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第十話「魔物の巣と獣霊様」

「せ、セレーズ。セレーズ・ワンダー・イーシャ……です」


 徹は目の前の獣人族の少女を興味深く見つめる。

 セレーズの持つ耳や尻尾は犬のそれで、彼女が名乗った通り『ミレナリズム』に登場する獣人族の一つ犬耳人(ワンダー)で間違いないだろう。 

 犬耳人(ワンダー)は獣人族の中でも力が強く、近接攻撃に特化したユニットで頼もしい戦力ユニットだ。その他にも繁殖力が高かったり忠誠心が上がりやすかったりと使いやすい性能をしていた。

 しかし、セレーズにはとてもその印象が見受けられない。

 セレーズの細い腕や腰が目に入る。力自慢の犬耳人(ワンダー)とはとても思えない程華奢な体。今そこに立てていることが奇跡のようにも思える。


「…あまり快適な暮らしを送れていないのか?」

「えっ?」


 徹の質問に、セレーズは素っ頓狂な言葉で返す。まさか目の前の大男にそんな質問をされるとは思っていなかったような反応だ。


「おい、陛下のお言葉に答えろ」

「ひっ!?は、はい!私の村は貧しく、満足いく食事も摂れていません…」


 セレーズは悔しそうな顔で俯くと、尻すぼみの声でそう返した。

 よくよく見ればセレーズの金髪はくすんだような色をしており、手には農作業で出来たようなたこも見える。

 しかし、徹の興味は「村」という単語に引かれていた。


「村?きさ…貴女はこの近くに住んでいるのか?」

「ここから歩いて二時間くらいの場所にドラル村という村があって、私はそこに……」

「ほう。ドラル村。ちなみになんという国なのだ?」

「ガリュンダ……いえ、シリース神聖国です」

「ガリュンダ?」

「ええと、ガリュンダ獣霊国というのが私が元々住んでいた国なんですけど、戦争の結果ドラル村がシリース神聖国のものになっちゃって……」

「戦争……」


 戦争。『ミレナリズム』では見慣れている言葉だし、ゲーム上では徹も幾度となく経験してきたことだが目の前に立つ痩せこけた少女を見てしまうと言葉に詰まってしまう。


「…それで、セレーズ嬢は何故こんな所に?見た所一人のようだが……」


 徹が見る限り、セレーズはまだ16歳前後の少女だ。そんな彼女がこんな森の中に一人でいることは違和感しか感じない。

 広大なショッピングモールで迷子になってしまった小さい子供を心配するような気持ちで、ついつい徹は聞いてしまう。


「えっと……最近村が魔物に襲われていて」

「魔物に?」

「はい。昔は月に一回くらいでそこまで追い返すのは苦労しなかったんですけど……。最近は週に何回も来るようになっちゃって…」


 どうやらセレーズの生活が貧しいのは戦争のせいだけではなく目の前の魔物の巣も原因の一つらしい。しかしまだ疑問は残る。


「それで魔物の巣を排除しに来たと言うなら話は分かるが君は若く、そして独りだ。魔物の巣は君一人でどうこうできるようなものではないぞ」


 一人で千人相手できるまさに一騎当千並の実力を持つヴィルヘルミーネならば単騎で魔物の巣を排除することも容易いが、セレーズは貧相な体を持つ少女で持っている武器も刃毀れしている包丁だ。そんな彼女が単身で魔物の巣へ赴くなど勇敢を越えて無謀である。


「でも…!最近は村の皆も大変そうで、お父さんも辛そうな顔をしていたし…!誰かがやらないと!」

「…国は助けてくれないのか?」


 徹のさりげない、しかし第三者からすれば第一に頭に浮かぶ質問に、セレーズは顔を赤くしてその表情を怒りに歪めた。


「国は…シリーズは私たち獣人族をどうでもいい下等種族としか思っていない!あいつらは私たちの村から税を取り立てるばかりで、私たちの事なんか守ってくれるもんか!なんで…!なんでこんなことに……!」


 先ほどまでの活発そうで明るい雰囲気から一転、吐き捨てるように怒号を叫ぶセレーズの迫力に思わず徹は気圧される。

 しかし、『ミレナリズム』プレイヤーとしての徹の頭がセレーズの言葉を冷静に分析していた。


(…都市の『忠誠心』が低いのか?)


 『ミレナリズム』にはユニット毎に存在する『忠誠心』の他に、都市毎に存在する『忠誠心』というパラメーターがある。

 これはその都市に住む市民たちがどれだけプレイヤーである指導者を慕っているかの数値であり、快適性や高級資源を与えるとどんどん高くなり生産や研究など色々な面で恩恵を受けられる、ろくに住居を作らなかったり安定した食料の供給がないなど市民の不満が溜まると忠誠心は下がっていき、やがて自由都市として自分の文明から独立してしまうのだ。こうなってしまうと自分の都市が一つ独立してしまうどころか、最悪他文明の都市になってしまうことがあるので無闇に下げてはいけない値だ。

 セレーズの言葉、そして彼女の貧相な体から、ドラル村と言う村はどうやら国―シリース神聖国に対して高い忠誠心は持っていないようだ。

 細い身体からまともな食事を摂れていないことは明らかだし、セレーズの言葉から恐らくドラル村は元々ガリュンダ獣霊国という国の村だった。しかし戦争の結果譲渡されたということはドラル村の人々からすればそう簡単にシリース神聖国に馴染めるものでは無いだろう。それにどうやらシリース神聖国では獣人族は差別の対象らしい。それらを考えるとドラル村がシリース神聖国に持つ忠誠心はとても低いことが予想される。


(忠誠心が低い都市……。それなら俺の都市にして…『グリントリンゲン』を誕生させられるかも…)


 心の中にムクムクと野望が芽生え始める。

 徹には『グリントリンゲン』で長らくプレイしてきた経験がある。そのためこの世界に来てヴィルヘルミーネやクラウディアを見てから、この世界に『グリントリンゲン』を作ることを一度は妄想した。しかし、自分の目的はあくまでこの世界からの脱出、そして元の世界に戻ることだ。あまり目立ってみすみす自分の命を危機に晒すことはしたくない。


(取り敢えずこの魔物の巣で腕試しをしたいところだが…この娘はどうするか)

「えっぐ……えっぐ………」


 セレーズは溜まっていたものを吐き出すように泣き出してしまっていた。

 正直、損得勘定だけ考えればセレーズがどうなろうが関係ない。今ここで野垂れ死のうと徹にはどうでもいいことだ。しかし徹はそこまで悪人では無かった。

 

「セレーズよ。君はこの魔物の巣を排除したいのだろう?」

「ぐす……。はい……」

「ならば我々に付いてくるといい」

「えっ…?」


 徹の言葉に、セレーズは泣き腫らした瞳で見つめ返す。

 徹の性格的にこのままセレーズを放置させるわけにはいかない。しかし彼女が言うにはここから村まで数時間はかかるという。流石の徹も自分の都合を後回しにして彼女を村に送り届けるつもりはない。

 だとすれば彼女を護衛しつつ魔物の巣を排除し、その結果を伴ってセレーズを村に送り届けるのがベストだろう。そうすればドラル村の住民に恩を売ることができ、もしかすればその村に身を隠せることができるかもしれない。ドラル村が貧しいというのであれば、自分の力や知識を使ってその村を助けることも吝かではない。最終的にはその村にちゃんとした防備を整えさせ安全に生活できるようになれば理想だ。

 

「我々はこの巣を排除するために来た」

「そ、そうなんですか!?」

「ああ。しかしここに君が一人でいるのは危険だ。我々が守ってしんぜよう」

「ど、どうしてそこまでしてくれるんですか?」

「…君をここで見捨てるのは少々後味が悪いだけだ。それで、来るのか?」

「い、行きます!ここの魔物たちを倒してください!お願いします!」


 徹の内心では、セレーズを連れていくことは確かに良心あっての行為だが下心が無いと言えば嘘になる。だがそんなことは知らないセレーズは徹に向かって真摯に頼み込む。それは彼女が本当に村想いの人物なのだと改めて認識させた。


「決まったな。ヴィルヘルミーネ、彼女を護衛しろ」

「御意」

「クラウディアは先んじてこの洞窟へ潜入し中にいる魔物の調査を頼む」

「承知しました」

「…よし、では行くぞ!」


 こうして徹は、一人の現地の獣人族の少女を供だって魔物の巣へと踏み入れたのだった。


~~~


「ふんっ」

「ギャァ!」


 ヴィルヘルミーネが軽く振るったハルバードにより、一匹の小鬼(ゴブリン)が両断される。とんでもない量の血飛沫や脳漿が飛び散るが徹の表情が動くことは無い。

 と言うのも、魔物の巣へ入ってヴィルヘルミーネが襲ってくる小鬼(ゴブリン)を倒すこと三十匹目。最初の方はヴィルヘルミーネや隣を歩くセレーズにばれないように顔を顰めていたが、何十匹も同じシーンを見れば慣れるのが人間というものだ。


(慣れたくて慣れたわけじゃないけどな!)


 徹はちらりと横を歩く獣人族の少女―セレーズを見つめる。

 彼女は犬のような尻尾をぶんぶんと振りながら小鬼(ゴブリン)をばったばたと倒していくヴィルヘルミーネを憧れの目線で見つめていた。

 その表情からは子供では到底耐えられないようなグロテスクな死体に対する忌避感というものが全く見受けられない。

 徹は騎士の死体を見た時に吐きそうになったにも関わらず、だ。


「セレーズ嬢は小鬼(ゴブリン)の死体が気にならないのか?」

「え?」

「君くらいの年齢だと、普通はこうした光景は嫌悪感をもたらすと思ってな」


 ただえさえいるだけで気分が落ち込む程じめじめとした雰囲気に覆われている洞窟に、びしゃりと飛び出す血と断面からナニかが出てしまっている無残な死体。

 セレーズをこんな所へ連れ込んでしまったことに若干の後悔を感じながら徹は口を開く。


「…最初はそうでしたけど、慣れちゃいました。村で自警団の皆が倒してくれた魔物の掃除とかもやっていて…」


 セレーズは気丈に笑みを浮かべながらそう答える。

 魔物の掃除。聞き馴染みのない言葉だが、徹の脳内には『ミレナリズム』に存在するある魔物のフレーバーテキストが浮かび上がっていた。

 魔物の一種である【動死体(ゾンビ)】。彼らは埋葬されずに未練が残った魔物や人間の成れの果てだという。

 この世界にその法則が存在するかは不明だが、そうでなくても村に襲ってきた魔物の死体をそのまま放置すると言うのも考え物だ。

 つまり彼女はこの年齢にして死体の処理をその細い手で行ってきたのだ。


「…すまない、失言だったな」

「い、いえいえ!ヴァルターさんが気にすることでは…」


 セレーズは慌てた様子で両手をぶんぶんと振る。

 しかし徹は頭を下げなければならなかった。十個以上年下の少女にトラウマを刺激しうる質問をしてしまったのだ。魔王とか大人とか関係なく一人の人間として恥ずかしかった。


「……私、ヴァルターさんに感謝してるんです」

「感謝?我に?」

「はい!」


 予想外の言葉に、思わず徹は言葉を反芻してしまう。


小鬼(ゴブリン)に襲われたあの時、貴方が来てくれなければ私はどうなっていたか分かりません」

「しかしあの時セレーズ嬢を救ったのはクラウディアだぞ?」

「はい。ですけど先ほどクラウディアさんに言われたんです。私を救うように命じたのはヴァルターさんだから感謝するなら貴方にって」

「………」


 確かに徹はクラウディアにセレーズを助けるように言ったが、実際助けたのはクラウディアだしなんなら自分は魔術が強すぎるからというヘンテコな理由で止められた。そのためこの感謝を素直に真正面から受け止めることは出来なかった。


「まさにあの時のヴァルターさんは救世主…!獣霊様の御使いだったんですね…!」

「…獣霊様?」


 そう言えば、セレーズが小鬼(ゴブリン)に殺されそうになっていた時も彼女はその言葉を唱えていた気がする。

 もしかするとこの世界の神や宗教の類かもしれない。情報収集を兼ねて深堀りを試みた徹だったが―。


「おい」


 瞬間、身体が凍り付くほど低い威圧感のある声が洞窟に響く。

 先ほどまで楽しそうに小鬼(ゴブリン)豚鬼(オーク)などの魔物を屠っていたヴィルヘルミーネが見た瞬間死を想起させるほどの恐ろしい顔でセレーズを睨んでいた。


「陛下は獣霊とかいうよくわからん奴に従属する存在ではない。我が陛下はこの世界で最上に座する尊きお方だ。そんな方を誰とも知らん奴の下と考えるとは…なんたる不敬」

「ひっ…」


 ヴィルヘルミーネには今にもセレーズに飛び掛かりそうな雰囲気を醸し出していた。

 ヴィルヘルミーネやクラウディアが自分のことを慕っていることはとても嬉しいことだが、彼女たちには徹以外はどうでもいいと思っているきらいがある。セレーズという少女はこの世界での初めての協力者になり得る存在だ。そのため出来るだけ友好的に接して欲しい徹は慌ててフォローする。


「ま、待てヴィルヘルミーネ。我はなんとも思っていない。武器を下ろせ」

「はっ」


 徹の言葉通りすぐにハルバードを下ろし殺気を消し、改めて魔物の警戒に戻るヴィルヘルミーネ。しかしその背中からはありありと不満であることが見て取れる。

 なんで魔王の俺がこんな板挟みになっているんだと困惑しながら、徹は改めて口を開く。


「…セレーズ嬢。すまないな、我が配下の無礼、許してやってくれないか」

「え…え!?あ、はい…私は別に……」

「……獣霊様、というのはどういう存在なんだ?」

「え?…あ、そっか。ヴァルターさんは獣人族ではないですもんね」


 セレーズは怯えた顔から一転、まるで母の胸で眠る子供のような安らかな笑みをたたえ獣霊の説明を始める。

 なんだか表情がころころ変わる子だなと思いながら、徹は彼女の説明に耳を傾けた。


「獣霊様というのは私たちの先祖なんです」

「先祖?」

「はい。親や祖父母…果ては私たちの先祖様たちは亡くなった後も天から私たちを見守り、時には導き、時には守ってくれる存在になるんです。それが獣霊様と仰ぐ存在―」

「フン。陛下がお前たちのような弱者の屍に従う存在なものか。獣霊だとなんだと言うのは勝手だが、お前らの都合で陛下を小間使いのように扱うなど…」

「ヴィルヘルミーネ」


 徹は慌ててヴィルヘルミーネを抑止する。

 しかし、セレーズは困ったような笑みを浮かべるだけで怒るようなことはしなかった。


「いいんです、ヴァルターさん」

「いや、しかし他人の宗教を侮辱するようなことは…」

「…優しいんですね、ヴァルターさんは。少し誤解していました」


 予想外の言葉に徹は面食らう。

 優しい?魔王ヴァルターである自分が?


「…私の村には神聖国の司祭たちが頻繁に訪れるんです」


 セレーズは悲痛な表情でそう呟いた。

 司祭が村に来る。普通であればその理由は明白だ。教徒たちに教えを説くため。共に祈りをささげるため。

 しかしセレーズのいるドラル村は異種族の村。しかも数年前まで違う国の村だった。そんな村に司祭が来る理由。つまり――


「…改宗か」

「はい。彼たちは私たちの信じる獣霊様たちをゴミ呼ばわりし、そんな何の役にも立たない教えは早く忘れシリース教…。女神シリースを崇めろというんです。人族以外は女神に見放された可哀そうな種族だって獣人族の私たちに言わせようとするんですよ」

「………」

「それに比べたらヴィルヘルミーネさんは獣霊様を信じること自体は認めてくれているので司祭なんかの何倍もお優しいですよ」

 

 そう言って、セレーズは寂しそうに笑った。



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