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渡り巫女の契り  作者: ナツハルフユアキ
追われた者
2/2

2

血、暴力、娼婦の表現があります。

苦手な方はご注意


森の奥のさらに奥、近くには川のせせらぎが聞こえてくる。

干した草木を使用して、簡易的に作られた屋根の下に暮らす集落が隠れるように存在していた。


みやこへ物を売りに行く商人たちは、村の子供たちにみかどの御膝元が

この近年に御一新され、みたことのない舶来はくらいの品が増えていると楽しそうに話しているのを見かける。


日常で使用する木炭を買い求める客がめっきり減り、

主食の物々交換などがあまり立ち行かないらしい。


ある程度妙齢の若者たちが出稼ぎに出るなどの手段も増えつつある中、

条件を満たしているにも関わらず村からも出してもらえず、雑仕事ばかりを押し付けられていた。


「手を動かしな、穀潰し!さっさとしないと日が暮れちまう!」


山のように積まれた洗濯物を横目に、すみません、とだけ謝るとぶつぶつと嫌味を言いながら

同じ仕事をする筈の女達が近くの切り株に腰を下ろして談笑をしている。


冷たい川に手を浸けているからなのか、感覚が段々なくなっていくのを感じる。


両手を口元に持ってきて、息を吐きながら酷く青い空を仰ぎ見れば、

山の冠にうっすら雪がかぶっている。


通りで痛いはずだ。


こんなところが見つかれば、また何をされるのか分かったものではないと

もう一度息を吹きかけてから川に手を入れて洗濯を続けた。


この村では、家族でないもの達が寄り添いあって助け合って暮らしている。


村に帰るころには夕餉ゆうげの支度がされているのか、

魚の焼ける香ばしいかおりが立ち込めていた。


洗って干し終えていた洗濯を取り込んでいると、

晩酌をしていたのか、顔を真っ赤に染めた男が緋桐の手首をひっ捕まえた。


酒のきつい臭いが鼻を掠め、思わず顔をしかめると、

男はそれが気に食わなかったのか思い切り緋桐の頬をひっぱたく。


彼女の栗色の髪の毛を引き上げ、顔をまじまじと見つめながらにやりと笑う。


「なぁ、今日も相手してくれや」


緋桐は優しく微笑むと、男はそれに満足したように握っていた髪を離し、

ぬるりと腰に手を回すとに森の奥へと緋桐を誘う。


今日は機嫌を損ねないといいな。


なんとなく一日を終えようとした矢先であった。


大分日が暮れて辺りも暗がりになりつつあるなか、

村の方向がいつもより明るくなったかと思うと、太い黒煙が立ち上っていた。


緋桐を連れて行こうとしていた男もそれに気が付くと、

顔から血の気が引いていくのが見て取れると、慌てて村へと戻っていった。


先ほどの男も一応妻子を持つ一家の男であるからなのか、

その背中を胸中ほっとしながら見送った。


生まれてからずっとそこに住んでいたが、

幼少に母を亡くてからあまりいい思いをしてこなかった為、

緋桐は何の思考も浮かばず、ただ茫然と炎で明るくなった村の方向を見つめていた。


燻る黒いそれは、時々真っ赤な火花を散らしては辺りを照らし、

勢いは一向に収まる気配は無い。


それどころか、そこからは無数の村人たちが血相を変えて走り去っていく。


いつも視界に入れば冷ややかな目線を送っては、

憎まれ口を叩くのは当たり前だった女や、男たちは立ち尽くしている緋桐には目もくれず

一目散にすぐ横を走り去ってゆく。


火事にしては、何か恐ろしい獣から逃げているような様子に

村では何か盗賊でもでたのかと思い、自分にも被害が及ぶことを考え

この場から立ち去ろうとした時だった。



「お、おいっ‼売女ばいた‼」


裏返ったその声は先ほど緋桐を楽しもうとしていた男であった。

顔からは血の気が引き、今にも倒れてしまいそうなほど膝がガクガクと震えている。


いつもの、反射で足を止めてしまった緋桐は振り返って返事をしようとした時だった。


自分ごと影で覆ってしまう程の巨漢が、黄金の瞳を光らせて緋桐をいつの間にか見下していた。


目が合うと同時に、巨漢は背中に背負っていた大きな金棒を引き抜くや否や、

緋桐の脇腹を殴りつけた。


鋭利な棘が無数にも装飾されているそれは、いとも簡単に緋桐の肌を裂き、

側を流れる浅瀬に身を投げ出される。


透き通った水は、ところどころを鮮血に染め上げ、ただただ流れていく。


人以上の力に気を失い掛け、緋桐はなんとか上半身を起こすと

真っすぐに巨漢を見据えた。


その傍らには、青ざめた卑しい男が手もみをしながら巨漢に笑いかけている。



「だ、旦那!あの女は村を挙げて大事にしてきたやつです!

それは旦那に差し上げやすので、どうかうちの家族は…」



気が付くと村の炎は燃え広がり、暗がりだったこの場所もいまや昼間ほど明るく、

陰っていた巨漢の顔も窺い知ることができる。


筋骨隆々で、岩のようにゴツゴツとした身体をしている男で、

身の丈程の金棒を軽々と片手で扱っている。


人と違う点と言えば、額からは牛のように立派な角が5つ生えている。


それは巷で噂されていた人食い鬼の特徴と合致することから、

彼らもついにこの村にも目を付けたらしい。


助かりたいが為に命乞いでもしたのだろう、あの男はわざわざ緋桐のところまで案内をしてきたのだ。


綺麗に整えられた顎鬚を武骨な手指でもてあそび始めた鬼は、ほう、と

緋桐を値踏みするように目線を凝らす。



「なんだ?あの女は巫女か何かなのか?」


「いえ!そんな大層なもんじゃねぇです!村の慰み者みてぇな

実際俺も世話になってやして、いい女ですぜ!」


「悪くないな」



鬼は下品に笑う男の言うことに納得すると、持っていた金棒で頭を打ち付ける。


声を上げる間もなく、男の身体は宙を舞い、無様にも地面に転がった。

幸いにも頭はくっついたままのようだが、ぴくりとも動かない。



「だが、世話になったやつを大事にしねぇのは良くねぇよな?」



雷鳴に貫かれるような、腹の底に届く声の低さに、出血している患部を抑え込む。


なんとか立てるものの、血を流水に浸けてしまって流しすぎてしまい、

甲高い耳鳴りが鼓膜をつんざく。


鬼は木にたれかかっていた緋桐の両の頬を片手でつかみ上げると、

金色の双眸で彼女の顔を覗き込む。



「緋色の瞳の女は初めてだな。それに食うには勿体ねぇ。」



未だ緋桐の腹部から流れる血を、ひと舐めりすると、突如鬼は呻き声をあげながら硬直し始める。

また川に身を投げ出された緋桐は、苦しそうにもがく鬼がこちらをにらみつけている黄金の瞳とかち合った。



「貴様!渡り巫女だな⁉」



今にも殴りかかってきそうな殺気を放ち、立ち上がろうとしているものの、

まだ苦しいのか喉を押さえてうずくまってしまった。


意識がやけに鮮明になり、震えていた足をなんとか立たせてその場から走り去る。


後ろでわめき散らす鬼の声を聞きながら、走る。


視界の端に映る、炎のように紅く染まった髪を揺らしながら。



2021.5.9

遅筆ですみません。このくらいのんびり書いていこうと思っております。

意外にも読んでくださっている方がいらして、ありがたい限りです。

以前にも挿絵を入れたいとどこかで書いていた気がしますが、まだまだ先になりそうです。

ここまで目を通していただき、ありがとうございます。

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