36話 オヤジの夜の贅沢コース
日も差す頃には学園の門前で列を成す住人の数
中には親御さんも交じり 今か今かと待つ生徒達に向ける期待は
こちら側としても望むところだった
開門と同時にぞろぞろと列が押し寄せる光景はまるで
「コミケだね」
「ささっ!! 私達も後手だからってウカウカしてらんないよ!!
チケットを貰った客から徐々に集まるんだしさ!!」
室内二階の窓から覗いているツバメ達は
一階のホールに皆を集め 何重にも描く円陣を作った
「私達は今から集団行動に入ります
それは協調や団結を超えた意思疎通を求められることもあります
行動は常に臨機応変に 休憩時間は当然だけど定められた時間内で身体を休めるように
困ったら助けを求める 一人で駄目なら絶対に無理をしない
頼める人間を探すことを諦めずにこのイベントを100%近く大成功を収めよう!
行くぞぉぉぉ!!!!」
「「「「「 はい!!!! 」」」」」
コンの掛け声と共に士気が上がる
王族も貴族も関係ないその一丸となった形は
到底階級などを匂わせない 共生という名にふさわしい見事なものだった
全員持ち場に着く頃にはさっそく 一組目の客が顔を出す
「いらっしゃませ 何名様でしょうか?」
「二名だ 今年の上級生の出し物は変わってるな…… 楽しみだよ」
「ありがとうございます それではホールのスタッフがお席にご案内します」
初めのお客は老夫婦だ
お席に案内された二人は椅子に腰を下ろすと同時に横からメニュー表が渡される
「ほぅ…… 見たことも聞いたこともない料理だ」
「そうですね…… ですがこの〝鍋〟というものには興味があります」
「うむ…… ではこの山賊鍋というものを頼む」
「かしこまりました
ちなみに鍋はコース料理ですのでご理解下さいますようお願いします
初めにお通し物 次にスープを頂いてもらってからのメインとなります」
「ほぉ…… 承知した」
「なんだかワクワクしますね あなた!」
「お飲み物は何されますか?」
「この…… 〝生ビール〟というものを飲んでみたい 二本頼むよ」
出だしは上々
黒い弾幕に隠された 今回の為だけに造られる厨房にて
キンキンに冷えた瓶ビールの栓を開けるツバメとチワワは笑うしかなかった
「まさか日本食とはね……」
「ビールなんてどこから持ってきたのかしら……」
「家はビールをある程度台所に貯蔵してるから余裕でくすねてきました
鍋に至った経緯は 学園の近くに美味そうな燕麦モドキが収穫時期だったからさ
雑炊にでもしたらウケが良いんじゃね? って流れ」
「お父さんとお爺ちゃん…… 泣いてね?」
「ご明察!! まぁ埋め合わせはこっちで適当にやるから!!」
グラスと瓶をセットにトレーに乗せ
お通し物の大根とブリの煮物と塩からを添えて運ばれた
「なんか初っぱなから渋いっすね…… お通し物の品の意図は?」
「夕方のスーパー行ったらこういう食材しか売ってなかった……」
「……もしかしてほとんどの食材ってあっちの世界から取り寄せてる?」
「うん!! 安かったし」
「赤字じゃん!! 円に替えられないじゃん!!」
「まぁ鍋の大半の具材はこっちの世界だから大丈夫よ」
ビールと料理は老夫婦へと渡り さっそく二人は口に入れてみる
「ほぉ…… なんとも美味だ
そして甘い味と共存するかのように生まれたビール……」
「葡萄酒とは違って癖が強いですが たまにはこういうお酒も良いですね」
満足の一時を過ごされる最初の客に手応えを感じるスタッフ達
そしていつの間にか一つのテーブルに一組の客が座っている賑やかな空間が生まれつつあった
そんな中で注文は火を噴くように殺到し 厨房もまた調理に火を噴くのである
「山賊鍋できました!! ホールでの火の扱いには要注意でお願いします」
調理場で指揮を執るのはもちろん鍋を知る御奉行のコンだった
ついでにツバメとチワワも駆り出され 他20名を率いる白熱の食堂と化す
「二番テーブル海賊鍋+生ビール三本!!!
三番テーブル寄せ鍋+生ビール二本!!!」
「四番テーブル寄せ鍋+生ビール四本!!!
五番テーブル塩ちゃんこ+生ビール六本!!!」
「どんだけメニューあるのよ!!」
野菜を切って下拵えするツバメは思わずコンにツッコんだ
「意外と食材が集まっちゃってね…… レパートリーは乏しくしないよう
だけどやれることはシンプルに 私達に負担が掛からないように フゥ!! 鍋最強ぅぅぅぅ!!」
「そういえばスープは何だったの?」
「私んちで作ってるジャガイモからデンプンとって春雨に
あと冷蔵庫漁ったら舞茸と豆腐が大量にあったから簡単な醤油汁を作った」
「家の人さ 今頃警察に行ってない?」
「大丈夫大丈夫!! うち農家だから食べ物腐るほどあるし
人間として引け目はあったけど 社会人になってからの出世払いということで納得させる!!」
「……なんでそこまで」
「え? だって今すごく楽しいじゃん!!
他人の迷惑考えずにやりたいことやるこの潔い今を感じちゃったらやめらんないね!!
ちゃんと正しいことしてるって思うし なんか私達も成長してるって感じない?!」
「……まぁ もしもの時は私もコンちゃんの親御さんに頭下げるから」
手を止める余裕すらない中でも コンは時計をチラ見する動作をツバメは見逃さない
「そろそろか…… ドリアードさん!!」
「は…… はい!!」
「ここはいいから舞台チームの方を任せるわ!!」
「わかりました!!」
「それとチワワ!! こっち人手足りないから料理できる奴ホール以外で招集して来て」
「わかったわ」
二人がその場から離れる
猫の手も借りたいこの状況で さらにコンはツバメに
「ツバメもドリアードさんの援護に回って!!」
「え?! 大丈夫なの?!」
「いいから!! ここは私と……」
コンはツバメを背後を見る
ツバメも思わず後ろを振り向くと そこにはもう一人のコンがいたのであった
「えぇぇ?! コンちゃんが二人?!」
「ハァ… ハァ…… 頼むぜコニャックの旦那!!」
「え………」
「ゲルゲルゲル…… 我等ジェルドワーフの持つ固有能力の真価を見せる時でゲルな!!」




