その日、バスは占領された
果たして皆様は覚えていらっしゃるだろうか……ある意味ダークヒーロー(笑)な彼のことを。
覚えていない、知らないという方は短編『戦隊ヒーロー世襲制!』で主人公の経歴を確認することができます。
ヒーローと堂々銘打ってる割に、ヒーローらしいことを欠片もしてないな、と。
そんな風に思いまして、彼らのヒーローらしい活動の一端をご案内致します。
それは麗らかな午後のこと。
平和と希望の象徴、無邪気な子供たち。
だけどそんな子供達から笑顔を奪う、悪しき暴挙が街を襲う。
「がはははは! このバスは俺様達が占拠した!」
――そう、日本ヒーロー界隈の謎のお約束。
『幼稚園バスジャック』である。
子供達の悲鳴が、保母さんの半泣きながらも気丈な声が聞こえる。
「わ、私達を一体どうするつもり!? お願い、子供達は家に帰して!」
「そんな訳には、いかないなぁ」
にたにたと、バスの中で大きな顔をする怪人が宣う。
周囲に黒い全身タイツの戦闘員で固め、手に手に握った銃を向けて威嚇する。
保母さんに身を寄せて、子供達は訳が分からないながらも「なんか怖い」と怯えている。
「こ、こんなことをして一体何になるっていうの……っ」
「それはお前らが知ることじゃないさ。おい、運転手! 俺が指定する場所までバスを走らせてもらおうか!?」
「ひ、ひぃ……お、お助けぇ!」
運転手のこめかみに銃口を押し付け、獣臭い吐息を吐きかける。
青い顔に、今にも吐きそうな表情の運転手。
生来、胃腸の弱い彼が嘔吐するのもそう遠い未来じゃないかもしれない。
その時の被害者は、怪人お前だ。
「う、うあぁぁあん!! パパぁ、ママぁ、おうちにかえりたいよぅ!」
「え、えみりちゃん……! 大丈夫、大丈夫よ! 先生が一緒にいるからね」
「はっはー!! 残念だったなぁ、ガキども! お前らはもう一生家になんか帰れねーんだよ!」
「「「う、うえぇぇええええええん!!」」」
「こ、子供を泣かせて何が楽しいんですか!」
「さっきから気が強いなぁ、先生。俺ぁ、あんたみてーな女嫌いじゃないぜぇ?」
「ひ……っ」
積載重量を遥かに超える乗員を乗せて、幼稚園バスは走る。
定員超過で幼稚園バスはよたよたのろのろと道路を進んだ。亀の歩みだった。
こんな小さく狭いバスに、何故30人も配下を連れて乗り込んだのか、怪人よ。
お陰でバスの中は狭苦しくてたまらない。
よくよく見ると押しくら饅頭状態で戦闘員らも若干息苦しそうだ。
まあ、彼らが息苦しく感じるのは、顔面を覆うぴったりタイツのせいもあるのだろうが。
「私達をどこへ連れていくつもりなの……!? 一体、何の目的で!」
「おっと先生、そりゃあお前らが知る必要のないことだ」
「く……っ」
こんな小さく狭い幼稚園バスをジャックして、一体何がしたいのか。
実は実行犯である怪人一味も、理由は知らない。
ただ上からやれと言われたら、実行する。
悪の組織は縦割り社会なのである。
バラエティ豊かな人間を詰め込み、走る幼稚園バス。
ビルの谷間に潜む影が、それを見ていた。
白い翼のガッty……ではなく、古来より日本を守護する戦隊ヒーローの皆々様である。
その中に最近リーダー(赤)の座を世襲した、ヒーロー歴一年未満の男がいる。
彼の名前は臙脂。
つい最近まで、幼稚園を乗っ取った方々とは同系統の別組織にお勤めだった、元エリート幹部候補のおにーさんである。
その経歴をもちろんご存じのお仲間方が、双眼鏡ごしに幼稚園バスの様子を窺いながら疑問を呈す。
「ねえ、臙脂くん?」
「なんだ。作戦前に無駄口か」
「ちょっと無駄口じゃないわよ。ちょっと情報の共有ってヤツ? 前々から疑問だったんだけど、なんで悪の組織って幼稚園バス接収しようとするのよ。園児ごと」
「ああ、そう言えば幼稚園バスの救出に向かう度に一度は怪人へ問いかけますが、まともな返答貰ったことないですね」
「そんなことか」
ふう、と吐息を一つ。
呆れたような顔で、自分に注目する仲間達に目をやる臙脂君。
彼にとってはあまり馴染みもないし、心情的にも手放しで仲間とは思えないが。
それでも今は、彼らが臙脂君の同僚である。
戦隊ヒーローは、いわゆる親族経営的な団体である。
そのせいか、ヒーロー同士の距離も近いし遠慮も感じられない。
生粋のヒーロー様方にとってはそれが『当たり前』なのだろうが、一族の外で育った臙脂君には戸惑いしかなかった。
もう少しビジネスライクな関係に落とし込むことは出来ないのかと心の中で呟きながら、仕方なしに臙脂君は口を開いた。
「怪人や戦闘員が聞いて答える訳がない」
「ヒーローの言葉に聞く耳はないってことか?」
「そうじゃない。大体ああいう現場担当者は幹部の手足変わりだ。やれと指令が来るから従うだけで、作戦の真意や目的が説明されることはあまりないな。アイツらも理由なんて知らないのさ」
「なんと。目的を共有しておらなんだか……それでは臨機応変な対応など望めまいに」
「爺さん、あんた薄々知ってただろうに」
顎を撫でながら、驚いたように呟くご老体。
顎髭を撫でしごく手癖は、老人が面白がっている時の癖だ。
食えない爺さんだ。臙脂君は呟いて目を逸らす。
戦隊ヒーローのレッドを継承して、早数か月。
数か月が経つが、未だにほっそりした小さな体にピンクの戦隊スーツを着用した老爺の姿は直視し辛いものがあった。思えば悪の組織内でも、ピンクの評判は悪かったのだ。戦場で最も対峙したくないヒーローとして。
「でもさ、お兄ちゃんって元は悪の組織でもエリートさんだったんでしょ? 幼稚園バスが頻繁に襲われる理由、知らないの?」
「……大概の場合は、3パターンに分かれるな。園児の中に政治的影響力や富を持つ家の子供がいて、人質として狙われた場合。あるいは物の善悪がまだ分かっていない幼少の内に子供達を攫って、組織の構成員として教育を施す場合。第3の理由として、研究用のモルモットとして人間を集めたい場合だ」
「どれも碌な理由じゃないね!」
「悪の組織だからなぁ」
「ああ、もう一つあったな。資金調達の手っ取り早い方法として海外に売るとか」
「やっぱり悪辣じゃないの! やだわ、悪の組織ってコレだから」
痛まし気な目を、幼稚園バスに向ける知的なOL風お姉さん。
変身アイテムである青い勾玉を撫で、お姉さんは鋭い目を悪へと向ける。
ブルーの意見に同意とばかり、周囲のヒーロー達も頷きあった。
そうして戦隊ヒーロー達は出陣する。
幼稚園バスを襲った、不届き者達を成敗する為に。
ちなみに移動手段はその身一つ、平たく言えばダッシュだった。
理由? 戦隊のメンバー中、2人が16歳未満でバイクの免許すら持っていないからだ。
そして彼らが本気で走れば、その速度は余裕で車を抜いていく。
彼らはヒーロー。
よゐこのお手本となり、夢と希望とはお友達でなくてはいけない。
彼らはヒーロー。
正義と法は可能な限り守らねばならない。
道路交通法を守って車道を突き進むのだ。
そんな彼らは走る時に限りこの国の道路交通法では軽車両扱いだ。
大丈夫、彼らはヒーロー。
――その類まれなる身体能力をもってすれば、生身でだって時速250㎞を超える。
速度制限? ははは、なんだっけソレ?
正義を、子供達の笑顔を守る為には、時に些細な問題など無かったことも同然なのだ!
どうしても法を守っていられない時は平気でぶっちぎる。
それもまたヒーローのお約束なのであった。
そんな彼らは、実は交通パトロール隊に睨まれていた。
だが国家規模で特権が認められていた為、睨まれているだけで逮捕されることはなかった。
今のところ、ヒーローの中に前科者はいない。今のところ。
そうして、人気のない工場跡地で何故かバスは止まった。
こんなところに何用なのか?
脂汗と一緒に困惑の滲み出る、運転手の顔。
ちらちらと手元の指示書を盗み見て次の指示を出そうとする怪人。
その時だった。
「そこまでだ悪党共!!」
ド派手な轟音が、バスの横合いから!
何かの爆発するような音と共に、もうもうと五色の煙が噴き上がる!
それを背後に浮かび上がる五人の人影。
アレはなんだ!
そうだ、ヒーローだ!
お約束通りの展開に、園児たちの顔が希望を見つけて輝いた。
憧れが興奮を燃え上がらせる追加燃料となり、口々に歓声を上げる。
そして幼稚園の先生は、「あー……ついに自分も定番ネタの当事者か……」と遠い目をしていた。
読んでいただきありがとうございます!
さあ、次回ではとうとう彼らのヒーローとしての姿や振る舞いがお目見えです。