見渡す。日はすっかり落ちており、暗闇が森を支配していた。数m先も見えない森の中、なんの生き物か分からない鳴き声も聞こえてくる。
あまりの恐怖に少し涙目になりそうになった時、視界に馴染みのある銀髪が映った。
「すまない、遅くなった」
「お、おお…どこに行ってたんだ」
「ど、どうしたんだ陛下。そんな怯えたような顔をして」
最愛のユニットの前で「怖かったから」などと言えなかった徹は表情を急いで取り繕う。
「なんでもないさ。それで、何をしていたんだ?」
「ああ、取り敢えず今晩の飯をな」
「飯?」
見ればヴィルヘルミーネの両腕には六匹ほどの見たことのない魚が抱えられていた。
「本当は陛下にこんな粗末な食事を摂っては欲しくないんだが…」
ヴィルヘルミーネはそう言いながら、ドラゴンのような尻尾を大型犬のように項垂れさせる。
「…いや、その魚はどこから獲ってきたんだ?」
「ああ、そこの川から」
(ヴィルヘルミーネ、サバイバル能力高すぎだろ…)
最愛のユニットの知らなかった一面を目撃しながらも、徹は自分が空腹感を覚えていることに気付く。
「そうか。では頂くとしよう」
「本当か!じゃあ少し待っていてくれ!」
ヴィルヘルミーネは地面に落ちている枝などを集め、あっという間に火を付け焚き火を完成させる。以前見たキャンプ動画では、火を付けるのに大分苦戦していたけどなぁと、ぼんやりと辺りを照らす焚き火を見ながら徹は待つ。
ヴィルヘルミーネは獲ってきた魚に枝を刺し、焚き火の周囲に並べた。
魚が焼けるまで少し時間がかかりそうだと思った徹は、その傍にしゃがみこみ、これからの事を考える。
(取り敢えず、クラウディアが蛮族や魔物を見つけたら俺の戦闘能力を計る必要があるな。ヴィルヘルミーネやクラウディアという頼もしい味方がいるものの、彼女たちがずっと俺の側にいる確証は無い訳だし…。この世界に『ミレナリズム』と共通している部分があるとしたら、忠誠心のパラメーターもあるのかもしれない。そう考えると、俺の立ち振る舞い次第では彼女たちが俺を見限る可能性もあるってことだ…。考えたくもないことだが、彼女たちと敵対してしまうこともあるかもしれない…。そう考えるとやはり俺がどれだけ戦えるかって言うのは知っておいた方がいい)
この世界で自分が死んだらどうなるか分からない。元の世界で『仮想ドライブ』のゴーグルをつけたまま死んでしまうかもしれない。いや、最早あの部屋には自分は存在しておらず、肉体ごとこの世界に転移されてしまった可能性だってある。
兎にも角にも、自分の命は一つだけだと考えた方がいいだろう。
徹の目的は第一に生き残ること、そして元の世界に帰ること。こんな弱肉強食な、明日の命さえ危ぶまれる世界からはさっさと抜け出したい。
(身を守るためにはやはり…文明を…国を興すべきか?国があれば兵士や施設を生産することで外敵から身を守れる。いや、確かに俺は姿はヴァルターだが中身はただのサラリーマン。国の運営なんてゲームの知識しかない素人だ。どこかの村や都市に身を隠すべきか。そうして元の世界に戻る方法を模索する)
『ミレナリズム』において、都市をつくれば【外壁】や【城】、【砦】を生産することができ魔物や蛮族、他文明の軍から身を守ることが出来た。
ゲームと現実を同じに考えるわけではないが、通じずる所はあるはずだ。文明的な都市に身を寄せれば、少なくともこんな森にいるよりも生き永らえる可能性は上がるだろう。
「陛下、焼けたぜ」
「……ああ」
思考の海から引き揚げられるように、ヴィルヘルミーネが魚を差し出す。見たことも無い魚の濁った目が徹を見つめる。
大昔の日本では焼いた魚をそのまま食べる文化があったそうだが22世紀の日本にそんな文化は無かった。焼き魚を丸かじりするというのは、徹にとってどこか野蛮にも映るし、生命を食べている感覚を強く感じ拒否感を覚える。
(…正直食べたくはないが、身体は空腹を訴えている。生きるため…生きるためには食べなければいけないんだ!)
徹は意を決して魚にかぶりついた。
最初に感じるのは川魚独特の臭み。口から鼻に伝わるそれによって思わず顔を顰めてしまう。しかし、その臭みの後にやってきたのは想定外のうま味だった。
(い、意外と悪くない……?いや、でもやっぱり臭いな…。うう…魚を食べるなら寿司とか…もっとマシな形で食いたい…)
臭みと格闘しながら完食を試みる徹だったが、ヴィルヘルミーネがもう次の魚に手をつけようとしているのに気づく。
ゆっくりと焼き魚を咀嚼する徹は、他にすることもないのでヴィルヘルミーネを見つめる。
すると彼女は一口で焼き魚の半分を口内に入れてしまった。
(…やっぱワイルドなんだな、ヴィルヘルミーネって)
そして笑顔で咀嚼するヴィルヘルミーネを見ると、思わず徹にも食欲が湧いてくる。
(後輩が美味そうに飯を食ってくれる彼氏の惚気話をしていたが、少し気持ちが分かったような気がするな)
徹は心の中でヴィルヘルミーネに感謝を伝え、湧いてきた食欲で以って臭みの残る焼き魚にかぶりついた。
意外にも疲れていたのか、いつの間にか徹は焼き魚三つを完食していた。
食欲を満たした後に襲ってくるもの、それは睡魔だ。
「くぁ……」
思わず徹は欠伸をする。
上を見上げると空を覆いつくす枝や葉の隙間から数十個もの星と、月に似た黄色い星が見えた。
「陛下、眠いのか?」
「あぁ…」
「そうか。それならお休みになっていいぜ。アタシが見張っとくからよ」
「…お前は寝ないのか?」
「気遣い感謝するが、陛下を守ることがアタシの役目だからな。…あぁ、明日の夜までにはもうちっとマシな寝床を用意しておくよ」
「そうか……。忠義、感謝するぞ……」
「はは、勿体ないお言葉感謝するぜ、陛下」
重くなってくる瞼に逆らうことも無く徹は目を閉じる。木の枝を枕にしている形で、お世辞にも寝るにはいい環境とは言えない。だが、徹を襲う睡魔と倦怠感がそれでもいいさと囁いてくる。
「おやすみなさい、陛下」
そんな優しいヴィルヘルミーネの声を聞いたのを最後に、徹は意識を手放した。
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