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【完結】絵の中の人々  作者: 遥々岬
第七章 砂漠の村のジョーカー
32/63

第二話

2023.4/11 文章の見直しと、漢数字に直しました。



 店の奥から(つや)やかで美しい長い黒髪を三つ編みにして、ホールケーキのような形をした刺繍がとても美しい帽子を被った女性が笑顔で出て来た。彼女は私を見るなり一瞬驚いたように目を丸めていたが地元の人がチラホラいる店内に気を使ってくれたのか、外が良く見える窓側の一人席に案内してくれた。

 彼女の反応を見るに、あまり観光客は来ないのかもしれない。


「お水は飲みますか? うちの水は美味しいですよ」


 メニューを開いて中身を見れば、水の横に値段が書いていた。なるほど、水を頼むにもお金が掛かるのか。


「ではそれを頼みます。それと、豆スープが美味しいと聞いたのですが」

「ああ。踊るヒヨコ豆の太陽のスープね。私もお勧めですよ」

「ではそれも。それと、パンをください」

「かしこまりました。では、先にお水をお持ちしますね」


 女性はロングスカートと三つ編みを(ひるがえ)し店の奥に戻って行った。


 店内を見渡す。

 天井から銀の水差しが幾つもぶら下げられている。掃除が大変そうだなあ。


 あ、そうだ。目薬を買ったのだからさしてみよう。

 買ったままポケットに入れていた目薬を取り出して一滴二滴、両目に落とす。

 ……うん、あまり沁みなくて丁度いい。


「旅人かい?」

「はい。絵の依頼を受けてやって来ました」


 薬が流れないように上を向いていると唐突に誰かに話し掛けられて焦った。薬が目に染み渡ったのを確認して顔を元の位置に戻すも近くに誰も座っていなかった。

 結構近くに人がいるような声量だったと思ったんだけど。


「上だよ、上」


 上、とは? 見上げるもやはり誰もいない。

 ……まさか、暑くて幻聴でも聞こえているのだろか。


「如何なさいましたか?」

「あ、いえ。その、声が聞こえた気がして、その、上から」

「ああ。上の水差しが声掛けてるのかも。……ちゃんと説明しないと驚かせますよ」


 店員さんが上を向いて何かに、いや、水差しに声を掛けると、上から「すまんすまん」と返事が返って来た。


「驚いた」

「此処へ訪れる人はそう言うんです。まあ、あまりいませんけど。はい、お水です」

「ありがとうございます」


 貰った水を一口飲む。ほぼ常温か。暖かい地方ではその方が内臓が驚かなくて良いのかもしれない。

 それよりも、と水を飲むのを止めて再度上を見上げる。

 どの水差しが私に話し掛けているのだろうか。


「私は青い取っ手の水差しだよ」


 青、ということはアレか。と一つの水差しを見つめる。


「正解。ちゃんと目が合っているよ」

「はあ」


 正解と言っているが、……本当に水差しが話しているのだろうか。

 誰かに揶揄(からか)われているんじゃ、と辺りを見渡すが、私よりも先にこの店に来ていた客が愉快そうにこちらを見ながら談笑しているだけ。


「旅の人なんだってね」

「はい」


 私は再度吊るされた水差しを見上げる。


「不思議な村ですね。私はその、貴方達の様な存在と話すのは初めてで」

「そうだろうね。この村はそういう村だから」

「そういう村、なのですか」

「そういう村だ」


 確認の為に復唱をしたが、同じようにいつまでも繰り返されそうだから相槌(あいづち)を打つの止める。


「えっと、魔法の力なのですか?」


 私の言葉に遂に他の客が分かりやすく笑いだす。

 その声を(たしな)めるように水差しは話し続ける。


「魔法じゃあないけど、魔法かもしれないねえ。君達のような人の想いによって魂を得たのか、元々この世に存在していた魂が容れ物を見つけただけなのか。卵が先かヒヨコが先か分からないのと同じくらい、どうでも良いことさ」

「どうでも良いことなのでしょうか」

「君が魂や生命の始まりを知りたいと言うのなら、どうでも良いことじゃないかもしれないね」


 そう言われてしまえば……。

 なら私にとってもこの話は”どうでも良いこと”なのだろう。


「基本、水差しは水を淹れられるのを待つが、条件を満たしていれば美味しい水を湧かすことだって簡単だ。それは私が純正の銀であるから出来ることで、余計なものが混ざった物はやはり水を注がれるのを待つしかない」


 えっと、要するに今しがた私が話をしている水差しは自らの力で水を出すことが出来る、魔法の水差しといった所だろうか。結局魔法なんじゃないか。いや、銀で出来ているから可能なだけで魔法ではない……? ううん。


「上ばかり見ていると首を痛めますよ」


 上ばかり見ている私の顔を覗き込む店員さんに不意を突かれ恥ずかしくなりつつも顔の向きを元の場所に戻す。

 照れた様子を見せる私が可笑しかったのか彼女はクスクスと小さく笑いながら、ふっくらとしたパンと優しい香りのするスープをテーブルに置いた。


「ごゆっくりどうぞ」


 可愛らしくにっこりと笑って店員さんは地元の人たちが座る席の近くに戻った。


「そのメニューを頼むのは正解だ。この店の人気商品だよ」

「へえ」


 急に食べ物を入れて胃が驚いてしまわないようにスープを一口飲む。嗚呼、ほんのり甘酸っぱくて美味しい。さっきまで暑くて沢山の汗を掻いていたのだが、スープの温度が丁度良く感じた。

 次にふっくらとしたパンを頬張る。口の中に染み渡るような甘いパンだった。


「ん~~、美味しい。砂漠の花の主人から教えて貰ったんですけど、来て正解でした」

「ほお。君は砂漠の花の所に仕事で来ているのか」


 しまった。

 外部の人間を珍しい目で見る土地だ、あまり自分のことは話さない方が良かっただろうか。

 もう一口スープを(すす)りながら反省する。


「もしかしてジョーカーの依頼かい?」

「んっと、ぐふ。……ジョーカーを知っているのですか」


 ふいに図星を突かれ、お腹が空いていたから少し多めに頬張ったパンが水分が足りないと言いたげに喉に張り付いた。


「そりゃあね。ジョーカーは時が経てば新しい住処に移らないとならない。私達のように磨くだけで長持ちする物ではないからなあ。これまでも色々な画家がジョーカーの元にやって来たよ」

「この村の人は描かないのですか?」

「外にいる画家に頼んだ方が紙に合った道具でちゃんと描いてくれるからね。その方が紙に描かれた者は長く存在することが出来る」


 そういうものなのかな。

 ……物にも物の事情があるんだ。


 頭上から聞こえる声を聞きながらモクモクとパンとスープを食べ進める。


「絵は良いよなあ」

「……何がですか?」

「こうして画家に頼めばなりたい姿になれるんだものね。……まあ、あの家のジョーカーは姿なんてもう気にしていないだろうけど」

 

 魂は入れ物を必要とするだけで、その入れ物の姿形については注文が出来る。だから水差しは羨ましがっているのか。


「君はジョーカーを男だと思うかい? それとも女?」

「さあ……、ジョーカーは男でもあり、女でもあると思っていました」

「それはぁ良い考えだ」


 ハッハッハッハと大きな声で笑い声をあげる水差しを見上げるが、水差しは無機質にしか見えなかった。


「どちらかに決まっているのですか?」

「君の傍にいる彼に聞いた方が分かりやすく説明をしてくれるかもしれないな」


 風の妖精が?

 腰についている鈴を見ようと視線を下げれば、大して響きもしない鈴の音が不満そうにチリンと一度だけ鳴った。彼はあまり聞かれたくなさそうだ……。


「ああ、少し話し掛け過ぎたかな。物の話を聞いてくれてありがとう。……おいおい、あまり旅人を笑うんでないよ。こっちが勝手に話しかけていたんだからな」


 水差しが「旅人が珍しいんだ、気を悪くしないで」と謝れば他の客も愉快そうに笑って掌をこちらに向けた。悪気はないらしい。勿論、私とて悪意があるかないか分かっていたから、彼らにヒラリと手を挙げて答えた。

 

 それから水差しが私に話しかけることはなく、ご飯に集中した。

 

 ご飯を食べ終え「貴重な話をありがとうございました」と水差しを見上げれば「こちらも楽しかったよ」と声が聞こえる。

 シーシという甘いお茶も気になったが、部屋でジョーカーが待っているだろうし私は会計を済ませて店を出る。



 砂漠の花に戻る途中の道では人と”何か”の声が聞こえて来た。

 この村は村全体が生きているのだなあ。



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