第一話「魔王の誕生」
時は22世紀。技術は発展し、人々の暮らしは様変わりした。
そしてゲーム業界もまた技術の進歩によってまた一歩前に進んだ。
『仮想ドライブ』。VRゴーグルのような物で頭を覆う新世代のゲームハードだ。プレイヤーの意識をまるで現実のような世界、仮想世界に送りこみゲームがプレイできる。
そこにいるかのようなモンスターと対峙したり、ファンタジー世界の素晴らしい景色を見渡せたりとゲーマーのみならず世界中の人々を魅了するゲームハードだった。
正式名称は勿論あるが、長ったらしいアルファベットの羅列ということもあり日本のゲーマーには専ら『仮想ドライブ』と呼ばれていた。
だが、そんな世界中を熱狂させる新ハードに見向きもしないゲーマーが一人いた。
「あぁ~~~……ただいまぁ………」
掠れたような声で誰もいない部屋に帰りを伝えながら、一ノ瀬徹は緩慢な動きで靴を脱ぐ。
目の下に大きな隈をぶら下げた徹は覚束ない足で廊下を歩く。
「今日も…疲れた……」
徹はもっさりとした動きで手早くシャワーを済ませ、家に唯一ある時計を見る。あまりにもシンプルな時計がもう既に十時を回っていることを教えてくれた。
明日が五時起きであることを考えるならば、今すぐに寝るべきだ。
だが最近は激務が続いており体がストレスの発散を求めていた。
「…よし!やるか」
徹は少し覇気の戻った声で呟くと、ゲーミングパソコンの前に立つ。
目の前に人が座ったことに気付いたパソコンが自動で立ち上がり、ディスプレイが光る。
徹は迷いない動きでマウスを動かすと、あるゲームのアイコンをクリックする。
すると荘厳なBGMと共にある文字が浮かび上がる。
『ミレナリズム』。
約十年前に発売された戦略SLGと呼ばれるジャンルのゲームだ。
プレイヤーは一つの文明を選び、魔術や魔物、妖精族や獣人が存在するファンタジー世界を舞台に生き延び文明を発展させることを目標とする。
何十もの文明や百数のユニットなどを抱え複雑なシステムを持つ『ミレナリズム』は決して万人受けするゲームではなかったが、コアなファンが多いニッチなゲームとしてゲーマーの一部では熱狂的な支持を得ているゲームだった。
徹は慣れ親しんだ動きで一つの文明を選択する。
『魔王文明グリントリンゲン』。
十数個のDLCによりたくさんの文明が追加された『ミレナリズム』の中でも発売初期からある文明の一つだ。この手のゲームにはありがちで、最新の文明の方が強い傾向にあり『魔王文明グリントリンゲン』もその影響をもろに受けておりあまり人気のある文明とは言えなかった。
癖のあり使いづらいユニットや施設を持つ『魔王文明グリントリンゲン』は初心者向けとは言えず攻略サイトでも度々玄人向きと紹介される文明だ。
しかし、徹はこの文明を気に入っていた。むしろ九割方はこの文明で遊んでいる。様々な文明で楽しむプレイスタイルが多いとは知っているが、結局徹は『魔王文明グリントリンゲン』に落ち着くのだ。
なぜなら―
「フハハハハ!我が名はヴァルター・グルズ・オイゲン!魔王文明グリントリンゲンの指導者なり!」
モニターの前で徹はオーバーリアクションに体を動かしながら叫ぶ。
これは何も、徹がいきなりトチ狂った訳では無い。
「この川沿いに首都を建設せよ!ここを『グリントリンゲン』始まりの地とする!!」
大仰な口調で隣室から怒られない範疇で叫びつつ徹はプレイを始める。
『魔王文明グリントリンゲン』の指導者たる『魔王ヴァルター・グルズ・オイゲン』。
その人物になりきる―魔王のロールプレイをしながら『ミレナリズム』を遊ぶことこそが、一ノ瀬徹という男の唯一の楽しみでありストレス解消法だった。
「我が忠臣を召喚しよう!グリントリンゲンUU『ヴィルヘルミーネ』!我が前に現れよ!」
『アンタが魔王か?ハッ、まずは見定めさせてもらう。それまでは好きに動くぜ』
「フハハハハハ!流石の反抗心だな!」
まるで本物の人間と会話するようにゲームのキャラに話しかける徹。傍から見れば危ない男だが、徹は満面の笑みを浮かべていた。
「…ん?」
魔王ロールプレイを楽しんでいると、モニターにメールの通知が届く。
今はそれに構っている暇はないと通知を消そうとした徹だったが、差出人の名に気付くと目を見開いた。
「『ミレナリズム』運営だって…?」
徹は慌てた様子でメールボックスを開く。
『ミレナリズム』運営からメールが来る時と言うのは、新しいパッチが出る時や新DLCが発表される時だ。しかし最新のDLCが発売されてから二年が経っている今、もう『ミレナリズム』の新DLCは絶望視されていた。
一『ミレナリズム』プレイヤーとして新DLCを熱望していた徹にとって運営からのメールに敏感になってしまうのは仕方のないことだろう。
だが、メールのタイトルを見た徹は更に目を開く。
「『新ハードへの移行について』……?」
メール本文を途中まで読んだ徹は部屋の隅にあるものを見つめる。
そこにはちょうど一年前に買った『仮想ドライブ』のゴーグルがあった。
『ミレナリズム』中毒の徹だったが、やはり一ゲーマーとして新ハードへの関心はあった。そのため発売直後に購入しプレイした結果、楽しいことは楽しかったがやはり『ミレナリズム』に落ち着いたという経緯があった。
そのメールは、この『仮想ドライブ』に関するものだった。
曰く、『ミレナリズム』運営は『ミレナリズム』を『仮想ドライブ』のハードで売り出そうとしているらしい。
「いや、それはどうなんだ?」
だが、徹はそのメールに首を傾げる。
『仮想ドライブ』の売りは、目の前に広がる現実のような風景やモンスターという臨場感あふれるグラフィックだ。
しかし、『ミレナリズム』は戦略SLGだ。マップを俯瞰的に見下ろす形でプレイするターン制のゲームだ。それに迫真の戦闘シーンなどなく、割りと静的なゲームだ。
そんな『ミレナリズム』は『仮想ドライブ』とあまり相性がないと、徹は考える。
そのためメールの文に興味が無くなりつつあった徹だったが続く文に興味を戻す。
「『『ミレナリズム』プレイヤーの中でも屈指の時間プレイ時間を誇り、中でも『魔王文明グリントリンゲン』のプレイ時間・勝利数が全プレイヤートップであるトオル様にテストプレイヤーとして参加して頂くことをお願いしたい』…」
そのメールはその文で締めくくられていた。
つまり、徹は運営に重度の『ミレナリズム』プレイヤーとして認知され『仮想ドライブ』でのテストプレイを頼まれたのだ。
正直、徹の本音としては『仮想ドライブ』でプレイする『ミレナリズム』にあまり興味はなかった。
『ミレナリズム』の魅力は周りの文明の力を見極めユニットや施設を生産し軍を鍛えたりといった戦略性にある。その魅力は『仮想ドライブ』上では発揮できないという考えだ。
だが『ミレナリズム』は徹をわざわざ名指しでテストプレイヤーに指名したのだった。しかも運営直々にトッププレイヤーと称されたのだ。
そのことに気持ちを高揚させた徹は引き受けることを決意した。
部屋の隅っこに転がる『仮想ドライブ』のゴーグルを頭に被った徹は電源をオンにする。
「久し振りだなこの感覚」
その瞬間徹の視界いっぱいに『仮想ドライブ』のメニューが広がる。内蔵されているゲームや設定のアイコンが広がる中、先程『ミレナリズム』運営からもらった『ミレナリズム』のアイコンを見つける。
「これか…」
過去の記憶を呼び戻しながらたどたどしい動きでそのアイコンを選択する。すると本家の『ミレナリズム』を起動したときに流れるBGMと同じ音が流れる。
『文明をお選びください』
無機質な真っ白の背景に黒一色でただそう表示される。
その光景に徹は首を傾げる。本来であればプレイする前に文明を選ぶ他に様々な項目を自由に設定できるのだ。それは蛮族や魔物というお邪魔キャラの存在の有無だったり、噴火や洪水などの災害の多さだったり多岐に渡る。
本来その設定の多さも『ミレナリズム』の魅力の一つだったのだが、どうやら今はそれが出来ないらしい。
「まだテストプレイだから細かい設定は出来ないってことなのか…?」
あまり納得はしていないがそう飲み込み、徹は迷わず『魔王文明グリントリンゲン』と呟く。
この選択に迷いはなかった。ゲーマーの中には色んな文明をプレイする者がいることは知っているが、徹は『グリントリンゲン』以外の文明をプレイした経験があまりない。それほどまでに徹はこの文明の事を気に入っていた。
それに、『グリントリンゲン』を使って自分の右に出る者はいないという自覚もある。愛着のある文明をここで使わなければ文明に対する裏切りかもしれないという考えもあった。
『『魔王文明グリントリンゲン』の指導者になることを誓いますか?』
この文言は、本家『ミレナリズム』でもプレイする前に表示されるものだ。
先ほどとは違い全く疑わない様子で徹は「はい」と答える。
その瞬間、頭の中が黒い靄に覆われるような錯覚を覚える。どうやらプレイが始まるようだった。
『仮想ドライブ』をする際に、一瞬意識が落ちるような奇妙な感覚がプレイヤーを襲う。その感覚が嫌いだった徹は顔を顰めるが、仮想世界らしい綺麗なグラフィックのもと愛する文明でプレイできることに胸を躍らせる。
瞬間、一ノ瀬徹の意識はなくなった。
~Millepedia~~~
【文明】『魔王文明グリントリンゲン』
【属性】邪悪 【主要種族】魔族
魔王ヴァルター・グルズ・オイゲンが指導者として統治する魔族を主な市民とする文明。
様々なUUを所有するがそれぞれが癖の強い能力を有し使いこなすまでは時間が必要。
攻撃的なユニットや施設が多く制覇勝利を得意とする。
主な市民は魔族だが、他の種族を有することを厭わない文明でもある。
他の文明をプレイし慣れてきたらプレイしてみよう!