しめだし
「えー、口紅、洋服上下二枚、家に残していた現金一万円前後」
「あと、財産になりそうだと思って持っていた独身時代につけてた18Kイヤリングです」
「帰宅したのは40分ほど前ですか」
「はい、その時は閉めたはずの窓が開いてるのに呆気に取られて全く気が付かなくって、お巡りさん、私確かにびっちり窓閉めて出たはずなんです」
ママはおまわりさんにていねいにせつめいしてる。
うんうん、やっぱりママはぼくのじまんのいいママだよ、ちゃんとしっかりとせつめいできなきゃだめだもんね。それにしてもあのおにいさん、なんでそんなものをもっていったんだろ。ぼくのママのつぎにだいじなたからものじゃなくてさあ……。
「あの、そう言えばお子さんは……」
「私一人では正直手に余るんで、実家の母の方に預けてあります」
「この表札は」
「貼り換えるのが遅れてしまって、いろいろ忙しくって」
「いろいろっていつからです」
「ひと月前からです。すみません、その内直します」
ママはなにをきかれてもはきはきこたえてる。だからぼくはだいすきだ。
ママはいつもぼくにいってた、へんじははっきりとって。ぼくもママみたいにはっきりとものがいえるにんげんになりたいなあ。
でもさあ、ぼくわかんないことがあるの……ねえママおしえて。どうしてみんなママのことをかわいそうなかおをしながらみてるの?ママにとってだいじなものがなくなっちゃったから?
それでさ、みんながかわいそうなめでママをみてるのに、ひとりだけこわそうなめでみているひとがいるようにみえるのはぼくのきのせい?
……あっきのせいじゃない、ほんとうにひとりいた。よくみると、さっきあのおんなのひととはなしてたしょうのさんってひとだ。ほんとうにこわそうなかおをしてる。
「泥棒ですか……ったく私たちから盗める物なんてないって言うのに」
「そうですよね、ったく物騒な世の中ですわよね。どうせならばもっとお金持ちの家に行けばいいのに、今度皆さんで防犯グッズでも探しに行きますか?」
とおもってたら、しょうのさんのまわりにいたママのおともだちがとつぜんそんなことをいいはじめた。どろぼうってわるいひとのことなんでしょ?
でもあのひとはわるいひとじゃないよ。だってわるいひとだったらぼくたからものをあげたりしないもん。あっもしかして、どろぼうにもいいどろぼうとわるいどろぼうがいるのかな…………あれ、しょうのさんってひとなんにもいわなくなっちゃった。
「5階でも安心はできない物なんですかね」
「そうよ、私なんか6階よ。それでも泥棒が来ないって保証はないんだから」
「今回は雨戸をこじ開けて入って来たみたいだけど、家主不在の隙をうかがって新聞配達に成りすましてとか……ああ怖い怖い」」
しょうのさん、ちょっとかわいそうかも。
どうしてだろ。あのしょうのさんってひと、あんなふうにかこまれるほどわるいことをしたのかなあ。ぼくわかんない、ねえママおしえて。
しばらくするとぼくのいえからみんないなくなっちゃった、でもあのしょうのさんってひとはまだママのおともだちにつきまとわれてる。
「何ですか一体、」
「…………この際ですので、はっきり申し上げてよろしいんですか?おたくが今住んでいる503号室の家賃がお安い訳を」
「わかりました、教えて下さい」
しょうのさんはまっすぐにまえをみつめてる、でもママのおともだちはなんだかびくびくしてる。どうしたのかなあ。いいたくないのならば、いうのをやめりゃいいのに。
「三ヶ月前、その503号室に住んでた方がゴミ出しの際にあの108号室の奥様と肩がぶつかってしまって、ちょうどその時虫の居所が悪かったんでしょうけど……」
「だとしてもねえ、その後奥様がごめんなさいって謝ったのに難癖をつけていろいろ絡んで、それで押し倒して殴り掛かって全治一週間の怪我を負わせて……」
「その事件が起きたのがちょうどパート先の店長さんに暴行を受けて自宅療養してたのからようやく復帰した次の日で、そのせいでまた現場復帰が遅れちゃって、それで治療費や給料まで全額負担って事になって……」
ぼくそのときのことしってる、ママそのときよそみしながらあるいてたせいでそのおんなのひとのことにきづけなくって、そのせいでめいわくをかけちゃったんだから、しょうがないよね。でもそんなママのしっぱいのせいでママとぶつかったおんなのひとはめちゃくちゃそんをしたらしい。ママがわるいはずなのに、だからふつうにおしおきをしただけなのに、そういうあたりまえのことをしただけなのに、どうしてなんだろ……?
「いくら事情があったからって、暴力を振るっちゃいけませんよね。ましてやそれを正当化するほどの理由にはとても……」
「そうですよね、でも当然ながらそんな出費をする原因を作った奥さんを旦那さんは激しく責め立てて、それが原因で夫婦仲は一気に壊れて……よろしいですか」
「覚悟ならばできてます。自殺があったとか」
「そこまでは行きませんでしたけど、取っ組み合いの大喧嘩になって奥さんが包丁を持ち出してご自分の左腕を切ってしまわれて血が飛んで、それでそのまま離婚して……」
ことばのいみはよくわかんないけど、とにかくママのせいでたいへんなことになっちゃったていうのはわかる。
ママ、はんせいしなきゃだめだよ。だれかママにそのことについておしおきしてもらわなきゃ。
「私だって価格が安いって言う時点で何かあるとは思ってましたから」
「大した覚悟ですね、とにかくあの人を傷付ける様な物言いをしては駄目ですから、年間二十万円以上も安く上がっている事を感謝しましょう、ね」
「はい……………」
ぼくわかる、しょうのさんってひとはうそをついたって。なんでわかるって?だってはいって、そのとおりだっておもうときにいうことばなんでしょ?しょうのさんがママにおれいをいったのを、ぼくみたことがない。
もしかして、ママがわるいことをしたっていうのにだーれもおしおきしてくれないからおこっちゃったのかな。でも、ほかのみんなはおこってくれない。それがいやなのかもしれない。そうだよね、じぶんひとりだけみんなとちがうのってやだよね。みんないっしょだからつよくなれるってテレビでもいってた、ひとりぼっちはたいへんだよね。
「……わかりましたよ、受け取りましたから……」
「中身を改めて下さい、管理人さん……」
でママはって言うと、ほんとうにつらそうなかおをしてかんりにんさんっていうなまえのおばさんにふうとうをわたしてた。
なんのふうとうだろ、あっおかね。ぼくしってる、ぼくとママがあのへやにいられるのはおかねをわたしているからだって。えへへ、ほめてほめて。
それからね、このおばさんはまだかんりにんになったばかりなんだよ。なんでわかるかって?だってこのまえまではこわそうなかおをしたあたまのまっしろなおじいさんだったから。
「ったく何もこんな日に……」
「また泥棒が入る気がして、少しでも早くと思いまして……」
「あのねーそうそう泥棒なんて入る物じゃないんですから、まあ気弱になるのもお説ごもっともですけどねー…はい確かに七万円、受け取りましたけどこれで今お金いくら残ってるんです?」
「一万三千円ありますから来週の給料日までは何とか……」
「一人だと手に余るとかさっき言ってたけどさ、手に余るのって息子さんって言うよりどっちかって言うとお金の方じゃないの?養育費とかもらってんの?」
「音信不通状態でびた一文たりとも……」
「悪い男だだね、とっちめてやりたいよ正直。そんな苦しい思いをしてるからこそ、私ら隣人が助けてやんなきゃいけないよね」
「隣人だなんて」
「絆でしょ絆。みんな楽じゃないご時世だけどさ、その中でもあんたは一段と苦しい思いしてるんだからねえ、ちょっとぐらい待ってあげるよ」
「いえいえ、その……そんな申し訳なくて」
「優しいのはいいけどさ、と言うかまだ先月のあれがトラウマになってるのかい?あの人も何を血迷ってあんな馬鹿な真似をしちまったのかねえ……まあ子供をおふくろさんに預けておいたってのが正解だったってのが正直嫌になるよね。言い訳も聞き苦しかったし、あんな変態染みた事をする人じゃなかったんだけどねえ」
せんげつって、ひとつまえのつきのこと?
たしか、ママ、そのときおかねがはらえないっていってたんだよね。それもたしか2かいれんぞくで。
それであたりまえだけどあのかんりにんさんめちゃくちゃおこって、それでママにおしおきしたんだ。みんながきちんとやっていることができないんだから、おこられておしおきされてもあたりまえだよね。
ふくをぬがされてへやのそとにほうりだされてもね。
なのにこのあたらしいかんりにんさん、ばかなまねっていってる。
あれ?あれって、やっちゃいけないことだったのかなあ。っていうか、へんたいってなに?