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渡り巫女の契り  作者: ナツハルフユアキ
追われた者
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初めまして。ナツハルフユアキと申します。

完全にオリジナルの小説を書くのは初めてで、拙い部分も大いにあるかと思われますが一生懸命頑張りますので、どうか温かい目で見守ってくださりますと幸いです。

当作品は大正時代を舞台としていますが、史実や現代日本に受け継がれるものとは完全に異なるフィクションとなりますのでご理解のほどよろしくお願い致します。

私の趣味が詰まった和風の妖怪やら、神やらなにやらが色々と出てくるファンタジーとなっております。


そのうち修正やら、挿絵なども追加していけたらと思っています。

どうぞよろしくお願いいたします。



 小さな腕の中で、瑞々しく咲いた桃の花から朝露が零れ落ちる。その子供の姿には似つかわしくない、とても秀麗な所作でそれを優しく撫でると、温かくもまだ冷たさが残る風が、ぴたりと止んだ。

 小柄な身体の少年は大きな目をふと横へずらすと、後ろを付いて歩いていた鋭い目の男が呟いた。

「……血の匂いだ」

 少年は男が携える絹のようなその銀髪に、木漏れ日が当たって思わず目を薄める。その狭間より見える切れ長の目がより一層その男の美を際立たせる。

「我の結界も破られておるの」

 日常に交わす会話の如く男にそう返してやれば、ぎょっと目を剝いて声を荒げた。

「はぁ!? それを先に言えよ!」

 組んでいた腕を解くと、腰に下げていた刀の鍔に手をかける。走り出そうとする男に制止をかけても、鼻の利く彼に常人ではわからぬ血の匂いが余程煩わしいのか、彼にしては珍しく苛立ちを隠せずに他よりも鋭い牙を剥いていた。

「いすみ! お前は先にやしろに戻ってろ!」

 舌鋒ぜっぽう鋭くそう言い残すと、瞬きもせぬ間に小さなつむじ風だけが落ち葉を舞い上がらせていた。

 少年――いすみは光を透かした鼈甲色べっこういろの髪を揺らしながらため息を零した。


***


 歩き慣れた森の中を掻い潜り、匂いの強くなる方向へ歩を進める。このまま歩いて行くと、この森の中心にあるご神体と祀られた大木があり遠目でも分かるのだが、青葉が群生している中でそこだけ様子が違うことは明々白々であった。銀髪の男はより目を細めると、小走りで駆け抜ける。険しく繁茂した草木をかき分けて、その場に踏み込めば、大木を中心に一定の範囲で綺麗に雑草が取り除かれている。山のふもとに住んでいる村の住人達が代わる代わるやってきてはここを整地しているからであろう。いすみもたまにやってきては、一休みしている時がある。

 ただいつもと違う点といえば、その大木が赤く染め上げられているということである。

 まるでこの場だけが、秋になってしまったのかと勘違いしてしまうほど、視界が緋色の楓の葉で埋め尽くされている。立ち尽くして仰ぎ見ても、赤と緑のコントラストが空を覆い隠している。その大木に沿って視線を根本の方へと移し見てみると、血の香りが一層強くなった。たまらず着物の袖で鼻を覆い、ご神木によりかかるそれに男は思わず足を進める。

 狂い咲いた紅葉とは負けず劣らず、鮮やかな暁のような髪色に、全身どこから出ているのか分からぬ程染まった血まみれの女がぐったりとしていた。微かに呼吸をしているのか肩は上下しているものの、このままにしておけば命は助からぬだろうということは一目瞭然だ。

 男はこのままにしておきたかったが、それが発覚すると主が口うるさいことも知っていた為、従わざるを得ない男は深い溜め息を零すと女を助けるべく動こうとした。

 ――したのだが、男は自分に起きている異常に気付いた時には既に遅く、口からはだらしなくもよだれが滴り落ち、どうしても『欲しい』という欲求が腹の底から無限に湧き出てくる。これが幾年ぶりに思い出した『食欲』だと気が付くと、途端に襲う空腹を抑えようと長い爪を腕に刺そうにも

視線は女の半襟から除く肌から、釘に打たれたように目を離すことができなかった。自分の中の本能がぐちゃぐちゃにかき乱され、まるで目の前の女から美酒が湧き出ているようだ。何度か抗ってみたものの、腕は最早女を捉え、首筋から溢れ出す流血に舌を這わせていた。

ヨク!!」

 遅れて到着したイスミがその光景に一度立ち止まり目を見開くと銀髪の男を名を呼んだが、怪異の本能を己で止めることができずに血を貪る姿に思わず走り出し、持っていた桃の枝をヨクの脳天にぶすりと突き刺した。

「て、め……いす……み……」

「すまぬ」

 その衝撃と共にヨクは動きを止め、掴みかかっていた女もろとも地面に雪崩れ込んでしまった。女と、ヨクの息があることを確認し、イスミはほっと胸をなでおろすと、

先ほどヨクの頭にぶっ刺した桃の枝を手に取り、花についた朝露を女に嚥下えんげさせる。すると、弱々しくも息苦しそうに吐いていた息が、段々と規則正しく整ってくる。額にかかる緋色の髪の毛を撫でてやると、いすみは優しく微笑んだ。


***


 どこからともなくやってくる体中の痛みから意識が浮上してくる。緋色の双眸を、眼から覗かせると鼈甲色で高貴な絹のような髪の毛を持つ男の子が柔和に微笑むのが分かった。

「体の具合はどうじゃ?」

 その見た目には似合わぬ古風な口調に、不思議で神聖な感覚を覚えた女はなんとなしにこの人は敵ではないと感じ、恐る恐る首を縦に振る。腕を持ち上げると着物の隙間から包帯が、体を縦横無尽に巻き付けられていることが見て取れた。

 少年はお椀を片手に、女の布団の横に座るとそれを差し出してくる。

「朝露のついた桃の花から作った茶じゃ。雨や桃は鬼の邪気も取り払ってくれよう」

 真っすぐに見据える丸みを帯びた空色の瞳に吸い込まれるように自然とお椀に手を重ねて、桃茶を飲みほした。

「あ、あの、ありがとうございます……」

「よい。それより名は?」

緋桐ひぎりです…」

「よい名じゃ。我はいすみと言う。ここがどこかといえば、我の社じゃ。好きに寛ぐとよい」

 いつか見た優しさを帯びたその瞳の色に、女――緋桐は問いかけようとするも、隣で眠っていたであろう銀髪の男も低い声をあげながら半身を起き上がらせる。

「ヨクも、大事ないな?」

「悪いと思って無ぇだろ、てめぇ……」

 頭を押さえながら、鼈甲とは違う輝きの黄金の双眸が緋桐を捉えた。その鋭い眼光に捕らわれたように身体が硬直してしまい、背中を冷や汗が走る。

「こやつはヨクという。鬼じゃが、私の神使しんしじゃった」

「……で、では、いすみ様はやはり……神様なのですね……?」

 おずおずと言葉を紡ぐ彼女ににこりと微笑むと、空を映したようなその瞳は鬼のヨクへと視線を移した。

「それでの、ヨク。お前は今日から緋桐の配下じゃ」

「……あ?」

 間の抜けたヨクの声に呼応するように、緋桐もイスミの顔を見つめる。二人の視線を受けてもなお柔和な笑みを浮かべるイスミはヨクを指さした。

「お前、緋桐の血を飲んだじゃろ?」

「そういえばあの時は身体が勝手に……」

「それはの、服従の血と言ってな。昔霊力の強い巫女が作った呪術での。我々神と同等かそれ以上の力の使い手でな。緋桐より強い者に調伏されぬ限りお前は緋桐の配下じゃ」

「はぁ? なんで俺がこんな女につかなきゃなんねぇんだよ! んなの殺しゃ済むだろ」

 ヨクは布団の傍らに置かれていた刀を鞘から引き抜くと、殺気を籠らせた眼差しで緋桐に刃を振るおうとするが、首に刃先が届くか届かないかの寸でのところで止まった。

 意を決して目を瞑っていた緋桐も、薄目を開けて驚く黄金の双眸と視線がかち合った。

 カタカタと振動する刀身を手離すと、派手な音を立てて抜き身の刀が床に転げ落ちた。

「緋桐も死ねば、お前も死ぬからの。その本能からお前は主である緋桐を殺すことはできぬのだろうな」

 それを事前に知っていたからなのだろう、イスミはヨクが動こうが緋桐が黙ろうが一切その場から動いてはいなかった。

「私が死ねば……この人も……?」

 たどたどしく呟いた緋桐の言葉に、「巫山戯るな!」とヨクは怒声をあげると、どたどたと大きな足音を立てながら外へと出て行ってしまった。

 当事者である緋桐でさえこの場を去って、楽になってしまいたいのにと口を横に引き結ぶと、イスミはやれやれといった風に溜め息を吐いた。

「普段は大人しいやつなんだがな。お前も大変な時にすまぬな」

「イスミ様……あの、質問をしてもよろしいですか……?」

 イスミはそれも分かっていたのか、無言で微笑む。緋桐は一度考えを巡らせると、少しだけ深く息を吸い込んだ。

「イスミ様は私のことをご存知なのですか……?」

「お前とは今日、先ほど、初めて会ったな」

 そういうことではなく、と言葉を返そうとしたがイスミが口元に人差し指を立てると、すまぬと申し訳なさそうに呟いたので緋桐も言葉を飲み込むことしかできなかった。

「時に緋桐、お前はなぜこの山に逃げ込んできたのじゃ?」

 心の中を見透かされているような瞳に、やはり人とは違う圧力に緋桐は少しだけ肩に力が入る。

 緋桐はこの地に来るまでの顛末てんまつを、順に思い出していく。



2021.1.4

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