解決編
「お待たせしました。それで、見つかったというのは、本当ですか?」
女性と落ち合ったのは、次の日の午後十時を過ぎた頃。あの廃駅から一番近い、繁華街のある主要駅。そこの喫茶店で、私は待っていた。
「厳密には、息子さんに繋がる手がかりを、見つけたということです」
「それでも構いません。その場所まで連れて行ってください」
「わかりました。では、夜の二時に合わせるため、一時間ほど私が見聞きした情報を共有し、少し落ち着いてから向かいましょう」
そう私が言い、着席を促すと、女性はコクリと頷き、私の前の席に座った。彼女の祖父母から聞いたことや、私が見聞きしたことのうち、話しても問題ないことを一から説明する。反応は、芳しくない。
「そう、ですか。祖父母が、そんなことを……。私も、当時は気が動転していて、祖父母に辛く当たってしまって……。ですが、息子を愛していたのは本当です!」
「そうですか。まあ、依頼主からのオーダーに私の意見は介在しないので、そこはどうでもいいのですよ。それでは、行きましょうか。少し歩きますよ」
「構いません」
どうやら彼女は、山中を動くことを見越して、動きやすい服装で来たようだ。ヒールではなく、スニーカー、ワンピースではなく、パーカーに長ズボン。伝えてないのに用意がいいことだ。
私は吸っていたタバコの火を消し、会計すると二人で店を出た。
駅でタクシーを拾い山ふもとまで、そこからは線路を伝って歩きだ。懐中電灯片手に歩く。そして、午前一時半ごろ、廃駅に到着する。
「なんですか……ここ……。こんなところに、本当に、いるんですか? 駅……ですよね?」
「えぇ、朽ち果てた、駅ですよ。はるか昔、五十年以上前に捨てられた、廃線。その、廃駅」
少し、挙動不審だ。たしかにここは近くに川もないし、こんな地上に息子の亡骸があるとは普通は考えない。そう、それが普通だ。だが、ここは、地上だけではない。
「それでは、行きましょうか」
「えっ、どこへ……?」
「……もうひとつの、駅まで」
私は変電所まで歩いていく。中へ入る。風が、心地いい。そう、風が。
「そこにあるバール、取ってもらえますか?」
「え、えぇ……」
まだ彼女は戸惑っている。無理もない。深夜に連れてこられたのがなにもない廃駅と、動いていない変電所だ。警戒するのは当たり前。彼女が、持っている鞄に手を入れるのを確認しつつ、渡されたバールで床板を引き剥がした。
「ここが、もうひとつの駅への入り口ですよ」
戦前に作られたのだろうか、おどろおどろしい階段が姿を現す。私は必要な分の床板をはがしきり、人が通れる大きさの口を作る。
「さあ、行きましょう」
笑いかけると、女性は怯みながらも、階段を降りてくる。そのまま、進む。時間にして、五分ほど。階段は、地下水で濡れている。天井からは、ピチョン、ピチョン、と水が滴る。
夏の夜のはずなのに、地下の温度は更に下がり、少し肌寒い。
コツ、コツ、コツ、一段一段、降りてゆく。
コツ、コツ、コッ、コッ、コッ……階段が、終わる。
懐中電灯が、あたりを照らす。そこは、地上にある廃駅と同じ作りの、駅のホームのようであった。
「なんで、地下に、こんな駅が…….?」
ピチョン、ポチョン、と、天井から水滴が滴り、水たまりへと響く。音が、地下の駅に反響する。
「ここは、戦前の防空壕だったらしいですよ」
私は、調べた話を語り始める。
「都市部の疎開先が、この地域だったのです。そして、地下の空洞を、防空壕に作り変えた。謂わば、自然の要塞です」
「ではなぜ、駅、が……」
「駅は、あの世とこの世を繋ぐ、霊場です。鬼門を開く、きさらぎ駅、猿夢……駅や電車に関わる都市伝説は、有り余るほどです。……話を戻しましょう。当時防空壕だったここには、ある時三十人を超える人が避難していたそうです。そして、彼ら全員が、この場で餓死した」
「なに……を……」
「出られなくなったんですよ。入り口の崩落でね。私たちが降りてきたのは、鉄道会社が再建したあとのものです」
女性が、息を飲む。
「この場所、地上は、鉄道会社にとって魅力的だった。山中でありながら、平地、工事するにはもってこい。一方で、問題があった。このまま駅を建てれば、地上のあの駅は、霊場となる。失踪者が、多発する」
「だ……から……」
「そうです。あなた方の使う駅は、こちらですよ、と。別の駅を、地下に建てた。それが、これです」
カッ! そう私が言い切ると同時に、地下のホームへ光が差し込む。汽車の、ライトだ。
ホー、ホー。汽笛の音が響く。時刻は、午前2時ちょうど。
「噂をすれば、お出ましですよ。あれが、霊をあの世へと導く、汽車です」
シュ、シュ、シュ、ホー、ホー。
汽車がホームへと、入ってくる。旅客車両には、青白い、虚ろな目の、人、人、人。
「ああ、今日も、成仏できていない霊があれほど。……目を合わせない方が、身のためですよ。憑かれてしまいますから」
そう言うが、もう遅いようだ。
「あ、あぁ……あ……!」
どうやら見てしまったようだ。車両にいる、息子の霊を。
「早く! 早く成仏させて! 霊能者なんでしょ! 早く!」
女性は、取り乱し、私に彼を成仏させるよう、要求する。
私はそれを意に介さず、タバコに火をつけ、吸う。
「あなたは、勘違いしていらっしゃる」
「なにを言ってるの! 成仏させる契約でしょ!」
「いえ、そのような契約、しておりませんよ」
コツ、コツ、コツと、壁際まで歩き、寄りかかってタバコをふかす。
「これで、依頼は達成です。問題ないですね?」
「なにを言って……」
『うん。ありがとう』
いままで汽車の中にいたはずの息子の霊が、私の横に現れ、消える。
「ッ!!」
『……ママ、迎えに来たよ。ママ、一緒に行こう。ママ、ママ、ママ』
息子の霊が、母親の背後へ移動し、彼女の足にまとわりつく。
「嫌、嫌ァッ! なんなのよこれ!」
「あなたの息子さん、依頼主に頼まれたのでね。ママと、もっと過ごしたい、とね」
「ふざけないでッ! 私はこんな気色悪いガキ、知らないわよッ!!」
「ははは、それが、あなたの本性ですか。実に、醜い。悪霊よりも、とても」
「あなたには成仏させてって依頼したのよッ! 依頼ッ! 依頼を達成しなさいよッ!」
「実に醜い。あの台風の日も、そのような顔で、荒れた川へ、投げ捨てたのですか」
「ッ!」
女性は、息を詰まらせる。
『ママ、ママ、ママ』
息子はニタニタ笑い。
『ママ、ママ。 も う 、 離 さ な い で ね』
「いやああああああああああああああッ!!!!!!」
いつの間にか周囲へ移動していた汽車の乗客が、女性を引きずってゆく。
「いやっ! いやっ! やめろッ! やめろおおおお! やめ……」
車内へ引きずり込まれた彼女の声は、もう聞こえない。
ホー、ホー。
「さぁ、出発だ」
シュ、シュ、シュ、シュ、汽車は、進む。そして、ホー、ホー、と汽笛を鳴らしながら、消えてゆく。
汽車の消えた駅向こうには、巨大な地底湖が口を開けていた。
「あの川に捨てられた遺体は、すべてこの湖へと流れ着く。大丈夫、2人の供養は、しておきます。それと、私が受けた依頼は息子の『ママと一緒にいたい』という願いだけではなかった。きちんと、あなたの依頼も受けていましたよ。ただ、依頼主が成仏するには、あなたの犠牲なくしては無理だった、それだけです。……まぁ、聞こえちゃいないか」
私は、吸っていたタバコの火を消し、階段をコッ、コッ、コッと登ってゆく。
人を殺めたものは、それ相応の報いを受けねばならない。でなければ、殺された者は納得しない。霊障の解決は、時に人の命を以って達成される。人の恨みは、根深い。
山を、降りる。気づけば明るくなった空を眺めながら、私は数日事務所を留守にして溜まった依頼のことを考え、少し、鬱になるのだった。
◆◆◆
事務所に戻った私は、事後処理をする。
結局、あの息子は母親が殺していた。同棲していた彼氏に、息子の存在を悟られたくなかったがための犯行であった。
彼女はあの台風の日の前日に、あの場所に行っていた。そして息子に、次の日の朝会おうと伝えたのだろう。もちろん口止めは忘れない。息子は母親の裏の顔を知らなかった、だから母親と会えるだけで喜んだ。まさか、殺されるとは思っていなかった。
そして、死んでからもまだ、愛していた。あれは、愛憎だろうが、母親を欲した。夢枕に立った。あの日彼女が訪ねてきた時も、片時も離れず一緒に。
そして私はその時に、息子から直接依頼を受けた。母親といたいと。そして私はそれを了承した。ただ、それだけのことだ。
そう、それだけのことだ。
◆
駅は、ときにあの世とこの世を繋ぐ場所となる。
それが駅そのものなのか、列車なのかは、誰にもわからない。
某県某所、山中にある、とうに廃線となった私鉄。
その中のとある廃駅では、夜な夜な丑三つ時に、汽車の警笛が鳴り響く。
ただその廃線に、汽車が通る気配はない。駅は、いつもと変わらず、山中に佇む。
その地下には、汽車の停まる、隠された駅がある。
今日もまた、汽笛が響く。まるで、死者を誘うように。
夜鳥が、ほろほろと鳴く。まるで、生者を呼び寄せるように。
その旅客車両には、外を虚ろな目で見つめる、母と子がいるとか、いないとか……。
お読みくださり、ありがとうございました。
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