第十一話「獣人族と宗教」
徹たち一行は未だ魔物の巣たる洞窟を歩き進んでいた。ヴィルヘルミーネは小鬼を三十以上豚鬼を十以上倒している。
本来この魔物の巣への遠征は徹の腕試しを目的としていたのだが、ある理由から未だにヴィルヘルミーネを露払いを頼んでいた。
「…陛下。そろそろ代わらなくて大丈夫なのか?」
「あ、ああ。まだ…大丈夫だ。疲れたか?」
「いやアタシは楽しいからいいんだが…。陛下が仰るなら」
再度前を振りむくヴィルヘルミーネ。
徹もこのままではヴィルヘルミーネが一人でここにいる魔物を殺し尽くしてしまうと思っているのだが、勇気がすんでのところで湧いてこない。
「戻りました」
徹が歯噛みしていると、洞窟の調査を頼んでいたクラウディアが音もなく帰ってくる。
隣を歩くセレーズはまるで何もない空間から突如として現れたように見えるクラウディアを驚きの表情で見ていた。
「ご苦労だったな、クラウディア」
「勿体ないお言葉、感謝します。…ところで」
クラウディアはそこで言葉を切るとヴィルヘルミーネとセレーズの間を視線で一往復する。
「なにかありましたか?」
彼女は徹たち―細かく言えばヴィルヘルミーネとセレーズの間の微妙な空気を敏感に察知したようだ。
徹は誤魔化しても仕方がないかと頬をかきながら説明した。
「…なるほど」
クラウディアは徹の説明を聞いたのち、セレーズの方へ振り向く。
「一つ疑問なのだが貴様は獣霊という存在をどう考えているのだ?」
「どう考えって……獣霊様を私たちを守ってくれるの」
「では貴様の村は何故苦しんでいるんだ?」
「そ……れは…」
クラウディアのその言葉はまさに言葉のナイフとなってセレーズの心を抉る。
過去にセレーズも同じことを考えたことがあるからだ。
獣霊様が私たちを見守ってくれていると言うのならば何故村は魔物に襲われ税でほとんどの作物は取られていくのかと。
だがそれを口にすれば村の大人たちに白い目で見られ最悪叱られる可能性もある。それに村の者が全員獣霊様獣霊様と口にするのでその疑問はすぐに自然消滅した。
しかし目の前の魔族は堂々とその疑問を口にする。
「獣霊とやらが貴様たちを守るならば、何故貴様はそう痩せこけているのだ?」
「で、でも…さっきは獣霊様に祈ったら貴女が来て…助けてくれて……」
「それは先ほども言ったが、私があそこにいたのは陛下のお考えがあってこそ。そしてあの小鬼を殺し貴様を助けたこの力も陛下が下さったものだ。そこに貴様の言う獣霊という存在が介入する余地は一切ない」
「………」
クラウディアのあまりにはっきりした物言いに、セレーズは言葉を失ってしまう。
しかし、ただ一人この状況に黙っていられない男がいた。
(俺がこの魔物の巣に来たのは自分の腕試しのためだからそこに来たセレーズを助けられたのは俺の考えじゃなくてたまたまだっつーの!てか俺がクラウディアに力を与えた記憶もないし!お前は元々強いだろ!!)
徹だった。
徹は日本人だ。正月は神社に参拝しハロウィンは会社の後輩にお菓子を上げクリスマスはケーキを食べる。そんな日本に多い無宗教の人間だが、だからこそ人様の宗教を無闇に馬鹿にしてはいけないということは分かっていた。
そのため、クラウディアが一方的にセレーズの信じるものを否定しているこの現状は受け入れがたかったのだ。
「クラウディア、そのあたりでやめておけ」
「何故ですか?この娘がいう獣霊というものは信じる利点があるのでしょうか」
「利点とかそういうことではなく……。はぁ、クラウディアよ。貴様は結局何が言いたいのだ」
宗教というのは損得勘定でやるものではない。しかしそれを今伝えても意味がない気がする。それは改めて今度彼女とヴィルヘルミーネに教えてやるとして、今やることはさっさとこの会話を終わらせセレーズに謝ることだと思った。
しかし、次にクラウディアの口から飛び出した言葉に徹は耳を疑った。
「勿論、私が信じる教えを勧めるためです」
「…………え?」
クラウディアが何を言っているのかが理解できなかった。いや、言っていることは理解できる。
要はクラウディアは自分が信じる宗教へセレーズに改宗させるための前置きとして今の話をしていたのだ。
それにしては言葉が強いと思ったが今問題はそこではない。
徹の記憶には、クラウディアが何かの宗教を信じているという設定が存在していなかったことだ。
「ああ、なるほど!そりゃいい案だ!」
しかし、ヴィルヘルミーネまでもがクラウディアの言葉にのっかる。
ここまで来ると、徹もこう問わねばならない。
「…お前たち、何か宗教を持ってたっけ?」
あまりの予想外の展開に、徹は思わず魔王口調を忘れ素の状態で質問してしまう。
だが、この質問は大事な意味を孕んでいる。
もし彼女たちが自分の知らない宗教を信じているということになれば、彼女たちは自分が知る、『一ノ瀬徹がプレイしていた時の記憶を持つヴィルヘルミーネとクラウディア』では無い可能性が高くなってしまうからだ。
徹の記憶では、彼女たち二人のユニットに何か特定の宗教や教えを信じていると言う設定ではない。『グリントリンゲン』廃プレイヤ―として設定まで読み込んでいる徹にはその点に関して絶対的な自信があった。
「勿論、ヴァルター教です」
「………は?」
しかし、徹の質問に答えたクラウディアの言葉に今度は頭が真っ白になる。
ヴァルター教。自分の名を冠するその宗教は恐らくだが自分を教祖もしくは神そのものにしているのだろう。
「な、なんだそのトチ狂ったような名前の宗教は…?誰が考えたんだ……?」
「何を仰いますか。主自らが私たちに広めて下さったありがたい教えでは無いですか」
「お、俺?」
「はい。ヴァルター様です」
「それはヴァルター本人ってことか?それとも俺―一ノ瀬と……」
「あ、主!?」
徹が確認のために自分の本当の名前を口にしようとすると、鬼気迫る勢いでクラウディアが迫ってくる。その後ろではヴィルヘルミーネも狼狽している様子だった。
「ど、どうした」
「尊き主の真名をこの者の前で仰っては…!」
困惑する徹に向かって、クラウディアは小さい、しかし焦ったような声で徹に叫ぶ。彼女はちらちらと徹の横にいるセレーズを見ていた。セレーズは何が起こったのかよくわかっていなように困惑した表情だった。
(…相変わらず俺の名前は神聖視されてるな。この偏見をいつか変えたいもんだが今はそんな状況じゃないか)
「…わかった。だが聞いて欲しい。そのヴァルター様というのは俺本人ということか?」
「はい」
どうやらヴァルター教とかいう頭の悪そうな宗教は徹自らが創った宗教らしかった。
そんな宗教にとんと心当たりがない徹だったが、急に過去の『ミレナリズム』のプレイを思い出した。
(あ、あー!『ミレナリズム』の宗教のことか!)
『ミレナリズム』は、ある見方をすれば一つの文明を育てるゲームだ。そして文明と宗教は切っても切れない関係性にある。そんな文明をテーマにした『ミレナリズム』に宗教の要素があることは必然だった。
『ミレナリズム』ではある条件を満たすと指導者は自分の文明で宗教を創始できる。その宗教は既存のものからプレイヤーが自分で名付けたものまで幅広く設定可能で、どんな建物が教会となるか、どんなものを教えとするかなどもプレイヤーが決められる。
文明全ての主流宗教を自分が創始した宗教で独占すると達成可能な宗教勝利を行えたりと、『ミレナリズム』の宗教は色々な遊び方がある。
しかし―
(俺、あんま宗教触ってないんだよなぁ…)
無宗教故か、徹は宗教と言うシステムにあまりはまらなかった。
他文明の宗教が自文明で広がってしまうと色々なデメリットがあるので宗教自体は創始し自文明の都市には広めていたが、それだけだ。
宗教の名前や教えも適当に設定していたことくらいしか記憶にない。
「俺、そんな宗教創ったっけ……?」
だが自分がそんなノーセンスなことをした現実を受け入れられない徹は絞り出すようにそう呟く。
頭を抱える徹とは対照的に、ヴィルヘルミーネとクラウディアはきらきらとした尊敬の眼差しでヴァルターを見つめていた。
「はい!我々一同、一時も主の教えを忘れたことなどございません!」
「アタシは宗教とか関係なく陛下を尊敬しているが…ヴァルター教によって愚鈍な連中にも陛下の素晴らしさが分かるなら素晴らしいことだよな!」
「………そう、か」
徹にはそれしか言えなかった。
めちゃくちゃダサイ名前だしあまり言葉にして欲しくはないが、彼女たちが自分を尊敬してくれていると分かっている手前、そんな教え忘れてしまえとも言いづらかったのだ。
「それはどういう教えなんですか?」
セレーズは興味津々といった様子でクラウディアに問いかける。
頭を抱える徹だったが、そのセレーズの態度には首を傾げた。
時代が進み、どんな宗教も広く受けいられている徹の時代を生きる者ならそういった疑問が湧くことは自然だが、徹の生きていた現実では過去に宗教によって戦争が起きていた時代があった。セレーズの恰好や騎士たちの装備からこの世界の時代が大体それくらいと変わらないと考えると、普通何かの宗教を信じている者は他のそれに忌避感を覚えるのではないかという疑問だった。
「我が主―ヴァルター様を信じ、ヴァルター様の言動を絶対とすることだ」
クラウディアのその言葉に、徹は今度こそ絶句してしまった。
昔の自分がゲームの宗教にアホみたいな名前を付けていたことだけでもお腹いっぱいだったのに、今度はこれだ。宗教のことを決めた時は酔っぱらっていたのかと疑いたくなる。
「ヴァルターさんを…絶対……」
「そう。主のすること言う事は必ず正しい。その結果、貴様は先ほど小鬼に殺されずに済んだ。これは主の慈悲に他ならない」
確かにセレーズが今こうして生きているのは、彼女が殺されそうだったその時にたまたま徹が出くわしたからだ。しかしそれは慈悲でもなんでもなくただの偶然だ。
徹はぶんぶんと首を横に振るが、不幸なことに今彼を見ている者はいなかった。
「陛下を信じ崇めれば必ず救われる。何もしてくれない獣霊と違ってな」
クラウディアのその言葉がとどめとなったのか、セレーズは言葉を返すことも無く考え込んでしまう。
「クラウディア。少し言い過ぎだ」
「…失礼しました」
おそらくこの時代は古典から中世。宗教全盛期といっても過言ではない。これから先、この世界の住民と接する時は宗教も気にしなければならないなと徹は心に留める。
「…それで、クラウディア。遅くなったが調査の結果を聞こう」
「はっ。この先に、この巣を守る魔物を発見しました」
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