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第四話「シリース神聖国の騎士たち」


「突撃!」

「「うぉぉぉああああ!」」


 グレウンの怒号に、騎士たちはヴィルヘルミーネへ吶喊する。

 だがそんな彼らを前にヴィルヘルミーネは余裕綽々の様子で笑みを浮かべるばかりで武器を構える様子もない。

 こちらを弱者としか思っておらず、自分を絶対的強者だと信じている者特有の笑み。


「魔族風情が―――!」


 その笑みに怒りを覚えた、先程殺された騎士と最も親しかった騎士が感情に身を任せ剣を振る。

 怒りによって、シリース神聖国騎士特有の綺麗な剣捌きは少しも感じ取れない。だが、その剣の勢いはきっと彼の人生の中でも最も鋭かっただろう。

 目の前の女は鎧ではなく布で作られたとしか思えない変わった服を身に着けている。とても剣を防げるような物ではない。それに彼女はハルバードを握ってはいるがその手はだらりとぶら下げられているのみ。この構えからは決して剣を防ぐことは出来ない。

 だが―


「ハッハァ!」


 その瞬間、騎士が感じたのはヴィルヘルミーネの笑い声と全身を強く打ち付けたような感覚。

 何が起こったか分からなかった騎士だったが、さっきまで近くにいたヴィルヘルミーネの姿が遠くにあることから吹き飛ばされたことを理解する。

 見れば、ヴィルヘルミーネはハルバードを振り抜いたような体勢をしていた。

 つまり、ヴィルヘルミーネは騎士が剣を振り下ろす瞬間にぶら下げていたハルバードを振り、剣ごと騎士をふっ飛ばしたことになる。

 あり得ない。

 困惑する騎士だったが、その瞬間背中に走る痛覚に襲われる。


「ぐはぁっ!」


 身体からこみ上げる何かを逆らう暇もなく口から吐き出す。

 それは血だった。


「な……」


 それに驚く間もなく、段々と視界が黒い靄がかかったように暗くなっていく。

 痛い、眠い。


「おい!しっかりしろ!」


 自分に掛けられているであろう声も随分遠くから聞こえるように感じる。

 視界と同様、意識も段々と無くなっていく。

 そんな事を思いながら、一人の騎士の人生はあっけなく幕を閉じた。


「クソッ!」


 聖騎士らしくない汚い言葉がグレウンの口から飛び出す。

 吹き飛ばされた騎士の方へ駆け込みたい衝動を抑え込み、グレウンはヴィルヘルミーネを睨む。


「はぁぁぁぁ!」

「うぉおおおお!」


 怒りの表情を浮かべる二人の騎士が同時にヴィルヘルミーネへ襲い掛かる。 

 更に笑みを深めたヴィルヘルミーネはハルバードを高く振りかぶった。


「ぎゃん!」


 騎士の一人は、鎧ごと身体を真っ二つに裂けられ絶命する。 

 あまりの惨さに立ち止まりたくなる残された騎士だったが、今のヴィルヘルミーネはハルバードを振り下ろした直後。

 つまり全くの無防備状態だ。

 ここしかない。

 そう思い剣を振り下ろそうとした瞬間、腹部にまるで穴が開いたかのような痛みが襲った。


「え……?」


 否。実際に腹に穴が開いていた。

 騎士は自分の体を見下ろす。

 まるで爬虫類のような、だが自分の脚ほどの太さがある尻尾が自分の腹に突き刺さっていた。


「が…は……」


 騎士は口から血を吐き、立ったまま尻尾に串刺しにされ死んだ。


「なんなんだ……なんなんだあいつは………」


 神聖国一の腕前を持つと謳われる聖騎士グレウンは、そう呻くことしかできない。

 目の前で余裕そうに武器と尻尾についた血を払うたった一人の魔族の女によって、自分たちは今全滅しようとしている。

 確かに、六人だけでは分が悪いとは思っていた。だが、今ではその考えを改める必要があった。

 今回この森を調査するために集まった騎士は百人強。それをいくつかの小隊に分けて調査にあたっていたが、目の前の怪物にはその騎士たち全員を集めてもきっと勝てないだろう。


「グレウン様…」


 絶望で顔を染めるグレウンに、残った最後の騎士が声を掛ける。

 グレウンは騎士へと振り向く。

 自分とあまり歳が変わらない、顔の皺が深い騎士だ。グレウンが率いていたこの小隊ではグレウンに次いで騎士歴が長く副隊長のような存在だった。

 そんな騎士が、覚悟を決めた表情で口を開く。


「私に、考えがあります」



―――


 ヴィルヘルミーネは、楽な体勢を取りながら何やら内緒話をしている二人の騎士を見つめる。

 別にそれを咎めることはしない。

 ヴィルヘルミーネは戦闘狂だ。戦いが、殺し合いが、血湧き肉躍る武器と武器のぶつかり合いが好きだった。

 だが、今の所この戦いに楽しみは見出していない。

 ヴィルヘルミーネは無傷なのに対して、騎士の死体が四つ転がっていることがなによりの証拠。

 もっと強者と、ヒリヒリするような戦いを欲していた。

 だからこそ、話し合いでもなんでもしていいからもっと楽しめる戦いをしたかった。

 そうは思っていても二人の話し合いは長かった。何やら言い争いをしているようにも見える。

 距離があり二人とも小声で喋っているせいで何を話しているかは分からなかったが、片方の騎士は表情を怒りに染めており、もう片方が宥めているような構図だ。


 あまりの退屈さに欠伸を噛み殺していると、やがて二人の騎士がこちらに振り向いた。

 怒っていた騎士は未だその表情を変えていないが、どこか折り合いのついたような顔をしている。


「話し合いは終わったのかー?」


 ヴィルヘルミーネのその声に、彼女の敵である二人の騎士はもちろん答えない。

 だが、怒っていた騎士―グレウンが聖剣の柄に埋め込まれている逆三角形の紋章をヴィルヘルミーネに見せつけるように聖剣を構えた。


「『閃光(フラッシュ)』!」

「うおッ!?」


 グレウンが叫ぶと同時に、辺り一帯が光に包まれる。

 これは聖騎士のみが使えると言われている神聖魔術の一つ、『閃光(フラッシュ)』だ。

 この光を浴びた者は一時的に目眩状態になってしまう、基本的に群れで行動する魔物に対してはうってつけの魔術だった。

 

「くそッ!ちょっと痛えじゃねえか!」

「…なに?」


 だが、この魔術にはグレウンですら知らない効果がもう一つ存在した。

 それは『悪属性のユニットに対し追加ダメージを与える』というものだった。

 しかし今のグレウンにそんな違和感の相手をしている暇はなかった。

 視界の端で、残った騎士が走り出すのが映る。


「あァ!?」


 だが騎士が向かった先はヴィルヘルミーネではない。

 彼女の後ろで困ったような顔をしている魔族の男、ヴァルターだ。

 自分たち小隊を全滅まで追い込もうとしているヴィルヘルミーネが、陛下と仰ぐ人物。

 この絶望的な状況から抜け出すための、唯一の活路だった。

 目が眩んでいるヴィルヘルミーネの横をすり抜け、ヴァルターへと走る騎士の背中を見ながら先ほどの会話を思い出す。


『私が囮になります』

『囮だと?』

『ええ。化け物はあの魔王を名乗る魔族を主としている様子。私が奴を狙えば、きっと化け物は私を追うはずでしょう。その隙を狙ってください』

『だが、囮など…!』

『グレウン様。今一番大事なのは、誰か一人でもいいから生き残り、イェガランスに脅威ありと聖王陛下に報告することです』

『………』

『あの化け物が化け物なりに忠誠心を持っているのであれば、きっと私を追うはず。グレウン様はそこを狙ってください』

『しかし…しかし……!』

『覚悟の上です。私の死によって国が救えるのであれば、喜んで捨てましょう』

『……わかった』


 一度覚悟を決めた者に異を唱えることなど騎士のすべきことではない。

 グレウンは視界に映るヴィルヘルミーネだけを捉え、深く集中する。


「クソが!陛下を傷付けるな!お前の相手はアタシだ!」


 目論見通り、ヴィルヘルミーネは騎士の方へと走り出す。

 その背中を、グレウンに見せる。


「おおおおおおおおお!」

「ちっ!」


 ヴィルヘルミーネは吶喊してくるグレウンに気付く。

 だがヴァルターも気にしなければならない彼女は、視線をヴァルターとグレウンの間を数回往復させる。

 するとヴィルヘルミーネは徐にハルバードを持つ右手を振りかぶった。


「くらいな!」


 そう叫ぶと、ヴィルヘルミーネはハルバードをヴァルター目掛けて走る騎士目掛けて投げつける。

 その速度は尋常ではなく、グレウンが視線で追いきるのは不可能なほど。

 ハルバードが騎士に当たろうかという瞬間、騎士はグレウンへ振り向いた。


「――!」


 その顔は期待の表情。これから散りゆく者からの託された希望だった。

 騎士はその顔をグレウンに見せると、その直後ハルバードによって首と胴を分けられる。

 死んだ。あの騎士は死んだ。

 しかし、それこそが彼の望んだこと。この瞬間、ヴィルヘルミーネは徒手。なんの武器も持っていないただの魔族の女。


「うあああああああああああ!」


 グレウンは聖剣を力いっぱいに振った。ヴィルヘルミーネの首目がけて。この悪夢から目覚めるために。



 だが、目の前の化け物は、弱者の小手先の策など力任せに打ち破れるのだと、痛感する。




「狙いは悪くなかったぜ」

「か……は…………」


 グレウンは剣を振り切ることが出来なかった。

 体中を走るこれまで体験したことのない痛みを感じながら、グレウンは自分の体を見下ろす。

 ヴィルヘルミーネの、化け物の腕が自分の胸に突き刺さっているのが見えた。


「確かにアタシにとって最も大事なのはヴァルター様だ。だがな、だからこそそれがアタシの逆鱗だとは思わなかったか?」

「く…………」


 もはやグレウンにヴィルヘルミーネの腕を掴む気力すら残っていない。

 胸からはドクドクと血が流れ、視界は段々と暗くなっていく。


「だが、お前のあのみょうちくりんな技はちょっと痛かったな。このアタシに少しでも傷をつけるとは」

「あ………が………」

「お前、名前は?」


 ヴィルヘルミーネの縦に割れたような瞳孔を持つ真っ赤な瞳がグレウンを貫く。


「グレウン……グレウン・エルス・リーダ」

「そうか、覚えておこう」

「…きさまの、なは………」


 グレウンは薄れゆく意識の中、最後の力を振り絞り呟く。

 その言葉に、ヴィルヘルミーネは一瞬意外そうな顔を見せた後、先程のような獰猛な笑みを浮かべる。


「アタシはヴィルヘルミーネ。トオル様の忠実な僕だ」


 その言葉を理解するよりも前に、グレウンの意識は真っ暗になった。

 

これから毎日更新していきます

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