お菓子の世界「シュエット」
プロローグ
ここはお菓子の世界と呼ばれる地「シュエット」、人口四千人ほどの小さな世界だが、その俗称の通り甘く美しいお菓子たちと、そのお菓子たちを作る人間だけが住む夢のような世界だ。
その世界には美しい外見を持ちながらも観光者すらも入れないという厳重な制度が取られており、名ばかりが知られその世界の内を知るものは数少ないのだとか。
そんな謎多き世界が受け入れるのは様々な事情を抱えたお菓子職人のみ、様々な事情を抱えた、という話の発端はいまだ不明だが、噂にはある日甘い匂いがする招待状が届き、そこに書かれている指定の場所に行くと瞬きの間にこの世界に居るらしい。そして消えたお菓子職人は皆腕が良く、現代で食っていけるのにも拘らず一生帰ってこないのだとか。
そんな噂が独り歩きし、僕の故郷日本では技術者だけを狙う神隠しだ、と恐れられている。
結論を言うと前者の噂は真実に近い。何故なら僕が直接体験したのだから。
「雨宮有紗様でよろしいでしょうか」
初老の男性のような人が僕の前でにこりと笑う。呆然と回想していた僕はその声でびくりと肩を跳ねさせる。その男性はすらりとした佇まいからして執事のように見える、詰まってしまった息、未だうるさく跳ねる鼓動に黙ったままこくりと頷くと、ようこそいらっしゃいましたと持っていた荷物を自然な手つきで受け取られた。
「お菓子の世界の住人に選ばれるとは、きっととても腕の良い方なのですね」
「ああ......そうなのかもしれません」
こちらに、と言われ歩いていく執事のような男性に着いていく。昔からこんな風に見ず知らずの人と話すのは苦手で、つい一言だけで会話を終わらせてしまう。
タクシーやショップの店員ならまだ続くであろう会話、しかし男性は僕のその質素な一言で、満足したように頷き会話を終わらせた。
「あの、会話続けなくていいんですか?」
こういう時、本当は何も聞かずに相手の親切に感謝すれば良いのに、普段生きていて遭遇したことのない事態に意図が気になって聞いてしまった。会話が終わってほしかったはずなのに自ら会話を望むなんて、今まで生きていた中で初めてだ。
そんな空気の読めない質問にも、男性は柔らかな表情を浮かべたまま数秒か思案した。
「そうですね、会話が得意ではない方もいらっしゃると考えていますので......貴方様がお話好きな方でしたら申し訳ありませんでした」
「いえ、そんな......ありがとうございます」
会話ですぐ良い人だと分かる。それほどこの男性は物腰柔らかで、非常に丁寧な人だった。
そんな男性に着いていくと、見える風景はじわじわと印象が変わっていく。
最初は日本の都会のとある菓子店、そこから気付かないうちにこぢんまりとした広場に飛ばされ、遊具やベンチもない痛いくらい眩しい芝生の上で、重い荷物を持って突っ立っていた。
そんな田舎チックな空間から連れられると、今度はアーチのように道を作る森、先に見える景色への想像欲を湧きたてる薄暗い道は、自然に溢れながらも動物や虫などの生物の気配はしなかった。
そんな森を抜けると見えるのは澄んだ空、森は高台にあったのかと止まった男性の横に立つと、見えるのはまるで物語のようにファンタジックな風景、上からだけ望むことのできるお菓子のように明るい屋根、線路が隅々まで広がり、白色の車体の電車が走る。この世界のメインストリートを通る人々はミニチュアかと思うくらい小さく見えた。
僕が感嘆の息を漏らすと隣にいた男性はいいでしょう?とにこりと笑う。まるで自分の庭のように誇らしげに微笑むその姿に、ええ、と深く頷いてまた街を望む。
僕はこれからこの世界で生きていく。
未だ信じられない光景と、期待で大きくなっていく鼓動。震えだすほどの高揚感に、は、と漏れてしまう息をそのままに僕の瞳は世界だけを映し出す。
ここはお菓子の世界「シュエット」様々な菓子職人が集う、夢のような世界
そんな世界で、僕は飴細工職人として働く。
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