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【完結】絵の中の人々  作者: 遥々岬
第四章 乙女の左頬と森の番人
23/63

第三話

2023.4/7 文章の見直しと、漢数字に直しました。



 木々の向こうに太陽が沈み、森にはしっとりと暗い夜がやって来た。

 フクロウの鳴き声が静かに響き渡り、目を覚ました小動物が葉や枝を小さく揺らす。


「あの、私に合わせて野宿なんてしなくて良いんですよ」


 張ったテントの前で焚火をして、その火を突きながら向かいに座っているリゥランをチラリと見やる。

 村に帰れば温かな寝床があるだろうし、私は野宿に慣れているから気にしなくていいのに。


「本来、明るい時間でさえ森は危険なのですよ」


 こういう時、東の国では"かたじけない"と言うのだったかな。

 村に返そうとする私を嗜めるリゥランの言葉を微妙に聞き流しながら、程よいサイズの小枝を拾って小型ナイフで削る。削りカスが焚火に飛び込むたびに炎の先端がユラユラと揺れた。

 削った小枝の先に大きなマシュマロをさして、その揺れる火に軽く晒せばほんのりと甘い香りが漂った。中はトロリ、外は少し固まるように焙ったマシュマロが刺さる小枝の持ち手をリゥランに差し出せば、彼は戸惑ったようにそれを受取った。


「これは?」

「砂糖のお菓子です。マシュマロと言います。美味しいですよ」


 自分の分の小枝にもマシュマロをさして焚火の先端で(あぶ)る。彼は手渡したマシュマロを持ったまま、焙り始めた私の分のマシュマロを数秒ボンヤリと見つめた後に恐る恐るマシュマロを(かじ)った。口を離す時に中身が柔らかいマシュマロが餅のように伸びたことに彼は驚き、目を大きくしていた。


「おいしい」

「……んふふ」


 味、というよりかは触感が不思議なのか、一口齧ったマシュマロをマジマジと見つめるリゥランの様子に思わず笑ってしまった。そうすれば彼は「何を笑っているのですか」とワザとらしく目を細めて、抗議の視線を私に向けた。そんな彼の視線はどこ吹く風だ、と自分のマシュマロが良い頃合いに焼けたかクルクルと枝を回して確認し、充分だろう、と柔らかな白に齧り付こうとしたが、私の歯が挟んだのは細くて固い物だった。


「あ」


 間の抜けた声を出したのはリゥランだった。

 (いぶか)しげに自分が噛んだ物を確認すれば、トロトロに溶けて美味しさが増しただろうマシュマロはそこにはなくて、マシュマロが刺さっている木の枝だけがあった。

 足元を確認したが溶けたマシュマロは落ちていなかった。では、一体どこに消えたのだろうか。


「筆」


 名前を呼ばれて、リゥランを見ると私の横を指さしており、その指の先を視線で辿る。


「うーんん、んまぁい」


 幸せそうな声は私がその姿を捉えるのと同時に聞こえた。

 その声の主は、自分の体よりも大きなマシュマロを抱きかかえて齧り付いていた。


「え、もう帰って来たんですか?」

「きみら……、ん」


 私からマシュマロを奪ったのは風の妖精であった。

 この妖精は手紙を届けに行くと言っていた筈なのだが。まさか、もう届け終えた、なんて言わないよね。だって此処は乙女の左頬と呼ばれる、線路の端を更に進んだ遠い場所だ。例えば、屋敷の息子さんの元に行ったとして、移動に何日も掛かることだろう。


「貴方たち、僕がいない時にこーんなに美味しい物を食べようとしていたのかい?」

「こんなにも早く帰って来るとは思わなかったもので」

「どこに行こうが直ぐに帰って来られるよ。僕は風が吹く限り何処にでも行けるのだから」


 ふん、と少しだけ機嫌を損ねた妖精は口を大きく開けてマシュマロに齧り付いた。素手で持っているが熱くないのだろうか、と心配をしたが、寒さを(しの)ぐ魔法を掛けてくれたのを思い出してきっと同じことをしているのだろう、と納得した。 

 妖精がいるのなら結局自分の分は最後に焙っていただろうし、と握ったままの枝にマシュマロをさす。


「風吹く限り何処にでも行ける、か」


 口の中は素肌のように魔法が効かないのか、はぐ、はぐ、と熱そうにマシュマロを食べる妖精を横目にパチパチと弾ける火とマシュマロを見つめていればボンヤリとしたような呟きが聞こえた。

 その声を辿る様にチラリと目だけを動かして向かいを見れば、リゥランが焚火をジッと見つめていた。暫く彼を見つめた後、私も結局手元を見つめることにした。


「貴方達が住む世界は、色とりどりで、甘くて、とても魅力的ですね」


 枝を持つ自身の手に着いた絵の具が目に入る。色とりどりで、甘い、か。


「この森でもあまい蜜が取れるんでしょう」

「えぇ、まあ」

「森や空の色だって、色とりどり、でしょう」


 二人の話に耳を傾ける。

 妖精と、馬型の青年と、猿型の私。あまりにも現実離れをした面々と焚火を囲んでいるものだった。


「……少しお話をしようかな」


 少し、と言っているが本当に少しで終わるだろうか?

 この風の妖精は特にお喋りな方だと思う。そんな私の心の声は聞こえていないのか、気づいていても相手にしないだけなのか風の妖精は話し始めた。


「僕らが猿型の人間の中で暮らすようになったのは随分と昔のこと」


 私から掻っ攫(かっさら)っていったマシュマロはもう半分になっていた。それを妖精は一口齧り、咀嚼(そしゃく)して飲み込んど後にゆったりした口調で語り出した。


「元々僕は空気が澄んだ森の奥でひっそりと暮らしていて、それまでは絶対に人の前に姿を(さら)すようなことはなかったんだ」


 ホォ、と森の何処かにいるフクロウの鳴き声がぽっかりあいた空に響いた。


「では、何をきっかけに共存しようと思ったのですか?」


 妖精はニッコリと笑って両手で持っているマシュマロを私達に見せるように腕を伸ばした。

 妖精が笑った顔を初めて見た……。


「これだよこれ」

「マシュマロ……ですか」

「正確には砂糖さ! 特にザラメの食感は最高だよね。あと、報酬の一つであるハチミツはザックリ言えば手に入れるのが面倒だから、それも貰って良いのなら頂戴って感じで言ったら了承を得たのだったかな。ザラメにはちみつを掛けて食べると幸せになれるんだ~」


 妖精は自信満々に言い切ってマシュマロを引き寄せ、ギュッと抱きしめた。

 ザラメに蜂蜜が掛かったものを想像して無意識に眉間に皴が寄る。舌がヒリヒリする程、甘そうだ。


「と、まあ砂糖に魅了されたのは仕事が見つかった後の話なんだけどね。……遠い昔ではね、精霊と人はそんなに遠い存在じゃなかったからね、当時は仕事を探しやすかったのさ。それで、僕らの特性を活かせたのが郵便配達だった、ってわけ。まあ、コネと言うべきかな。上手いこといったんだよ」


 砂糖に魅了されて、か……。うーん、そういう動機もあるのか。

 コネとは妖精の? それとも人との間にあったのか。

 妖精は喋りたがるくせに真意を避ける様な話し方をする。


「リップサービスをしなくても、妖精とはこういうもの、って始めの内から認識されてしまえば、特別に(へつら)ったり、愛想を振り撒いたりする必要はないから、僕らとしても思っていたより簡単に人の中に馴染むことが出来たよ。この出来事は一つの町から始まったことだったけど、仕事の為にあちこちを飛び回る風の妖精から他の風の妖精にその話が広がっていって、今では何処の郵便屋にいっても風の妖精がいる環境になったの。……まあ、物好きな風の妖精が働いているだけで、全ての風の妖精が働いている訳ではないよ。勿論、人嫌いの風の妖精だっているのだからね」

「と、言うことは、貴方は物好きな風の妖精、ってことですね」

「違うよ」


 何が違うというのか。首を傾げれば風の妖精は小生意気を装うように笑って見せる。


「僕は、一人の奇異な人間の長き人生に嫌気をさすこともなく配達の担当を続けてあげている”超”物好きさ」


 そいえば、この妖精は私の事情を良く知っているのだった。ずっと、昔のことさえも。妖精に寿命はないのだろうか。

 マシュマロが良い焼き具合になったのを確認して今度こそ甘くて柔らかなその白を齧る。

 あっついけど、うーん、美味しい。ここ数日は長い時間歩いて、今日一日は絵を描く為に立ちっぱなしになっていたが、この甘味はその疲れを飛ばしてくれる。


「私も何か良い案があればそのように猿型の暮らしに入っていけるのだろうか」


 トロトロの中身が思っているより熱くてフゥフゥと息を掛けて冷ましていれば、降り始めの雨の一滴のように、聞こえなければそれで良いと言いたげな呟きが零れた。


「無理でしょう」

「ちょっと」


 どうだろう、と私が返そうとする前に風の妖精が切れ味満載の、無理でしょう、で彼の言葉を斬った。

 反射するように否定されたリゥランは分かりやすくガクリと項垂れた。


「だって、そうでしょ? 人の中に入る為にはプライドを”けちょんけちょん”にしてお願いをしないといけないよ。特に貴方のような人が、自分は人間だ、と言った所で猿型は認めてくれやしないだろうし、精々見つけられる仕事といったら喋る騎馬だろう」


 項垂れているリゥランは「喋る、騎乗」と呟く。


「そう。(くら)を付けられて、酷い時は鞭で打たれてしまうかもしれないよ。それに猿型と同じテーブルでご飯を食べられるようになるのは随分と先の未来になるだろうし、そんな未来はないかもしれない。だって、貴方は猿型からすれば、神獣、(すなわ)ち、獣でしかないのだから」

 

 今まで静かだった木々が風に吹かれてザァァと音を立てる。

 ”そんなことはない”と項垂れる青年に言ってあげられない自分が不甲斐なかった。風の精霊が言っていることは、大袈裟でなければ意地悪でもない。

 私は悲しくも、妖精のいうことが簡単に想像出来た。


「この猿型ですら自身の存在は否定される、と怯えているんだ」


 リゥランが顔を上げて私を見つめる。焚火の赤が彼の瞳を反射していた。


「見た目や寿命なんて気にしない! 要するに大事なのは人柄だよ、なんて、それを言うのは簡単なことだけど、同族ですらうまくやれないのだから他の種族なら尚更難しいよ。貴方は大人しく森にいた方が自身の為だ」

「でも、貴方は上手にやって来ているではないか」


 実行するかは別として、リゥランは少しだけ意固地になったように妖精に反論する。その態度に風の妖精は分かりやすくやれやれと呆れた態度を見せた。


「それは時代と交渉をした妖精と人の相性が良かっただけだよ。今の時代に同じことをしてうまく行くかというと、それは分からないな。……それにうまくやっているって言うけどさ、仕事中に”事故死”している仲間だっているんだよ。まあ、どうして死んでしまったのかは分からずじまいってことにしているのだけどさ」

「ってことにしているって……」

「だって、何があったのかを解明して、そしてどうするの?」

「抗議をしたら良いじゃないか」


 妖精は大きく首を振る。


「言っただろう? 人の傍にいる妖精は物好きだって。僕らだってそりゃあ馬鹿じゃないからね、本当に分からない訳じゃないよ。それに元より妖精は生粋(きっすい)の人嫌いだ。長い間人と妖精は争っていたのだから、それは想定範囲内だったの」

「それでも仲間の話なのに」

「薄情って言いたいのかな。馬型の貴方だって、この世界の殆どの者が良い奴だなんて思っちゃいないだろう? それにだ。いいかい。別の生き物が住まう土地に身を置くということは覚悟がいることなんだ。線引きするように区切られた己の世界から別の世界を跨ごうだなんてね、簡単なことじゃない。郵便屋に属する僕らは仕事を貰いたいだけであって、争いの火種になる為に人の中にいる訳じゃない」


 リゥランは妖精の言うことが納得できないのか「いや」とか「しかし」と言っていたが、その先の言葉が見つからない様子だった。

 マシュマロを食べ終え、ただの削られた木の枝になったリゥランの枝にマシュマロを突きさしてやれば、彼は驚いたように私を見た。


「争いって、どちらも正義を持って起こすんですって」


 ポツリと呟けば二人の視線を感じた。

 

 土地を広げようとする者はより良い生活をする為に。

 一方は侵略者から土地と身を守る為に抵抗をする。


「与えられた場所からはみ出ることなくいれば争いは生まれないのに」


 自分の枝に二つマシュマロをさして焚火に晒し、それを見つめた。


「リゥランさん、本当は容姿を揶揄(からか)う仲間なんていないでしょう?」

「どうして、そう思うのですか」

「貴方達がこの森の中だけで生活を完結させているのを見ると、そういうのって争いの火種になりますし、出来るのであれば徹底としてそういう言動は排除したいんじゃないかなって」


 私は今、的外れなことを言っているかもしれない。

 しかし、掟が強ければ強いほどその内輪で争いごとは起きないと思うのだ。


 パチパチと弾ける火を見つめれば、重たげな溜息が聞こえた。これはきっとリゥランのものだろう。


「……野の獣だって容姿の違いはあります。植物だって、なんだって。それなら、違いとは指摘する程のことでもない、と私達は考えています。……いえ。考えている、という認識すらないのかもしれません。まあ、幼少期はそうした揶揄いなどはありますが、大人はそれを絶対に許しません。寧ろ、その言動が続くのであれば私達は悪いことを口に出す者を問題視します。些細なことを突いて相手の心を傷つけるのです。それは肉体的暴力となんら変わらない。そうした者は、遅かれ早かれ集落の規律を乱すでしょう」


 この広い森の中でも、共存し合えば世界は然程広くはないだろう。

 彼らは、些細なことで争いを生まないように子供の教育を徹底としている、という訳か。なるほど、と視線を上げれば妖精も彼の話には同意見なのかうんうん、と頷いていた。


「住む場所だって貴女の言う通りで、欲を掻いて自分達の生活圏からはみ出て他の者を脅かしてまで広げるものだとは思いません。私達は私達が生きていけるだけの物を充分に得ています」

 

 私はその暮らしこそが理想だと思う。

 心が綺麗であれば争いが起きない、なんて、そんなことはない。寧ろ心が綺麗な者ほど己の身の回りを大切に想い、そして行動に移す。

 生活の新たな土地を求め、資源を手に入れ、その土地の気候に合った作物を得て、生活は更に潤うことだろう。そして行動を起こした者は英雄扱いされる。

 では、そこに元々棲んでいる者がいたらどうだろうか。

 愛した土地を奪われ、生活の源になっていた資源を奪われ、生きる為の作物を奪われる。そうした者たちは次に何を思うだろうか。


 ――いつか、奪い返してやる。


 そう思うのではないだろうか。

 行動を起こした者だけではなく、その者が属する人々さえ憎たらしく思うのではないだろうか。

 結局、私達にとって変化をしない、変化を求めないことが一番難しいことなのかもしれない。


「そう。そうした教えを守ってきた貴方たちならさっきの僕の話が分かると思うんだよね。森を出て人の中で生きると決めた僕らの覚悟は、その”事故”を想定していたし、妖精である僕らが報復をすれば、全ての妖精の印象を悪くことになるかもしれないだろう? 人にとって妖精とは一括りだろうし、勘違いで森を焼かれでもしたらそれこそ大変なことになる。それに、肺呼吸の動物なんて簡単に窒息させることが出来るし、肺を破いてやることも出来る。報復はいつでも出来る。か弱さを演出することはないんだ。……でも、僕らは仕返しをしないと決めた」

「私は、納得できないかもしれない」

「納得が出来るか出来ないかじゃないんだよ。僕らは報復をしない、という選択をしたんだ」

「あ」


 会話に夢中になって、存在を忘れられたリゥランのマシュマロがべちゃりと地面に落ちた。


「あー、勿体ない」

「ご、ごめんなさい」

「いいえ、いいえ」


 申し訳なさそうにするリゥランの枝に新しいマシュマロをさしてやる。

 私が持っているマシュマロもそろそろ食べごろを迎えた為、一つは妖精にあげた。


「それにね、森を荒らす者に”ちょっかい”を出す妖精もいるし、まあそういう悪いことをするのって何処にでもいるよね、って認識かな。……僕が言えることじゃないけど、妖精の呪いは質が悪いんだよ」


 チラリ、と風の妖精が私を横目で見る。


「充分に理解しています……」

「別に、貴女のそれが呪いなのかははっきりしていないけど」


 クルリと枝を回せば片方の表面は黒く焦げていた。


「しかしまあ、争いを起こす者ってどうしてあんなに主語が大きくなるのだろうね」


 妖精は焦げた部分を食べることもなく剥がして焚火の中に放り投げた。

 焚火は僅かに興奮したようにシュボと音を立てた。


 別の種族である三人が集まっても、互いの価値観の全てを理解することが出来ない。しかし、それは種族が違う私達だから、ではないと思うのだ。例えば猿型の人だけと焚火を囲んで同じように語り合っても、価値観の全ては合わないだろう。

 そもそも価値観の全てを合わせる必要はなくて、何処まで妥協をするか、が鍵なのかもしれない。勿論、お互いに、同じ大きさの妥協を、だ。

 

 良き出会いをすればリゥランだって騎馬にはならないかもしれない。

 私は一概に彼の憧れを否定することが出来なかった。しかし、人として扱われる彼の姿を思い浮かべることが中々出来ないのだから、無責任にこの森を出ても旅をすれば良い、なんてことは言えなかった。




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