第十五話「辣腕のアンドレア」
ドラル村に来て二日目。徹は約束通りにゲレアスからこの辺りの地理情報を教えてもらう。
それによってこの村の周囲について詳しくなった徹だが、それよりも気になっていたことがあった。
まずは、この村の食事。
ゲレアス邸で地理を教わっていると、セレーズが徹たちに食事を振舞ってくれた。
「ヴァルターさん、どうぞ!」
「あ、ああ…。ありがとう」
小さく深い木の皿にはスープが入っていた。しかしスープというにはあまりにお粗末な物だった。そのスープにはなんの味もしなく、何か分からない野菜が一切れ入っているだけ。世界の中でも美食の国と言われていた日本で育った徹にとって、舌が受けつかない味であった。
「失礼、トイレを借りてもいいだろうか」
「ああ。廊下を渡ってすぐだ」
ゲレアスの案内の通りに歩く徹だったが、徹の足が動くたびに木製の床がぎぃぎぃと不快な音を鳴らす。木で出来た厠も所々剥げ落ちている。
これはこの家だけでなく、ゲレアスによって徹たちのために用意された空き家もそうだった。そしてそれは見る限りこの村全体の家も共通している。
何が言いたいのかと言うと、この村は――貧窮状態だ。
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ゲレアスとの話を終えた徹は、ヴィルヘルミーネとクラウディアを従えドラル村を一望できる丘に立っていた。
そこから見える村人たちは、幾分か活気を取り戻したようだが、その顔は未だに暗い。彼らはその細腕で農具を使い畑の世話をしている。しかし、その畑に実る農作物も村人同様元気が無いように見える。
しかしそれも当然だ。ドラル村は昨日まで度々魔物に襲撃されており村人たちは疲弊しきっている。そんな彼たちが満足に農作業出来る訳が無かった。
「だったらこの村を出るか…?」
徹の第一目標はこの世界から脱出すること。そのためにこの村に滞在し現実世界へ帰る方法を模索しようと考えていたのだが、この村で長い間暮らすのは躊躇われた。
マズイ飯。ボロイ家。清潔とは言えない村。全体的に暗い村。
一般的な日本人として生きてきた徹にとってはとても耐えられない環境だった。
しかし、他の都市に拠点を移すことはすぐに却下した。
(ゲレアスが言うには、シリース神聖国もガリュンダ獣霊国も魔族には排斥感情を持っている。それは人が多い都市だとより顕著らしいが、村に行くにしても俺たちを養う余裕のある村はないらしい)
それを鑑みると、徹がこの村に滞在できることはとんでもない幸運であり、この村から拠点を移すことは不可能だ。
つまり、徹が現実世界に帰る方法を探るためにはこのドラル村に腰を落ち着けるのがベストだ。
しかし、この村は徹の生活水準と比べて貧しすぎる。
「ならば、やることは一つか…」
「なんだ?この村を滅ぼしでもするのか?」
「主のご命令ならば、このクラウディアどこまでも参りましょう」
徹は後ろを振り向く。
ヴィルヘルミーネもクラウディアも戦争向けの『グリントリンゲン』の中でも屈指の戦闘向けユニットだ。
徹のプレイスタイルもそんな彼女たちを生かした制覇勝利―全ての文明を戦争で打ち負かすことで得られる勝利を目指すことだ。
この二人と『ミレナリズム』廃プレイヤーである徹がいればこの村どころかシリース神聖国やガリュンダ獣霊国を滅ぼすことも出来るかもしれない。
だが、それはあくまで「かもしれない」話だ。この世界がコンティニューできる世界だと言う確証がない現状でそんな賭けに出るのは分が悪すぎる。
だとすれば、今徹がやるべき選択は―
「…内政だ」
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丁度よい太陽の光を浴びながら、ゲレアスは畑作業に精を出していた。今の季節は春から夏に差し掛かろうというくらいだ。そろそろこの村の主な作物である小麦は収穫期。
「……」
ゲレアスは畑を見る。小麦の数は多くなく、元気もない。
だがそれは当たり前だ。最近の激しい魔物の襲撃に、そもそもが痩せている土地。
これでは今年もシリース神聖国の者たちに色々文句を言われてしまうだろう。
「はぁ…」
「ゲレアス殿」
溜息をつくゲレアスの背に、重苦しい声が聞こえる。
振り返ると、そこにいたのは昨日からこの村に居着いている魔族三人組だった。
「ヴァルター殿か。何か?」
「昨日魔物の巣から奪ってきた剣や防具などをいくつか頂いていいだろうか」
ゲレアスは昨日ヴァルターたちが魔物の巣から持ち帰ってきた荷車を思い出す。
あの上には豚鬼王の首だけではなく、魔物の巣にあった色々な物が戦利品としてあった。
「勿論だ。この村から奪われた者は我々の方で回収したがそれ以外はこの村の恩人たるヴァルター殿に譲るとも」
「そうか、それはありがたい」
ヴァルターは一礼するとその場から立ち去ってしまう。もちろん、彼の配下たるヴィルヘルミーネとクラウディアも。
「…何に使うのだろうか」
セレーズに聞いた話ではヴァルターでは魔術師だ。武器を使うことは少ないだろうし、ヴィルヘルミーネとクラウディアもそれぞれが立派な武器を持っている。魔物の巣にあった一般兵士が使う剣をわざわざ使う理由も無いだろう。
「…少し見ておくか」
ゲレアスがヴァルターたちをこの村に滞在させたのは、彼らと言う規格外の力を持つ者たちを監視するためだ。わざわざ自分に許可を取りに来たという事は何かを始める可能性が高い。それが村に害を為すかどうかしっかりと見極める必要がある。
「………そうだ。監視のためだ。知的好奇心という理由ではない」
ゲレアスはそう独り言を呟き、こっそりとヴァルターたちの後を追うのだった。
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村のはずれ。滅多に村人も訪れない村の端っこに、徹たちは魔物の巣から分捕って来た武器や防具などの「金目の物」を集めていた。
「陛下、集め終わったぜ」
「ご苦労」
金目の物を集める理由はただ一つ、新たにUUを生産するためだ。
今回生産するのはヴィルミーネのような戦闘向けユニットやクラウディアのような斥候ユニットではなく、内政に特化しているユニット。きっとドラル村をより豊かにするのに役立つだろう。
現在の徹の第一目標は現実世界に帰ること。そのためには現実世界に帰るための方法を模索する必要がある。しかし、徹がそのための本拠地にしようとしているドラル村は貧しく、また守りも貧弱だ。このままだと魔物や賊などに攻められてきた場合安全である保証もないし、最悪その前に餓死なんてこともあり得る。
そのためにはここ、ドラル村を豊かにし、防衛戦力も整えてやる必要があったのだ。
「ヴァルターさん?こんな所でなにしてるの?」
不意に背後から声を掛けられる。そこには細い両手で木でできたバケツのような物を持ったセレーズがいた。
「我の配下を召喚しようと思ってな」
「え!それはクラウディアさんたちみたいな方ってこと!?」
「そ、そうだ」
予想外に食い付きのいいセレーズの反応に、思わず引いてしまう。なんだかセレーズの目はキラキラしているように見える。
(彼女はクラウディアに命を救われているし、思ったより好印象なのかもしれないな)
「見て行くか?」
「いいんですか!?見たいです!」
徹は一つ咳払いをすると、いつもの口上を口にする。
「我、ヴァルター・グルズ・オイゲンの名において召喚する!我が配下!魔王の腹心たる辣腕のアンドレアよ!我が目の前に姿を現せ!」
その言葉と共に、詰み上がった武器防具は光を放ち、雷が落ちたと思う程の轟音が周囲に響く。
やがてその光は妖しい色へと変わりながら段々と人型に姿を変える。
「ぉぉぉ…」
セレーズは目の前のあまりに神秘的な光景に思わずうめき声のような声をだす。
人型になったかと思うと、それは明らかに一人の人間となっていた。
少しほつれたボブカットの黒髪。こめかみからは魔族の特色である山羊のようなツノが前に突き出るように生えている。きっとその顔は整っているのだろうが、目の下にぶらさがる濃い隈のせいで少しやさぐれているようにも見える。その目には分厚いメガネがかけられており少し生真面目な印象も受ける。
赤いYシャツに黒いジャケット、それにミニスカートという出で立ちは色合いはともかく徹がいた現実世界のOLだ。右手に持つクリップボードのような物もそれに拍車をかける。
彼女はやがて立ち上がる。その背丈はまだ成長途中であるセレーズとそう変わらなかった。
「……アンドレア、参上しました。これより私は貴方の右腕――」
だるそうな雰囲気を隠さずに口を開いたアンドレアと名乗った女性の魔族だったが、徹の姿を認めると目を見開いた。
その雰囲気の急変に徹は思わず驚くが、アンドレアはニィと人の悪そうな笑みを浮かべた。
「…そうですか。また退屈な仕事のために呼び出されたと思いましたが…私を召喚したのが貴方であれば話は変わりますね」
一瞬アンドレアが何を言っているのか理解できなかった徹だったが、その小さな違和感に心当たりがあった。
きっと彼女には見えているのだ。ヴァルター・クルズ・オイゲンの中にいる一ノ瀬徹という存在が。ヴィルヘルミーネやクラウディアと同じように。
「私の名はアンドレア。魔王の腹心、辣腕のアンドレア。この身体、そしてこの頭脳をを持って全身全霊で貴方に尽くしましょう」
そう言って、アンドレアは性格の悪そうな笑みを浮かべたのだった。
~Millepedia~~~~
アンドレア
種類 【支援ユニット】
種族 【魔族】
属性 【混沌・悪】
・ユニット情報
戦闘力3 移動力3
【魔王の秘書】生産力・科学力+(5~25)% 忠誠心に比例
【内政狂】街の発展具合によって忠誠心が高くなる
【アドバイス】隣接する味方ユニットの戦闘力+10%
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アンドレアはグリントリンゲンのUUだ。
彼女が配置される街は生産力が上がり、他の街よりも早くに発展するだろう。
また、自領にいれば文明の科学力も上がる。積極的に街を発展させ忠誠心を上げよう。
ただ、戦闘力は皆無なので敵ユニットの前に迂闊に出さないよう注意するべし。
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