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死線という名の鏡  作者: 宮雲八尋
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第五章 委員長の姿

「千尋って、たまに怖い瞬間あるよな?」

「え、どういうことですか?」

「別に大したことじゃないんだけど、いつもの雰囲気じゃなくなる瞬間があるっていうか。」

「前に執行部で話し合ってるときにさ、智尋と同じ初期の前田君が、自分の母親のことを「あの女」って言ったことあっただろ?その時に智尋が言ったんだよ。」

「『いつも弁当作ってくれるような母親の、どこに不満があるんだ?何があってそんな風に母親を読んでるのかは知らないけど、お前のためを純粋に想って行動してくれるのは、母親だけだぞ。もっと大切にしろよ』って。」

「そう言ってた時の智尋の目が、ものすごく怖かったんだよな。口調は別に強くないのに、ものすごく怖かった。」

「そうだったんですか、すみません。改めて聞くと、ものすごく偉そうなこと、言っちゃいましたね。」

「いや違うんだ。確かに怖かったんだけど、ものすごくまっすぐで、その時の智尋が、ものすごくかっこよく見えたんだよね。ああ、もちろん、変な意味じゃなくてな。」

「ありがとうございます。別に仰々しいことは何もないんですけど、小学生の時に、僕の友達がいじめられてて。その子が僕に相談してきたことがあったんです。今思えば、ただ分かってもらいたかっただけだと思うんです。ただ、僕はその子に言ってしまったんです。『自分の意見を言わないような感じだから、いじめられるんじゃないの?』って。」

「そしたらその子がいじめっ子たちに、僕のことを売ったんです。それから小学校卒業までの一年間、ずっといじめられてました。」

「それで、卒業したあとは大丈夫だったの?」

「ああ、それに関しては大丈夫でした。学校が厳しい感じだったので、そういう空気がなくなったんですよ。ただいじめられていたことは、辛いというよりも、僕にとっては罪滅ぼしような感じだったので、そんなに傷つかなかったんです。ただ、あの言葉を言ったときの、友人の中で何かが折れる音が、聞こえたような気がしたんです。友人のあの時の顔を、忘れられないんです。だから僕は、言葉というものの強さを、他の人よりは知っているんです。たった一言ですべてが崩れるんですよ。言葉は、それだけの力があると思うんです。」

「すごいよ、智尋は。」

「別にすごくはないですよ。」

「ううん、すごいと思う。自分のしたことを忘れずに、しっかりと反省して、自分のしたことの何がいけなかったのかを考えた。だからこそ、今の智尋がいるんだと思うよ。」

「知ってる?智尋って、執行部メンバーにものすごく頼りにされてるんだよ。智尋がしていることは、間違ってないと思うよ。」

「嬉しいですけど、結構強くいってしまうときがあるんで、正直今の関係性を壊しちゃうんじゃないかって心配もあるんです。」

「その時は、私はドーンと言うよ!大丈夫!」

「本当に大丈夫ですか~?」

「さては、信頼してないな~!」

「ははは、でも、大丈夫だよ、智尋なら。もし否定されても、智尋のことをいいって言ってくれる人はいる。案外、近くにいるかもしれないぞ。」

「罪悪感を持って生きることは、悪ではないと思うよ。わたしは。」


そっか、罪悪感なのか。僕の根底にあるのは。あの時、友達の何かが折れるのを聞いた日から今日まで、その罪をどこか背負いながら生きてきた。そのことを忘れたときなんてなかった。許されることなんてないのに、許されるために生きてきたのかもしれない。でもそれが辛くなって、何もかもから逃れようとした。でも、それでもいいと言ってくれる人たちに会えた。だったら、僕にできることは、自分の根底にある、強くある。罪悪感と向き合うこと。それだけ。

そう考えていると、場面は先ほどの視聴覚室に切り替わった。目の前には委員長がいる。しかし委員長の様子が、徐々に馴染みのある姿になっていく。先輩の手は僕の顎ではなく肩に両手を乗せ、手には力が入っている。そして先輩の表情は、いつもの凛々しい、そして瞳にどこか強さを宿した、いつもの五十畑委員長がそこにはいた。

「あなたの足を、地面に接地させているのは何!」



目の前に、小窓越しに委員長の姿をした影が立っていて、悪魔の質問を繰り返し唱えている。もう動くのは簡単だった。僕は扉の前まで近づき、その影を見ながら、まっすぐに答えた。

「罪悪感、ただそれだけです。」

一切こもることなく放たれたその言葉は、自分自身の心のしがらみが少しほどけたようにも感じられた。

「止めろ、行くな!なんて言ったんだ、なんて答えたんだ!ここからじゃ、マイク越しじゃないと聞こえないんだ!頼む、教えてくれ!助けてくれ~!」

後ろからは未来の自分の泣き叫ぶ声が聞こえる。その声はとても痛々しく、聞いているだけで涙が出てきそうだった。その声につられて振り返りそうになった。ただ、今振り返ってはいけない、そんな気がした。振り返っても、僕には何にもできない。彼のことをどうにか出来るのは、彼自身なのだ。もしかしたら自分も、あちら側になっていたのかもしれない。なんで彼がこうなってしまったのか、そんなことを考えながら僕は、開いた扉から、その白く眩しい場所に向かって歩き出した。


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