第三話
2023.4/7 文章の見直しと、漢数字に直しました。
「さあ、どうぞ」
夕飯を終えて、食後のコーヒーを楽しんだ後、アスターが絵を見せてくれると言うので彼の部屋にやって来た。
主に人物画を描いていると話していたよね。どんなタッチで描かれているのだろうか。
彼は目を弧の字に細め、扉を開けて私が部屋に入るのを待った。
「いいえ。部屋の主から先にどうぞ」
長いこと一人で旅をしていると時として不必要な警戒心が表に出て来る。私にとって、扉を後ろ手に部屋の奥に案内されることは不安要素の一つだった。
「君とは友人となった訳だし、遠慮は不必要だったかな」
アスターは私の疑心や疑問を遮るように振舞うのが上手いようだ。彼は特に気分を害した様子もなく先に部屋に入り私が入るのを待った。
彼の後に続く様に部屋に入れば自身の失礼な態度に少しだけ気まずさを感じた。
「気分を害されたなら申し訳ない。しかし、色々な場所で仕事をしていると用心深くなってしまって」
「謝る必要はない。君の判断は正しいよ。その本能は君自身をこの先も守ることだろうね。……そんなことより! 僕の絵を見てよ。次の駅まであまり時間がないのだし」
申し訳なさげな私を見て、彼はパン! と手を叩いて話を切り替え、床に立てている絵を何個か持って来た。
私はその中の一つを手に持って眺める。
晴れの日の植物園で見るような、暖かな色が人物の肌や髪色に浮くこともなく馴染んでいた。
「お知り合いの子ですか?」
「うん。まあ、そんな感じ。旅の途中で描かせて貰った子もいるよ。そうだ、これ、これとこれとこれもお気に入りなんだ」
「い、一枚ずつ見たいのだけど」
F6くらいのサイズのキャンバスを何枚も持って来てズイズイと私に押し付けるように見せてくれるアスターから一歩下がる。
「ああ、ごめん」
沢山話をしたい、と溢れ出ている彼の様子に苦笑いを浮かぶ。
長旅をしていると人と話をしたくて仕方なくなる時がある気持ちは良く分かる。目的地に着くまで車内販売のスタッフの方と話すだけで終わってしまうこともあるのだ。
働いている人を長話に付き合わせるのは悪いから世間話を振ったことはあまりないが、彼はやっていそうだな。
「少女の絵が多いのだね」
手に取った絵を光に照らすように角度を変えて見ていれば、彼は丁寧に描いた絵を見やすいように並べてくれた。
描かれた絵は、葉の色が生き生きとしていて”生命”を感じる。
「ああ、少女とは花のように愛らしいからね。心惹かれるんだ」
「本当、良く描けている」
彼の絵は、まるで吐息すら聞こえてきそうな程に精密な絵だった。
目元に影を作る長い睫毛を揺らすように瞬きをして、風に靡く髪を擽ったそうに耳に掛け、こちらに視線を合わせて微笑んでくれそうな、そんなまるで生きた絵だった。
「この手で食べているのだから、良く描けているはずさ」
「そうだよね。すまない」
「はは、怒っていないから謝らないで」
しかし、なんだろう。
この少女達には見覚えがある気ようなのだ。はて、と顎を擦りながら首を傾げる。
「有名な子達を描いているのかい? どこかで見た気がするんだが」
「うーん。描いた後に有名になったって感じかな。描いている時は普通の子達だったよ」
「へえ」
女優の卵だったり、何処かのご令嬢だったりするのだろうか。
なんの変哲もない姿なのについ最近見た気がするのだが、それは気のせいだろうか。それとも描いた後に有名になったということは、テレビなり本なりで見たことがあるのだろうか。はて……。
「花はいいよね。人の手を借りなくても遠くに種を飛ばして新天地で芽を出すことが出来るし、故郷に残って再び同じ土から芽を出すことも出来る。……少女達は花であるのだから、土に種を撒き、再び太陽を見上げるんだ。それを奪われた枯れた花など、私は可哀そうで仕方がないよ」
「枯れた……。ドライフラワー、とかかな」
「まあ、まあ。察しがいいね。そうだね。花で例えるならドライフラワーだ」
アスターは目を丸めた後、可笑しそうに笑った。その様子に私が出した答えは彼の中になかったのだと分かった。
彼の例え話は実に地に足が付かないそぶりを見せる。芸術家には変わった人が良くいるが、彼もその一人なんだと納得した。
それに、私ももうこの世にいない人の幸せな姿を想像して描いている画家だ。彼を否定する言葉なんて持ち合わせていない。
しかし、誰を描いて来たのかさっさと答えを教えてくれても良いのに。
……なんて、人のことは言えないか。早急に答えを求めることは良くないね。
きっと、中々答え合わせをしない私の話をこれまでの依頼主達もこんな焦れる様な気持ちになって聞いているのだろう。
「人とは、柔い肌を持ってこの世に生まれ、時を刻む年輪のように肌に皴が刻まれてゆく姿さえも美しいと私は思うよ」
お喋りな彼から返答が返って来ないから手元の絵から視線を上げれば、それはどうかな、と言いたげに曖昧な笑顔を浮かべてアスターは黙って私を見ていた。
彼はたまに私の言葉を肯定しない。
今の言葉も彼の共感は得られなかったようだ。
彼の考えていることを読み取るのは難しいな、と心を探るのを止め、並べられた彼の絵を順番に見て行く。
一枚目に描かれた少女は黄色のチェックのワンピースを着ていた。
背景は夏らしく、木々の緑が青々しく茂っている。
「その子は木登りが得意だったんだ。木になる果実を取って僕に向けて落としてくれたよ。その実がまだ熟してなくてさ、酸っぱかったよ」
「彼女は悪戯が成功したみたいだね」
「全くだ」
やれやれ、と首を振ってはいるが嬉しそうに話しをするアスターを横目に、その悪戯っ子の後ろにある絵を見る。
二枚目の少女は水色のスカーフをヘアバンドのように頭に巻いていた。
彼女の背景には海が描かれていた。幾つもの漁船が港に停まっていて、空にはカモメもが飛んでいる。
「その子は綺麗な貝殻を見つけるのが得意な子でね。ほら、耳に当てると波の音が聞こえる貝があるだろう? それを僕の耳に当てて音を聞かせてくれる優しい子だった」
可愛らしいエピソードの中に不思議と何か違和感が混じっていた。しかしそれに大した検討が浮かばず私は更に後ろにある絵を手に取る。
三枚目の少女は首元のレースが美しい白いワンピースを着ていた。背景にはカーテンレースが風に靡く窓が描かれていた。絵の中では、葉に乗る朝露が澄んだ朝を縁取る。
私はホーリィの部屋を思い出した。
「その子は少し病弱な子だった。でも手遊びが上手で、彼女の作り出す影は芸術そのものだったよ」
彼は嬉しそうに私が手に取る絵の紹介をし続ける。
四枚目の少女はクマの人形をギュッと抱きしめて笑っていた。
誰かの膝に座っているのか背後には少女を抱きかかえるように誰かが座っていた。その人物の首から上は描かれていない。
「その子はお誕生日の絵を描いて欲しいって依頼で家に招かれたんだよ。この絵の中ではその子は一番幼いかな」
五枚目の少女は丸い眼鏡が真面目そうで、眉上で揃えて切られている前髪が可愛らしい。
背景には沢山の本棚が描かれている。
「その子とは図書館で出会ったんだ。色々な本を読んでいる子でね、物知りで、話をしていて楽しかったよ」
六人目の少女は花束を柔らかく抱え照れくさそうに笑っていた。
背景には何処までも広がる草原に小さな野花が咲いていた。
「その子のいる村は遠かったなあ。秘密の場所を教えてくれて、そこで花の冠を作ってくれたんだ」
七人目の少女は飼い犬らしき犬の肩を抱いてこちらに向かってピースをしていた。
背景には落書きのされた壁が描かれていた。
「その子はこの中では一番お姉さんだったかな。少しヤンチャな子だったけど、優しい子だった」
全ての絵の解説をしてくれる男の顔を屈していた姿勢のまま見上げる。
私だって、これまで描いてきた人々を忘れられることも出来ずに抱えて生きて来た。失くした者を想い、悲しみに寄り添う人々の心情を忘れずにきた。
「みんな、愛らしいだろう?」
しかし、この男の描く少女達にはどうも引っ掛かる部分がある。それが何なのかが分からない。
『まもなく駅に到着いたします。下車されるお客様は準備の方お願い致します』
次の駅に着くアナウンスが流れ、また考えていた思考が遮られる。
私はこの駅で降りなくてはいけない。
風の妖精はもう着いているだろうか?
「ああ、もう君とはお別れみたいだね。色々と話が出来て楽しかったよ」
社交辞令ではなく、本当に残念そうな顔をする男を見て苦笑いを浮かべる。
部屋を出る前にもう一度だけ少女が描かれた絵を見る。絵の端にはアスターとサインが入っていた。彼も私と同じく旅路に人生を置く者。また何処かで会えるかもしれない。
「私も楽しかった。アスター、また会えると良いね」
絵から彼に視線を戻すと、一瞬だけ彼の目が冷たくなった気がしたが瞬きをした一瞬で穏やかな顔を取り戻していた。
見間違いか? と目を擦りもう一度彼を見れば、穏やかな顔をした彼がやはり目の前にいた。
「さあ、荷物を取りに行かないと」
肩に手を置いて少し押す様にする彼に急かされるようにして部屋を出ればアスターは「窓から見送りはさせて貰うよ」と言った。部屋の入り口で片手を上げてにっこりと笑っている彼に、手に持っていた絵を渡す。
ああ、彼の感情を隠す様なこの顔、見覚えがあると思っていたのだ。
そう。まるで絵本の中に登場する酷い悪戯をする狐の様だ。
汽車は間もなくして駅に着いた。
彼の部屋を後にした後自分の部屋に荷物を取りに戻り、パンパンに膨れた鞄とリュックが人に当たらないように気を付けながら汽車を降りる。
辺りを見渡して見たが風の妖精の姿は見当たらない。
まだ着いていないのかな、そう思って汽車に目を向ければアスターが先ほど言った通り窓を開けて私に手を振っていた。発車までまだ時間があるだろうし私は彼が顔を出している窓に近づく。
「僕はね、ドライフラワーが大嫌いなんだ」
突拍子もない話を始めるアスターにその話は発車までに終わるのか、と思いつつも黙って話を聞く。
「君が純真無垢な野の花であったのなら、…………いいや、人に育てられた花だったとしても、そうだね、枯れることも許されない花でもこの際は良かったかもしれない。花は花だ。花に罪はない」
彼の話はまるで眠る直前に聞かされている御伽話のようにふわふわとしていた。
そりゃあ私はもう少女という年齢ではないし、彼が描きたいと思える子供だったかも分からない。もしかするとこの別れの時になって、非常に失礼なことを言われているのだろうか。
「まさか、花の葉を食い散らかす幼虫だったとは、ねぇ。それとも果実を啄む小鳥気取りだろうか」
突然出て来た幼虫という言葉と、呆れたような、しかし確信を得ているような言い方に思考が巡る。
彼は何の話をしている。
「……何の話をしているの」
「卵を産む必要がなくなった蝶は何の為に蜜を吸うのだろうね。……蚕は口を奪われてしまったと言うのに」
「待って、貴方は何を知っているの」
汽車の扉が閉まり発車の準備を始める。駄目だ、まだ聞かねばならないことがある。
「君は自身に起こった悲劇に嘆かず、もっと考えを巡らせるべきだ」
「悲劇だなんて……、さっきから貴方は何を言っているんだ」
『今月に入り行方不明者が七人になりました。そのどの行方不明者も年の近い少女であることから警察は事件の可能性を考えています』
ああ、うるさい。彼との会話を邪魔しないでくれ。
今日一日で何度も耳にしたニュースが私達の会話に割って入るが、アスターは気にせず話を続ける。
「世の中の出来事には種も仕掛けもちゃんと存在するんだよ。生き物とは生まれた場所を良くも悪くも懐かしむものさ。……人は遠くへ行きたがるが、渡り鳥ですら元の場所に帰って来る。虫だってわざわざ肌の合わない環境に出て行くことはない。勿論、蝶もだ。翅を折って体を包むことがないと決めるには浅はかであり、サナギを破ることを一度だけど決めることもまた愚かだ」
何故、突然蝶の話なんて出すのだ。
何を言っている。彼は、何を言っているのだ。
それにサナギとは、彼は一体何の話をしている?
良くない者の前に跪くような不安を抑えるように、暴れ出す心臓をあやす様に胸の辺りを手で押さえる。服に隠されている珊瑚のペンダントが布越しに指に当たった。
「貴方が何を言っているのか、わからな……」
これ以上、動揺しない為に徐にテレビの画面を見て、血の気が一気に引いた。
「アスター、貴方は何者だ」
テレビに映し出された行方不明の一人目の少女は黄色のチェックのワンピースを着ていた。
二人目の少女は水色のスカーフをヘアバンドのように頭に巻いていて、三人目は、
『間もなく発車致します』
彼の部屋の中で見た絵が、テレビに映る少女達の姿と酷似していた。
――それはもう、見て描いたかのように。
汽車の発車を知らせるアナウンスが流れる。
「大人は良いよね。不条理であっても自分を納得させる術を僅かながらにでも持っている。しかしね、子供は違う。理解出来ないし納得いかない。それなのに時間は進むばかりで、分からないまま終わってしまう」
先程、見せて貰った少女達の他にも彼の部屋にはキャンバスが置いてあった。彼がかの事件に関与していると言うのなら、彼が描く人とはどんな人物達なのだろうか。考えろ。彼の巧みな言葉に惑わされるな。
始めからあやふやに組み立てられた言葉は真実を話していたのだ。
「……子供達は泣いていたんだ。子供の思考とは残酷だよ。自身の肌に合わない気候、土であっても、生まれ育った場所に帰りたがる。花であったなら、その種はなくなってしまうというのに」
つらつらと喋り続ける彼の言葉を何とか理解しようとしていれば、冷や汗が背中を伝った。私は酷く焦っていた。
「グレイノノルが咲かなくなったというのに、今日に至るまで、未だ親を失った子が向かう家の数は減らず、家族の元に帰ることを許されずに寂しく窓の外を眺めている老人も減らない。どうして一定数の人々とは、愛情を育むことが出来ないのだろうね」
まるでグレイノノルの時代を知っているような口ぶりだった。
この時、私は今まで感じていた違和感が間違いではなかったと理解した。
この人はグレイノノルの時代を知っている。
「腐った魚も、枯れた花も、花を散らす馬も、どうしても好きになれない。しかし好き嫌いは仕方なし。悲劇と決めつけたのは僕じゃない。……誰だって受け付けないものはあるよね」
「アスター、貴方は銀色のサナギが覆う洞窟に咲く花を知っているの?」
「さあ、何処かで見たことがあっただろうか」
すっ呆けたような顔をするアスターに一歩近づいた時、彼の瞳の奥に彩る色が存在しないことに気が付いた。
黒い瞳を持つ者といえ、生き物の瞳に真っ黒なものなんてない。僅かにも色が存在するのだ。黒は何色を足しても黒にしかなれない。
間近で彼の瞳を覗き見て、目の前の彼が人ではない何かに見えた。その奇妙さに怯えを抱き、近づけた一歩をそのままに体が固まる。
「子供に何かをしたって言うなら、許さない」
「気休めに死者の絵を描いている君に、とやかく言われたくないね」
彼は私の言葉を否定しなかった。それは私が考えていることが真実であると証明していた。彼は始めから真実しか話していないのだから。
行方不明になった少女達を何処かにやったのはこの男に違いない。得体の知れない者を目の前にして滲む恐怖と、湧き上がる怒りを抑えてアスターを睨む。
まるで彼は私という存在を知っているような口ぶりだった。
もしかすると知っていて近づいて来たのかもしれない。
それならば、どうしてこの人は私を知っているのだろうか。疑問を抱く私の思考を今も尚読み続けるようにアスターは続ける。
「君の評判は何処にいても聞いたよ。そうだね、小魚が話していたか、花が話していたか……。しかし僕から言えることは、たまには依頼主に呼ばせる名前を変えたらどうかなってことだ。あ、はは、そうだよ。君が思っていることはきっと正しい。私は、君が繰り返す者と知っていて声を掛けた。……素性を隠す為のアドバイスをするなら、そうだなあ。人目につく場所で手紙は書かない方がいいよ。僕らの耳は至る所で機能しているのだから」
私が書いていた手紙を見て名前を知ったと言うの? それにこの男は、私の正体を知っていて近づいて来たと言うがそれは何の目的があってなのか。そしてどうして別れる今になって彼自身の正体を教えたのか、幾つものことを問いただしたいのに汽車は私を置いて行こうとする。
腕に通していた荷物をドサリと落として、それを気にもせずに動き出した汽車について行く。
「アスター、貴方は、何を知っているの。……この体に、何が起こっているのか知っているの!?」
なら、どうして教えてくれないのか。
この男は分かっていて教えてくれないのだろうか。
その行動に何の意味があると言うの……。
「君を見ていると、蝶の方が賢いことが分かったよ」
「……な、に」
ホームに立つ人々にぶつかりながら必死に彼が顔を出している窓を追いかけていれば、強い風に阻まれるように体が浮いた。
「――シズリ!」
その大きな風に驚いて必死に動かしていた足が走るのを止め、私は既に彼が見えなくなった汽車を見つめる。
どうして。
どうしてあの汽車を追いかけさせてくれないの。
周りの人間からすれば人々を押しのけて汽車を追いかける私は非常識だったのだろう、遠巻きで此方を伺うようなヒソヒソ声が聞こえた。
「駄目だ。あの方は貴女をどうにかしてくれるような存在じゃない。追いかけてはいけないよ」
私の体を引いたのが風の妖精の風だったと気が付いたのは、珍しく慌てたような顔をしている小さな彼が目の前に現れた時だった。
呆然とする気持ちをどうすることも出来ないまま、ゆっくりと彼に視線を戻せば、風の妖精はパっと姿を隠した。
彼が消えた場所には小さな葉がヒラリと舞い降りる。周りに人がいるからそれを考慮したのだろう。
不意を突く様に本当の名前を呼ばれて、取り乱しそうになる気持ちが落ち着きを取り戻そうとした。
「あの方って、あなた……、彼が汽車に乗っているのを知っていたから乗らなかったの?」
返事は返って来ないが、姿が見えないだけで彼は私の近くにいるのだろう。
人の目を気にして姿を消した風の妖精に対して、私は人目も気にせず独り言を話すように彼に問い続ける。
「ねえ。あの人の正体を、知ってるの……?」
中々整わない息をそのままに、去って行った汽車をホームから呆然と見つめる。
風の妖精と旅を共にするようになって、彼とお菓子を食べたり、道すがら話をしていた時のことをふいに思い出す。貴方は一体何を知っていて、何を私に隠しているのだろうか。
嗚呼、そうだ、あの絵の子達。彼が何かしら関与していることは確かだろう。まさか、彼があの子達を……。
笑顔で描かれた少女達の残酷な姿を思い浮かべて首を思い切り横に振る。
私だって行かねばいけない場所がある。それを放って彼を追いかけることは出来ない。
……何より、彼が何処に向かうのかは分からない。
嗚呼、私がもっと早く気づいていれば、誰かにあの絵を見せていれば、そうすればあの男を逃がすことがなかったかもしれないのに。
――他に犠牲者が出ないで済んだのに。
「くそ……!」
自分の不甲斐なさに強く握りしめた拳で自身の太ももを叩く。
「どうして、どうして口を閉ざすの。……答えてよ! ねえ」
あの男の正体を知っていて汽車に乗ることを拒んだ風の妖精にも腹が立ち、私の気持ちなんて手に取る様に分かる癖に何も言ってくれない小さな彼に八つ当たりをする。
そんなことは意味がないと分かっているのに、この時の私は冷静になることが出来なかった。
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