記憶の箱
驚きあう姉妹に向けて遠くから声がする。
馬だけ帰ってきたのを家の者が心配して探しに来てくれたのだ。
コルネリアとアンジェリカは話したい気持ちを抑え、ひとまず家に帰ることにした。
そして、その夜、コルネリアの部屋をアンジェリカが訪れた。
「ねえちゃん!」
「う……」
コルネリアは、戸惑いを隠せず、迫ってくるアンジェリカから距離をとろうとした。
「えー、なんで避けるのよ」
「いや、だって……」
「まあ、でも、ほんと驚きだよね。まさか、前世の姉妹が、生まれ変わっても姉妹だなんて」
そう、そこがコルネリアにとってネックなのだ。
前世の記憶がある為、妹に対しての態度で接するべきなのか、今の記憶に従い姉に対しての態度で接するべきなのか決めかねているのだ。
しかも、ただでさえ、あの凛々しい姉が人懐っこく迫ってくるのが慣れない上に、
「あんた、そんな性格だったっけ?」
アンジェリカ、いや、杏奈の態度が前世の記憶と少し違うのだ。
「う……あの、それは……その、前世でも甘えたい気持ちはあったんだけど……働いてくれてる姉ちゃんに申し訳ないなという気持ちもあり……」
人差し指を突き合わせながら、見たこともない表情でアンジェリカが照れている。
いや、中身は杏奈なのかもしれないが、いかんせんアンジェリカの容姿なのだ。
(ああああああああ! ギャップがかわいすぎるなコレ!)
コルネリアも琴音もどちらも心の中で狂喜していた。
しかし、淑女としての嗜みと姉としての威厳が口元をぴくぴくさせる程度で堪えさせた。
「そ、そうなのね。それにしても、本当にすごい偶然があったものよね」
「ねー、生まれ変わりってほんとにあるんだね。でも、この年の差も納得というか……」
「は?」
「あ」
アンジェリカは慌てて口元を手で押さえる。うっかり口が滑ったようで、アンジェリカだけの時には絶対にしないミスであり、することのないしぐさであった。
「どういうこと? 年の差関係あるの? あんたの方が年上よね? じっくり話してもらおうかしら?」
アンジェリカは、暫く視線を宙に泳がせだが、小柄ながら姉の威厳を取り戻したコルネリア兼琴音には叶わず、はあ~と一息つくと意を決して話し始めた。
「まず。あの事故のあとお姉ちゃんは意識不明の寝たきり状態になったの」
「寝たきり状態……うわあ、ごめん」
「え? なんで?」
「じゃあ、あんたに大分迷惑かけたんでしょ?」
「え、と……あー、でも、迷惑だなんて」
「ごめん」
コルネリアが目に涙を浮かべ俯いてしまった為、アンジェリカはそれ以上何も言えなくなり、コルネリアの頭を撫で続けた。そして、優しく歌う様にそれまでのことを語った。
「いいの。それで、姉ちゃんの想像通りかもしれないけど、あたしがねえちゃんのお世話をしてた。といっても、姉ちゃんの会社の同僚さんとか高校時代のお友達とかも力になってくれたの」
「そっか……でも、多分、あんたが大分無茶して先に死んじゃったんでしょ」
「……かなわないな。ねえちゃんには。うん、多分そう」
「馬鹿! あたしなんかほっておいてよかったのよ! 死にかけで迷惑かけるような馬鹿姉なんて!」
「やだ! ……ねえちゃんは、それまで同じようにいっぱい働いてあたしを助けてくれたんだよ。なのに、あたしだけねえちゃんを見捨てるなんて出来ないよ! だって、あたし、ねえちゃんの妹だもん!」
凛々しいアンジェリカが今まで見せたことのないような幼く弱弱しい泣き顔で叫び、可憐なコルネリアが眉間に深く皺を刻んで顔を真っ赤にして目に涙を浮かべ怒り狂った。
そして……二人は手を取り合い泣いた。
ごめんねとまた会えてよかったを何度も繰り返しながら。
「……さ、てと、じゃあ、これからなんだけど、まあ、前世の記憶があるとはいえ、今の関係性で過ごしつつ、機を見てお父様たちに話すべきかなと思うけど……って、どしたの?」
「……落ち着いて思い出したんだけど。あたし、死ぬかも」
「はあ!?」
「アンジェリカ……この顔……令嬢……姫騎士候補……」
「ん? それってどっかで聞いた事あるような……」
そもそも、アンジェリカが姉である以上、アンジェリカのことは何度も聞いたことあるのだが、それよりも古ぼけた埃をかぶったような箱が開きかけている感覚にコルネリアは触れていた。そう、もっともっと昔……前世の……杏奈が持っていた……。
「え……? まさか……ねえ、うそでしょ」
「うん……多分ね、ここ……乙女ゲームの、世界、かも」
「うそでしょ~~~!」
何故かまだ続きます……あれ? 短編のつもりだったのに。