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第六話「暗闇のクラウディア」

(さてと…)


 ただえさえ暗い鬱蒼とした森が、傾いた日によっていよいよ暗闇に近づき始めた時、徹は思考の渦の中にいた。


(ここが『ミレナリズム』なのか『仮想ドライブ』の世界の中なのか…それは分からない。だけど、今現在、俺はこの世界から脱出できないことは分かっている)


 徹の視界には『仮想ドライブ』を行えば表示される操作パネルや情報を示すウィンドウがないこと、そしていくら念じてもログアウトが出来ないことから、何らかの要因からこの世界に閉じ込められてしまっていることは明らかだ。


(…でも、この世界は『ミレナリズム』に近い気はするんだよな)


 目の前に立つ最愛のユニット、ヴィルヘルミーネ。彼女は間違いなく『ミレナリズム』に登場するユニットだし、彼女を召喚したのは『ミレナリズム』において指導者であるヴァルターである自分自身。ならば完全にとは言えないが、この世界と『ミレナリズム』に共通している部分はあるはずだ。


(…待てよ。それじゃあ俺が死んだらどうなるんだろうか)


 『ミレナリズム』では、指導者である人物もユニットとして操作可能だった。今の徹である『魔王文明グリントリンゲン』の指導者たるヴァルター・グルズ・オイゲンも操作可能な戦闘ユニットであり、非常に強力な魔術師ユニットである。

 しかし、『ミレナリズム』プレイヤーには指導者のユニットを積極的に使いたくない理由があった。


(指導者ユニットが死んだら…即、ゲームオーバーだもんな…)


 言われてみれば道理であるかもしれないが、その文明の指導者である人物が死んでしまったら文明は立ち行かなくなってしまうだろう。

 それはそうかもしれないが、だったらなんでユニットとして登場させるのかというのが多くの『ミレナリズム』プレイヤーたちの声であった。現に、徹は基本的にヴァルターは自文明の首都で放置させていたため、ヴァルターの力を直接見たことはなかった。


(蘇生魔術は魔術の研究を進めて行けば解禁されるけど、指導者ユニットが死んだら即ゲームオーバーの仕様上、指導者ユニットを蘇生することは出来なかった…。つまり、この世界で俺が死んだらもう死終わりってことか…?)


 マイナス思考に苛まれる徹の視界に、六つの屍が映る。もしあのタイミングでヴィルヘルミーネを召喚していなければ、こうなっていたのは自分かもしれないと背筋が凍ってしまった。


「どうしたんだ、陛下?顔が青いが…」

「あ、ああ。心配ないさ」


 その雰囲気を感じ取ったヴィルヘルミーネが心配そうな顔で覗き込む。思わず気丈に返事をしてしまう徹だったが、いつもの魔王ロールプレイに加え、最愛のユニットでもあり憧れの女性でもあるヴィルヘルミーネの前では格好を付けたかったのというのも理由の一つだった。


「この死体が気に障ったのか?だったら陛下の視界に映らない場所にどけてこようか」


 人間の死体、それも首が無かったり体が真っ二つになってしまってる死体のそばにこれ以上いたくなかった徹だったが、ヴィルヘルミーネの言葉には綺麗に頷けなかった。


「……いや、埋葬してやろう。我も手伝う」


 これがゲームの世界であればそれでよかったのかもしれないが、徹はここが現実であると決めた。そうなった以上、この死体たちは先ほどまでは生きていた人間だ。ならば、それ相応の礼儀を見せないといけない。

 それに、徹は少し後悔をしていた。なにも殺すことは無かったのかもしれないと言う後悔。彼らにも家族や友達がいたはずで、こんな所で死にたくはなかったはずだった。

 だが、彼らが死んだ時、徹はまだこの世界を『仮想ドライブ』の世界だと思っていた。だからその時に止めることは出来なかったが、ちゃんと弔ってやることが今自分に出来る事だろうと思っての行動だった。


「…陛下は優しいな」

「そうか?」

「ああ。だってこいつらは陛下を傷つけようとしたんだ。そんな奴らをわざわざ埋葬するだなんて」

「…別に優しさではないさ」

「ふーん…?まぁ、陛下の命令だ、従うさ。だが陛下は手を貸さないでくれ。わざわざ陛下の力を借りるだなんて他の連中に知られたらたまったものじゃないからな」


 そう言って、ヴィルヘルミーネは騎士の剣を拾い上げ、どうやっているのかそれで地面を掘り始めた。

 手を貸さないでくれと言われた徹は特にすることもないので立ち尽くし再び思考の海へと潜り込む。


(問題はこれからどうするべき…だな)


 まず自分がいるこの森がどれだけ深いのかもわからない。少し離れた所から川の流れる音は聞こえるが、そもそも今の自分に飲食が必要なのだろうか。ここが本当に現実世界なら、今は魔族となってしまった徹にも飲食は不可欠だ。

 それと、自分の身の安全。

 この世界で死んでしまったら現実の自分がどうなるか分からない今、死ぬような目に遭う事は絶対NGだ。

 『ミレナリズム』では、ヴァルターというユニットは強力な魔術師ユニットで戦闘力は他のユニットよりも高いはずだが、ユニットとしてのヴァルターを使ったことのない徹からすれば、今の自分の力は未知数。近い内に試しておくべきことだろう。


(あぁ~!どうすればいいんだ!こんな山奥でサバイバルなんてやったことないぞ!『ミレナリズム』だったら最初に斥候ユニットを生産すればいいんだが……)


 そこまで考えて、徹はハッとする。

 そうだ、『ミレナリズム』みたいにやればいいんじゃないか、という考えが浮かんだのだ。


(そうだよ!まずは周囲の情報が必要だ!資源はあるか、地形はどうなっているか、蛮族や魔物の脅威はあるか…!)


 『ミレナリズム』では、都市ごとに生産という行為を行える。

 その都市の生産力に応じた速度で色々な面にバフを与える施設や、戦闘などで役立つユニットを生産できるのだが、専ら一番最初に生産するべきと言われているのは斥候ユニットと言われるユニットだった。

 斥候と言われる彼らの仕事は、主にマップ埋め、蛮族や魔物の早期発見、隣接文明との遭遇など、序盤では最も大事なことのほとんどを占めている。

 

(よし!それじゃあ斥候ユニットを生産しよう!)


 そのままの勢いに生産項目を決めた徹だったが、眼前の景色にその勢いは削がれてしまう。


(……都市が無いじゃん)


 そう、生産とは都市が行う行為だ。だが、今ここに都市などない。それどころかいるのはヴィルヘルミーネただ一人。これではとても文明とは呼べない。


(…いや待て。俺には【配下召喚】のスキルが…!これで緊急生産のコストを下げられるはず…!?いや、だめだ。俺はゴールドを持っていない)


 名案が頭をよぎるが、すぐに崩れ去ってしまう。

 徹―ヴァルターが持つ【配下召喚】には「|UU『ユニークユニット』を緊急生産する際、必要なゴールドをー50%する(一度のプレイに一度のみ)」という効果がある。

 緊急生産とは、本来都市で数ターンかけて行う生産行為をゴールドを消費することで即座に完了させられるコマンドだ。

 これを用いて斥候ユニットを生産しようとした徹だったが、ここで問題がまた一つ発生する。

 ここにはゴールド—通貨がないことだった。


「はぁ…どうするか……」


 生気のない声を出しながら、思わず徹はその場にへたり込んでしまう。


「いっそどこかの都市を襲って無理矢理従属させるとか?……いや、無理だな。ゲームの世界なら取れてた手かもしれないが、現実でそんな邪悪なことやってられん…」

「終わったぜ、陛下」


 そう呟く徹のもとへ、ガシャガシャと金属の擦れる音と共にヴィルヘルミーネが寄ってくる。

 見れば、土で少し汚れたヴィルヘルミーネは両手に鎧や兜を抱えていた。騎士たちが着用していた物だった。


「…それはどうしたんだ?」

「金目の物は取っておこうと思ってな」


 言いながら、ヴィルヘルミーネはそれらを地面に軽い動作で落とす。

 すると甲高い音が響き、あまりの重さに地面が一段沈んだかのように見えた。

 あまりの膂力に徹は目を見開く。これが自分のピンチを幾度となく救ったユニットの力なのか。


「それで?陛下はなにか悩み事か?」

「あぁ…。ゴールドが足りなくてな」

「それなら、蛮族どもの巣に殴り込みに行こうぜ!」


 戦闘狂らしく、目をギラギラと輝かせながら襲撃の提案をするヴィルヘルミーネ。

 しかし、それは悪くない案であった。

 『ミレナリズム』には蛮族や魔物と呼ばれるどの文明とも敵対している第三勢力のようなお邪魔キャラがいる。彼らは巣と呼ばれる本拠地をマップの一つに作り、そこから無限にユニットを産み始める。都市の近くにその巣が発生した場合、速やかにその巣を排除することが大事なのだが、それを達成した場合幾ばくかのゴールドを得ることが出来る。

 あまり多くはないが、金欠が続く序盤では意外と助かることも多いのだ。

 だが―


「斥候ユニットがいないと、その巣もどこにあるかわかんないんだよな…」


 問題は、その肝心の巣が斥候ユニットがいないと滅多に見つけられないことだ。

 これでは目的と方法がぐちゃぐちゃだ。

 

「そういや、なんであいつらの巣を叩くとゴールドが出てくるんだろうな」


 どうするべきかと頭を抱える徹に、能天気な声が降り注ぐ。


「え?」

「いや、なんとなく気になっただけだ。あんまり気にしないでくれ、陛下」


 ヴィルヘルミーネは主の考え事を邪魔したことにバツの悪い顔で返すが、徹の頭は彼女の言葉一色になる。


(確かに…。なんで蛮族みたいな通貨すら持ってなさそうな野蛮人がゴールドを持ってるんだ?)


 ゲームだから。そう言われればそれだけだが、何かが引っ掛かる気がする。


(蛮族や魔物が持ってる物なんて高が知れてるよな…。剣とか鎧とかなら持っていても不思議ではないが…それはヴィルヘルミーネがさっき言ったように金目の物に過ぎない――)


 そこで、徹の脳内にある一つの可能性が浮かび上がった。

 

(ゴールドって…実は通貨じゃなくて『金目の物』…!?)


 今まで考えたことは無かったが、あり得ない事でもない気もした。

 例えば、『ミレナリズム』において最初から使える最古の戦闘ユニット「戦士」は、維持費に1ゴールドかかるがこれはどの文明でも変わらない。

 だが、よく考えればこれはおかしいことだ。

 1円が1ドルでないように、文明によって通貨の価値は同等ではない。

 つまり、どの文明でも価値が変わらない「ゴールド」という言葉の意味は、必ずしも通貨とは限らない。ゴールドとは、価値のある物―「金目の物」の事を指すのではないだろうか…?

 徹はごくりと喉を鳴らす。


「ヴィルヘルミーネ」

「ああ、なんだ陛下?」

「今から召喚の儀を行う」

「おお!」

「そこに転がっている鎧などを一か所に集めてくれ」

「御意のままに、陛下」


 キラキラとした目で徹を見ていたヴィルヘルミーネは、あまりにも軽い動作で鎧や兜、剣を持ち上げ徹の目の前に集めた。

 ――いける。

 自分の目の前に積み上がった鎧などの「金目の物」を見つめると、何故か徹の中で根拠のない確信が広がる。今から行おうとしていることが必ず成功する、そういった絶対的な自信だった。

 憧れの目線で徹を仰ぐヴィルヘルミーネを尻目に、徹は魔王のようにマントを広げ高らかに宣言する。


「我、ヴァルター・グルズ・オイゲンの名において召喚する!我が配下!魔王の耳目たる暗闇のクラウディアよ!我が目の前に姿を現せ!!」


 その無駄に尊大な声に呼応するかのように、ほとんどの鎧や兜がドロリと溶けだしスライムのようにぐにゃぐにゃと動いた後、一人の人の形を作り出す。

 そこに現れたのはまさに闇の使者。

 くすんだ白い髪以外のほとんどを黒で覆われたそれは、臣下のように跪いていた。

 全身をスタイルのわかるぴっちりとした黒い服で包み顔も目以外は黒の布で隠されているその姿はまるで忍者のよう。翼は生えておらず、まるで妖精族(エルフ)を想起させる横に長い耳を持っているが、こめかみから生えるツノは彼女が魔族であることの証明。布から見える僅かな肌も褐色で、妖精族(エルフ)というよりも闇妖精族(ダークエルフ)を想起させる。

 彼女こそが『グリントリンゲン』の持つ斥候ユニットにしてUU(ユニークユニット)の一人、クラウディア。徹が最初に都市で生産するユニットだった。


「クラウディア、見参しました。ご命令を、我が主。貴方のためであればこのクラウディア、主の目となり耳となりましょう」


 畏まった口調とは反対にどこか幼さが残る顔が、徹に向けられた。



~Millepedia~~~~

クラウディア

種類【斥候ユニット】

種族【魔族】

属性【混沌・悪】

・ユニット能力

近接戦闘力10 長距離戦闘力15 移動力3

【闇へ染まる者】隣接しない限り、他文明はこのユニットを目視できない

【闇に惑わす者】このユニットから攻撃した場合、敵ユニットは反撃できない

【闇を与える者】このユニットが存在する限り、同じ文明の斥候ユニットの移動力と視界がともに+1

~~~~

 クラウディアはグリントリンゲンのUU(ユニークユニット)だ。

 優れた斥候ユニットで、きっとあなたの助けとなるだろう。

 グリントリンゲンのUU(ユニークユニット)の中でも癖のない性能をした彼女はとても使いやすく、他の斥候ユニットの強化や、自分も積極的に戦闘に加わったりと幅広い活躍が可能だ。

~~~~

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