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【完結】絵の中の人々  作者: 遥々岬
第七章 砂漠の村のジョーカー
33/63

第三話

2023.4/11 文章の見直しと、漢数字に直しました。



「戻りました」

「……おかえり」

「パンもスープも、水も美味しかったです」


 依頼主がいるお店に戻れば、太い黒縁の眼鏡を少し下げて何やら書き物をしていた砂漠の花の店主はご飯屋から帰った私のありきたりな感想に満足そうに頷いた。


 仕事の邪魔になる前にお店のカウンターを通り抜けて部屋に戻る。

 太陽の光が惜しみなく入る部屋は相変わらず暖かい。


 小さな鞄をリュックの上に置いて腰に付けている鈴を机に置いたが、出てくる必要性が無いのか風の妖精は姿を現さなかった。


「早かったネ」

「主人にお勧めされた虹の雫の豆スープを食べて来ましたよ」

「嗚呼、あの店の豆スープは主人の好物ダ」


 事前に作って用意しているヨレヨレの色見本の紙をパラパラと探しながら彫刻が美しい木製の椅子に座り、ジョーカーと真っ白なカードと向かい合う。


「ご飯屋さんにいた水差しが絵はなりたい姿になれるから羨ましいと言っていましたよ」

「姿なんて長生きしていれば然程気にもナらなくなるがねえ」


 机の上に敷いた古新聞の上に画材を出しながらジョーカーとの話をもう少し楽しむ。

 今度はいつジョーカーのような存在と出会えるか分からないもの。


「他のトランプの方々はどうしているのですか? 絵の好みなどがあるのでしょうか」


 それぞれの好みの画家を選んでいるなら大変そうだ。


「他のカードに宿りたがる魂はいないサ」

「何故です?」

「何故っテ」


 カードの中で胡坐を掻いているジョーカーはは、うーん、と唸った後に腕を組んだ。


「貴女が知るトランプと我々のトランプが全く同じものなのかは分からないが、五二枚のカードには役割があるのを知っているかい?」

「詳しくないですが、多少は」


 私の言う多少の多少とは米粒一つくらいのもの。描かれている人物やマークの役職を知っているくらいだ。

 詳しく聞かせて貰えますか? と小さき者に視線を向ければしっかりと一度だけ頷いた。


「季節や星を示す場合もあるが他にも意味があってネ。スペードは貴族、ハートは僧侶、ダイヤは商人でクラブは農民。そしてキングにもクイーンにもそれぞれの役割がある。数字にも、だ。五二週を示す季節のカードは一三枚ずつ存在し、全ての数字を足して、一枚のジョーカーを足せば三六五になる。つまり一年の日数になるのサ。そしてもう一枚のジョーカーは、所謂閏年を示す」


 それぞれのカードの細かな役割とピタリとはまる数字が気持ち良くて感心する。ゲームをするばかりがトランプカードの使い道ではないらしい。


「個性が強いのさ。そんなカード一枚一枚に魂なんて宿ったら自分達のことばかりで騒がしくなるに決まっている」

 

 トランプにはトランプの事情があるって訳だ。


「では、貴方は閏年(うるうどし)とされるジョーカーなのですか?」

「ハハハ! ジョーカーはジョーカーさ。もう一人のジョーカーは魂を得ていないみたいだから、私が閏年になっても良いかもしれないね。……ま、どちらでも無いなんて特別感があって良いだロウ? それとも貴女は己が何者なのかと決めてしまわないと不安かい?」

「……そうかもしれませんね」

「人というのは難儀なものだね。己の名前よりも、何処に存在するべきなのかを理解している方がよっぽど大切だと思うケド」

「名を忘れてしまうなんて、恐ろしいことではありませんか?」

「サぁ、私は不安定に魂を手放す方が恐ろしいヨ」


 物との意識のすり合わせは思っているよりも難しいのかもしれない。不安定に魂を手放すというのは、それは死を意味しているのだろうか。

 ジョーカーの言葉をひとつ、ひとつ考えてみる。


 今の段階ではジョーカーが望む姿が見えて来ないから、楽な姿勢を取る為に机に肘を突く。


「呼吸をする許可を乞う者はいない。託された砂漠の砂に混じる小さなガラスの一粒を失くさずにいられる者もいない。貴女は、もし指を落としてしまったら絵を描く事は出来ないのかい?」

「指を落としてしまっても、ですか」


 人の体にはタイムリミットがあるらしく、綺麗に切り落とされた者に限りその部分を適切な方法で保存して直ぐに医者に見せればくっつけて貰える場合があるらしい。医療の進歩とは素晴らしく、偉大だ。

 しかし、今ジョーカーが問いかけている内容はそんな現実的な話ではないのだろう。ジョーカーは私の心の真髄を聞いているのだ。

 指を失くして筆を握れなくなったなら口にくわえて描く、という手段を聞いているんではなくて、描くのを続けるのか止めるのか、それだけだ。


「私は落とした指を拾い、絵を描き続けると思います」

 

 絵を描くことを知らない頃の自分には戻ることは出来ない。

 考え、苦しみ抜いて見つけた小さな光は、今も暗がりで私の足元を照らしてくれているのだ。


「そうだろう、そうだろウ。指を落としたなら拾えば良い。星に目を奪われたのなら暫く眠れば良い。みんな中々出来ないだけで簡単なことサ。と、いうことはだヨ? 簡単というのは難しいということなんだヨ」


 落とした指が見つからなければ鳥が拾って食べてしまったのかもしれないし、目を奪った星は相変わらずグロッケンシュピールの音を止めない。失った物を取り返すことが出来るのは五分五分であり、結局取り戻すことが叶わなくても、人はなるようにしかならない。自分や環境に順応し、そしてまた生活を営む。それが現実的か、そうではないか、なんて関係なくて、己が望むものとは何か理解しているかが大切なのだ。

 分かっているの。指を奪った鳥も、夜空に瞬く星も、あの洞窟の青い果実も、誰にも憎まれる理由などないと。


 それに、だ。例え人より持って生まれた物が少なくても、私達は順応する力がある。周りの者と同じ数を持っていても、それが理解出来ない者は何も得ることが出来ず、そして自分が何者かも分からないままでいるのだろう。


「この村の奥に小さくて華やかな国があるんだ」

 

 ペラリ、と本の次のページを捲る様にジョーカーはお喋りを止めない。


「その国では、朝には朝の、昼には昼の、夜には夜の言葉を話さないといけないらしい」

「言語が三種類あるってことですか?」

「サあ、行ったことがないから分からない。ただ、ハートとダイヤを昼とし、クローバーとスペードを夜とするなら、なんだかトランプの仕組みに似ている気がするのヨね。そもそもその国が敢えて組み込んだ言語なのか、何者かに与えられた言葉を話しているのかなんて私達には到底分かる筈がないのサ。砂漠には神秘的で不思議なことが多いからね」


 この世界の殆どは同じ言語を話す。

 私達は大きな人の頭部の形をした大地に生きている。もしかすると乙女は元々生きていて、私達は彼女が話す言語を話しているのではないか、と考えられている。まるでお伽噺のようではあるが、リゥランが同じ言語を話していた事にも納得が出来る。……もしかすると賢者と話をする為に身に着けたのかもしれないが。


「しかしあの国の人々もきっと我々と同じだロう。この世に存在する者は恵みを与えられたことに感謝し、そして互いに寄り添っているンだよ」

「……物知りなのですね」

「我々の元は人間だったと聞く。その時の知識なのかもしれないね」


 トランプの中で揺れるジョーカーの帽子と色見本を見比べて色レシピを思い浮かべていれば、突拍子もなく放たれたジョーカーの言葉にドキリとした。何気なく自分の出自を話すように言った事が本当なのであれば、それはまるで呪いのようではないか? ……いいや、考えるのはよそう。お客さんに対して行き過ぎた詮索をするべきではない。


 喉から出掛かった言葉を飲み込んで、鞄から極細いペンと耐水性のある絵の具、水の入った瓶を取り出す。

 瓶のコルクを抜けばキュポンと音が鳴った。


「物知りなジョーカー。貴方は本を読むのが好きですか?」

「ああ、本は好きだ。主人が読んでいるのを少し読ませて貰ったことがあるが、叶うなら好きな時に沢山の本を読んでみたいヨ。……あぁ、そんな夢を見た時もあった。しかし主人も忙しいからネ、何度も本が読みたいと頼むのは申し訳ないから、もう何十年前くらいに頼むのを止めてしまったよ」

「人の願いが貴方達を造るのであれば、私が本を描き、貴方が読みたいものを映し出せと願いながら描いたなら、それは実現するでしょうか」


 私の提案にカードの中で詰まらなさそうに足をブラブラとして(くう)を見ていたジョーカーは、楽しげに伸ばしていた足を畳んで胡坐を掻いて私を見た。


「それは面白いなァ! 試してみよう。本が白紙だったらつまらないからペンも描いておくれ。そう、そうダな、そのペンのインクは乾くことがないんだ」


 実現出来るか分からないが、ジョーカーの様子は正しく夢見る人の瞳の輝きであった。


「分かりました」

「いやぁ、しかしそんなことは誰にも頼んだことがないなァ」


 私は私が思い描くジョーカーを描き始める。

 

 笑顔に描かれているのに何処か不穏な雰囲気を持つトランプは二枚しか存在せず。


 ジョーカーとはいつだってゲームの中では大きな役割を持っている。


「ジョーカー、貴方は自分を男だと思いますか? それとも女?」

「貴女はどう思っているんだい?」

「私は男でも女でもないと思っています」


 僅かに開かれた窓から大きな風が入りこみ、カタンとカーテンフックの金具を鳴らした。


「へえ」

「人々に好かれる面があれば恐れられる顔をも持つ。それなら男でもあり、女でもなくてはいけない。……違うでしょうか」


 手元の作業から視線をジョーカーに戻せば、今度は仰向けに寝そべり足を組んでいた。


「そうサ。そういう存在なんだ」

「ジョーカーというのは、ですね」

「そう」


 己の名前よりも何処に存在するべきなのかを理解している方がよっぽど大切だと言ったのはジョーカーだったのに、そんな世界はつまらないとでもいいたげな反応のジョーカーを見て、そんな人間臭い顔して、なんて、元は人間だった説はあながち間違いではないのかもしれないと思った。


 私は小さく深呼吸をして、喉に引っ掛かっている言葉を取り出す。


「ジョーカーは銀色の蛹が敷き詰められた洞窟を知っていますか」


 手を動かしながら、この先の私にとって大切なことをまるで雑談でも話すかのようにジョーカーに問いかけてみる。


「さァ」


 私の緊張なんて知らずに、それは、コロリ、と道端に捨てられて転がったジュースの瓶のようにちっぽけな返答だった。しかし折角の機会なのだ。何かヒントを得られるかもしれないと思い、私はその話を続ける。


「そこには銀細工で作られたように美しい花と、それに実る青い果実がありましてね」

「ウん」


 まるで共通していない話題のすり替えにジョーカーは首を傾げることはなかった。答えを早急に導き出そうとするなんて、私は私が思っている以上に焦っているのだろう。……時間なんて腐るほどあるというのに。


「その果実を食べると、死んだ後、まるで蛹から蝶が羽化するように、生まれ直しを繰り返すようになるのです。もし、それが呪いなのならどうすれば解けると思いますか?」


 チラリとトランプの中を見れば、仰向けに天を見ていたジョーカーが片肘を突いてこちらを見ていた。


「貴女はその果実を食べてしまったのカい?」

「はい」

「……この辺では沢山の呪いが存在スる。呪いはネ、掛ける者が解く方法を思い描くンだよ。……でも、そうだね、大半は鏡を見る。在りたい姿でいられるように、元の姿に戻れるように己の姿を確かめるんだ。呪いを掛けられた者の自分に対する認識の大きさが大きいほど、解呪は簡単ナことになる。そして、解かれた呪イは呪術者の元ニ帰って行く」


 鏡なら何度だって見た。

 ジョーカーが言うことから考えると、私は自分の認識がない、ということなのだろうか。……何者でもなくなってしまうと怯えていたのに、とっくに己を見失っていたのだろうか。


「この店の砂漠の花は黄色い薔薇のように見えなかったかイ? 他の画家はそう言っていたよ」


 お店の看板を思い浮かべ、コクリと頷いて肯定する。


「あれは薔薇であって薔薇じゃない。砂漠に出来る鉱石さ。それが薔薇に見えるってダケ。でも、もしだよ。何か理由があって砂漠に咲いた薔薇が何者かに石にされてしまっていたのだとしたら、貴女達はそれを呪いと呼ぶのではないかい?」


 どんな罰を受ければ石にされてしまうというのか。

 砂漠の花が本当にそうして出来たのなら、私は呪いの様だと考えるだろう。


「……そうですね。それは、呪いのようです」

「まあ、そう思っちゃうヨね。しかしアレはオアシスがあった場所に咲く花でね、ちゃんと生まれる理屈があるんダけど、まあそれは、今はいいヤ。……で、ここいらではネ、その砂漠の花を砕いて飲めば弱い呪いなら解ける、と言われているのだけド」


 それはちゃんと消化されるのだろうか。


 呪いを解く為なら消化する、しないは然程大切ではないのだろうけど。


「どうも貴女のは一筋縄ではいかなそうダね」


 ジョーカーは僅かに私を気遣うように腕を組んで首を傾げる。物が魂を得てお喋りをする不思議なこの村でも私が求めている答えは見つけられないようだ。

 答えを得られないと分かり、私は話題を少しだけ反らす。


「己が何者なのか分からなくなることが堪らなく恐ろしいのです」


 弱音を吐くような、そんな言葉を聞かされて困らせてしまうだろうか。しかしどうも近頃の私はお喋りが過ぎるらしい。


「……皆、自分が何者なんて分かっていやしないヨ。だから呪いは存在するし、成功するンだよ」


 部屋にはペン先がカードを擦る音だけが聞こえる。


「本当はサ、私は自分のことを男だと思っているんダ」


 ジョーカーに目を向ければ完全に体を起こし此方を向いて胡坐を掻いていた。


「そうであったような気がするのサ」

「……鏡を見たのですか」


 ジョーカーはゆっくりと横に首を振る。

 伏せた目はどこか寂しそうだった。

 私はその目を知っている。……どうしようもない事をどうかしたいと思っているのに、諦めざるを得なくなり、それを忍んでいる者の目だ。


「この家に生まれる男は何処か懐かしさを思い出せそうな顔をしていてネ。……みぃーんな似たような顔をしているのサ」

「もしかして、貴方はここの家の者だったのではないか、と考えているのですか」

「ウん。まあ、自分の姿だと思って見ているのではないのよ。ただ、(せがれ)がいれば主人のような顔をしているのかなって思ってネ。……私は、私を置いて死んでしまう主人達が尊くて、悲しくて仕方がない。悲しくて、悲しくて、カードが破れてしまうんではないかと思う程に胸は痛んだ。そして私は考えた。これは、親心、ってものなのかナ、と。……まあ私も随分と昔から存在しているみたいだから、例え人の身を持っていた時があっても、主人が私の子供である筈はないのだけどネ」


 ジョーカーは誰よりも自分の存在を認識していることだろう。三六五の内で出番が少ない一枚であっても、その役割がどれ程大きいのかを。

 それだって呪いのようだと思わないか?

 役割を放棄すれば自分以外の者にも弊害が及ぶと考えて、その場に身を置き続けなければいけないのだ。私達は小さくも誰かの犠牲の上で成り立っている。


「でも、それデも、離れがたいのヨ。どんなに長く存在していても彼らの死が一番心にクる。幸い今迄の主人は家訓を守りこのお喋りなトランプのカードを守ってくれているから、私の死はまだまだ先の様だけど」

「己に疑問を抱く人生とは、世界から浮いている分、気楽であり、苦しくもありますね」

「あぁ、そうだネ」


 親心と言われてしまえば、ジョーカーの置かれた環境に酷く同情した。

 私は自分の子孫に育てられて、看取られることをずっと繰り返すことが恐ろしくなって家族の傍を離れた。もし、砂漠の花の主人たちが本当にジョーカーの子孫であるのなら、その葛藤はどれ程のものなのか理解出来る気がした。


「私は三度生まれ、一度は娘に育てられました。なんだか、貴方の話を聞いて感慨深くなってしまいましたよ」

「三度生まれる、かァ。そうか、そうか。……それは、情けなくなっただろうね」


 口の中で飴玉を転がす様な同情の言葉であったが、その飴は容易く噛み砕くことさえ出来ないほど硬かった。


 緩みそうになる涙腺を閉じるようにグッと眉間に力を入れると、ペンを握った手にも力が入る。


 悲観的な言葉に否定的な優しさは時に残酷である。

 ジョーカーの素直な肯定は、今の私の心を正しく掬って(・・・)くれたことだろう。


 「えぇ。愛おしくて、情けない人生ですよ。……全く」


 堪えるように出た言葉に反応するように机の上の鈴が小さくチリンと鳴った。

 そうね、風の妖精(あなた)だけは私の全ての人生を知っているんだものね。


 お喋りをしながらでも作業は進んだ。

 ふことことが起こって耳が赤くなってしまわないように髪で隠し、天地がどちらか分からないようする為に帽子と足を見立てた二又の帽子を被り、ひょうきんにも爪先が尖った靴を履いたジョーカーの線画が完成する。そして、その傍らには本を数冊。


 ペンから手を離してパレットの上に絵具を出して少量の水で溶かす。この絵具は耐水に優れている。


 細い筆で小鳥の涙ほどもない範囲に薄い色を乗せていき、仕上げは黒に近い紫で洋服の大半を塗っていく。


「五線譜の終止線を書くのは貴女だ。音楽は勝手に終わってはくれないヨ。二つの点を取り払ってリピートを止めるのは、きっと貴女にしか出来ない」

「えぇ。それに、鳴りやまぬ星の音に眠りを妨げられる不眠症者の姿は惨たるものですからね。諦めたりはしませんよ」


 呪いであろうが、なかろうが、私が行動を起こさねばいけないこと。

 そんなことは分かっている。


「誰かの為にではなくて、誰よりも、自分の為に在りなサい」


 溢したくはなかった吐息の様な溜息を落とし、それを誤魔化す様に筆を染めていた色を瓶の中の水に溶かす。


 そう在れたら、少しは心が軽くなったのだろうか。

 自分の為にしようとすると、膨らんだ期待に潰されて、土にめりこんで、地上に出て来ることもままなら、無くなってしまいそうなのだ。


「完成しました」


 まるで話題を反らしているようなタイミングで絵は完成した。幸い、トランプの中のジョーカーは大して私の態度を気にした素振りを見せなかった。


 トランプのカードの範囲など、ましてや背景を描かないなんて、手が暇な時に描く絵と同じくらいだ。……とはいえ、喋っていた分動きは遅かったのかもしれない。窓から見える太陽は既に落ち込み始めていた。


「どうでしょう」

「うん。良い出来ダね」


 新しく描いた絵を見せるとジョーカーはウンウンと頷き「では移ろうかね」と言うと、ジョーカーは黒い煙を上げて元々いたカードから姿を見せて、私に挨拶をするように右手を左胸に置いて会釈した。

 天井まで膨れ上がるジョーカーはまるで誰かの影のようで少し恐ろしかった。


 私が畏怖したのを感じ取ったのかジョーカーは愉快そうにニンマリと目で弧を描き、新しく描いたカードに吸い込まれるようにして入っていった。


 ジョーカーが収まったカードを覗き込めば、ジョーカーは既に私が描いた本を手に持っており、その反応は聊か楽しげだった。


「さぁて、本は読めるのかな」

「あ、待ってください。どの本が読みたいとかないのですか?」

「ウーん。それならその机の上に置いている星の本が読みたいナ」


 私は机の上に置いている本を取り出し、見つめ、そしてジョーカーにも見せた。


「そこに置いているのは星が描かれた美しい本ですね」 


 確かめるように、祈るようにして本の内容を口に出せば、ジョーカーは手に取った本を僅かに緊張した面持ちで見つめ、そしてゆっくりと開いた。


「四五ページ」

「四五、四五」


 ページ数を徐に呟いたジョーカーの言葉に従い私も手に持った本の四五ページを開き、そして”彼”に良く見えるように開いて見せた。

 無邪気に瞳をキラキラと輝かせるジョーカーの反応を見て、私は成功を確信した。

 彼の手の元にある本は美しい星の姿を映し出しているだろう。


「うん。うん、あっているね。六八」

「……六八」

「うんウん」

「三一」

「三一」

「凄い。あってイルよ」


 ジョーカーも成功を確信した様子でパラパラと本を捲り、じっくりと眺めた。


「……本当ニ、素晴らしいよ。ありがとう」


 トランプのジョーカーらしくない、穏やかな顔を一瞬浮かべて微笑むカードの中の人を見て、もしも人だった頃があるのなら、彼はきっと今のような顔で笑っていたのだろうと思った。


「また貴女が生まれ直しをしたなら次の依頼も君に頼ムよ」

「呪いが解けるように西の星に願ってくださいよ」


 ゲンナリとした顔をわざと浮かべ首を横に振って見せれば、トランプの中の者はジョーカーの姿に見合うように足をバタつかせ、声を上げて愉快そうに笑っていた。



次回は第八章です!

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