38話 予期していた想定外の事件
ジェルドワーフの能力
元々液体状の身体から様々な容姿に変化出来る固有性質の力
自分の理想の姿が実現の近道となり 体積に関しては水分でどうにかなる
コンに変身する場合は 取り敢えず食って飲んでを繰り返し 体液を増やすことで可能
変身能力の一番の利点は成りきる相手の特徴や技術までもコピーしてしまう点である
そうなる為の条件は遺伝情報となる物をミクロ単位で摂取すること
(各自でコンの一本毛を刻んで摂取しました)
取り入れた総量によって継続時間があり 姿は維持できてもスペックが失われる
「他の技術を盗んで 個の進化に繋げる我等の踏襲能力!!
成り済ましの責任でゲルゥゥゥ!!!!」
「手を休めないでコニャックの旦那!! 少し遅れてるから!!」
コンがコンに叱られるカオスな空間で
ホールから聞こえてくるビャーゴの身の毛もよだつ歌声が響き渡る
ツバメはイベントの大取りであるハーフルの心配をしていた
「大変だ!!」
英傑の腕章を身につけた近衛騎士団の一人が厨房に駆けつける
「確か…… アタランテさんだっけ?」
「北方より大軍勢が押し寄せている
ゲンブラーはこの会場にいないのか?」
「っ!!!」
ツバメとコンは目を合わせ やはり来たかと言わんばかりのアイコンタクトを交わす
「この忙しいときに…… そんなに国盗りがしかったのかね~~」
「私が行くよコンちゃん」
「はぁ?!」
ツバメはエプロンと三角巾をその場に投げ捨てて厨房を出ようとする
それを止めようとツバメの手を握ったのは コンより先にコンの姿に化けていたコニャックだ
「行かせないでゲルよツバメ……」
「……あんたはやれることをしなさい!! 学祭を成功させるのが第一よ!!」
「学祭よりもツバメの方が大事だ!!!!」
いつもより言葉に力があるコニャックの発言は
ツバメ以外の人達をも圧倒させた
「語尾…… 抜けてるでゲルよ?」
「っ…… 頼むから…… 無謀な事はして欲しくないでゲルよ」
「……」
「兵の配備はどうなってるでゲル?」
「北の門前にて何十人か配置されてるだけです
北の領地もといピグミス王国跡地は 過疎化故に駐屯所などの設置はしておりません
門兵達も一度こちらまで後退させます 壁を越えられる事を覚悟して下さい
今すぐ学園内でも避難勧告が発せられるでしょう」
最後のセリフを聞いたツバメはアタランテの腕を掴む
「放送はしないで!! 私が止めるから!!」
ツバメはコニャックの手を優しく離し
ちゃんと相手の目を見て 自分の覚悟を告げる
「ここを頼めるコニャック?
惨事を招く前に誰かが行動しなきゃ」
「っ…… 私は…… ツバメを心配して……」
「ありがと!! 私はねコニャック…… 国交も一種の〝結婚〟だと思うんだ
片方で創られたルールが衝突するから争いが生まれるんだと思う
仕方ないと思っちゃうこともあるけどさ 血を流すことだけは間違っている思う
だから行かせて この世界が滅茶苦茶にならないように」
「……わかった」
コニャックはツバメの身体を包み込むように抱きしめた
「死んで欲しくないでゲル…… 生きてて欲しいでゲルよ」
「……うん わかってる」
ツバメが了承を得なければならい相手はもう一人いる
「コンちゃん……」
「私も…… 本音は行って欲しくないけど」
「戦争より花を贈ってこそ平和の証…… でしょ?」
「間違ってない 止めたって私達三人は言うことを聞かないグループだったわ」
「だから引かれ合い 友達でいられた」
ツバメは一呼吸入れてアタランテに頼んだ
「案内して下さい」
「……私はあなたの命令に従うしかありません
ですが一度サンダーライガーと合流を」
「わかった」
去り際に親指を立てる戦士たる姿に コニャックとコンは見送るしかなかった
一方で他のジェルドワーフ達は溜まらずコニャックに不安を煽る
「王女様…… 我々はこのままイベントを続行するんですか?」
「心配入らないでゲルよ…… 彼女は私が伴侶となる器だと認めたんでゲルからの」
「……はい皆!! 仕事に戻るよ!! 私達の戦場はここだからね!!」
コニャックとコンのダブルスは士気を高めるコンビとして これ以上のものはないだろう
その場の全員は気合いを入れ直して作業を再開させた
舞台裏ではチワワが 既に同じく騎士団員のジェームズに状況説明を受けている
「チワワ!!」
「ツバメ……」
「ここをお願い!!」
予想外の言葉だった
てっきり一緒に戦って欲しいと言ってくれると思ったチワワは
「かっこつけないで 私も行くわよ」
「……いいえ ここを守って お願い!!」
「嫌よ!! ツバメを死なせに行かせるような事 私が了解するとでも思ったの?」
「敵は…… ゲンブラー率いる北の小国だけじゃないでしょ?」
「っ……!!」
「ツバメ様の考えは当たっていると思います」
横からジェームズが険しい顔で口を挟む
「ここで言うのもなんだが……」
「どうしたの?」
「皆が学祭の準備に熱を入れてるということで内密にしてたんだが
数日前 ショージ・ピグミスが近くの河原で遺体で発見されたんだ」
「「 えぇ? 」」
「それとは別に 団長も先程から姿を見ない
もしかしたら先に北壁へと向かった可能性がある
二人も予想していたと思うが 数々の事態は収束して大きく動こうとしている」
「「 …… 」」
「幸いなことに国の半分以上の民がこの学園にいることでしょう
避難は迅速に進みますが
RSTを操っていた反乱軍がどのタイミングで襲ってきてもおかしくありません
正直この瞬間で今 一人より多くの兵が学園を守る必要があります」
考える為に下を俯くチワワの両肩を ツバメは力強く押さえた
「解ったよねチワワ?! ここに残って!!」
「ツバメ……」
「アタランテさん!! 今すぐ私を北壁へ!!」
「馬は外に!! 参りましょう」
引き止めようとするチワワに親指を立てるツバメ
その道すがらにツバメとハーフルは目が合った
「ハーフルちゃん!! 頑張ってね!!」
「ツバメ様…… 死なないで下さいね!!」
「ハーフルちゃんが楽しく歌えたなら 私は死なないよ」
ツバメの姿が見えなくなった頃
ステージからやりきった感を醸し出して帰ってきた筈のビャーゴだったが
客の目が届かない暗い場所に入った途端 その険しい表情をチワワは見逃さない
「客達がざわつき始めたな……」
「獣人は耳が良いわね……」
「まぁね…… これは本当に〝歌〟が必要になったかもね」
ハーフルを見つめ続けるビャーゴの瞳は
いつものような女を舐めるように見る弛んだ目つきではなかった




