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調査編

 霊障は、繊細なものだ。ただ悪霊ならば消滅、普通の霊ならば成仏、とそんな簡単なものではない。一歩間違えれば悪霊の憎しみは自分に向くし、普通の霊でも悪霊に転じることなど珍しくもない。


 力づくで消せるのは、よほど腕のある霊能者だけ。あいにく自分は、至極一般的。幽霊は見えるし、会話もできるし、祓えもするが、それだけだ。だから、調査と事前準備には時間をかける。


「さて、まずは、現地に行ってみなければ、なにもわからないだろうな」


 私は依頼主に教えてもらった住所を元に、彼女の祖父母を訪ねてみることにした。新宿駅から中央本線に乗り、東京駅へ。


 東京駅から新幹線に乗りこみ、途中で特急に乗り換え、某県へ。その主要駅からさらに私鉄を乗り継ぎ、女性の祖父母の住む村へと向かう。


 到着したころには、もう日が陰り、夜が現れようとしていた時であった。どうやら、この家に呼び鈴はないようだ。戸を、叩く。


「ごめんください。正見霊障解決事務所から来ました、本堂正見(ほんどうしょうけん)です。


「はい、はい……今、開けますよ」


 中から、(しゃが)れた老婆の声が聞こえる。ガラガラと、ゆっくり引き戸が開く。


「お待ちしておりました。おあがりください」


 腰の曲がった老婆が、私を招き入れる。無理もないだろう。周囲は水田が、その奥には山が。長らく米作りに関わっている証だ。


「バチ当たりな孫が、寄越してきたのが、霊能力者とは。いやはや、嘆かわしや……」


 そんなことを、老婆が呟く。孫が、夜の仕事をしているのだ。気持ちは、わからなくもない。そのまま老婆の後を追い、居間へと通された。


「今日は、お爺様は」


「町内会の集まりとかなんとか、言っていましたよ」


 なるほど。孫娘と祖父母の関係は、良好ではないのか。これが、件の息子が原因か、それよりも前からかは、聞かねばわからないな。


 私はちゃぶ台前へ着席を促され、座る。お茶と茶菓子が出されるが、手をつけない。


「改めまして、本堂正見です。本日は、ひ孫さんが失踪した件で、お伺いした次第です」


「そうですか、そうですか。しかし、あの薄情な孫娘が、霊能者とは、どういった風の、吹き回しですか」


「薄情、ですか」


 女性が事務所を訪ねてきた時は、少なくともそのような印象は受けなかった。どういうことだろうか。


「ええ、ええ、そうですよ。大事な息子がいなくなった時も、一度帰ってきたっきり、私たち夫婦に対し、お前らが、殺したんだろうと、実の祖父母に向かって、なんという……。嘆かわしや、嘆かわしや……」


 老婆はそう言うと、黙りこくってお茶を啜り始める。私はこれでは埒が明かないと、別の質問をする。


「ひ孫さんが失踪した時のことを、詳しくお聞かせください」


「いいでしょう、いいでしょう。何度でも、いたしますとも。忘れもしない。あの日は、台風が迫っておりました」


 そう、老婆が話し始めた。私は、口を閉じ、話を聞く。


 ◆


 その日は、日曜日。これから来る台風に備え、家の雨戸を閉めようとしている時でした。突然、友達の家に行くと言いだしたのです。台風が来ていると言うのに、それなのにですよ。


 爺さんも、わたしも、止めましたとも。それなのに、学校でもらった提出物がどうのとか、すぐ戻るからどうのとか、そんなことを言い、しまいには、わたしらを振り切り、手ぶらで飛び出していってしまった。


 幸いにも、まだ台風は遠洋の上、多少風が強くなった程度でしたので、近くの家を周り、応援を頼み、捜しました。


 電話も、しましたとも。担任の先生に頼んで、ひとりひとり、学校の生徒の家へ、電話をかけました。幸いにも田舎で、そこまでの人数はおりませんで。


 その日は休日で、更に台風だということもあり、どの家にも人がおりました。しかし、そのどの家もが、うちには来ていないと言うのです。周りの家々もです。どこにも、いない。


 では、どこへ行ったのか。わからないまま時は過ぎ、風は強まり、雨は降り出します。東京でフラフラしている孫にも、電話をかけました。一応、腹を痛めて産んだ子ですから、いなくなっては心配だろうと。しばらく会っていなくとも、知らせなくては。そう考えて、電話をいれました。


 孫は、酷く怒り狂っていました。わたしらの監督責任だとか、なんとか言って。まだ三歳にもならない息子をこの家に置いて消えたのは、誰だったか。そんなことなかったかのように、当たるのです。


 そして、東京からこの家まで来ると。台風の中ですよ。しかし、最近の新幹線はすごいのですね。まだ本降りでなかったからか、家まで来れると。此度(こたび)の台風は、動きが遅いから、大丈夫だと。


 あの電話は確か……昼過ぎでしたか。そして、五時間ほど。雨風は、横殴り。電車など、とうに止まるほどです。にも関わらず、孫はやってきました。駅からタクシーを使ったのか、家の前まで車で。


 そこからは、もう思い出したくもありません。わざわざ叱責するために来たのかと思うほどに、わたしらを責めるのです。悪くないとは言いません。しかし、もう夫婦揃って八十にもなろうかというのです。わんぱくな子どもを止められるほどの力は、残っておらなんだ。


 孫は、わたしらに一通りの罵詈雑言(ばりぞうごん)を浴びせたあと、台風が過ぎ去るのを見計らって、さっさと帰ってゆきました。自分の息子を、捜すそぶりも見せず。なんと、なんと薄情か。


 ですからわたしは申し上げたのです。あのような孫娘は、自分の息子に情などない。薄情だ、と。


 ◆


「……なるほど、事の経緯ははわかりました。おふたりの、確執も」


「ええ、ええ、ですから、ほどほどに切り上げてくださって結構ですよ」


「自分は、仕事ですから。依頼された手前、そういうわけにもいかないのですよ」


 出された灰皿を引き寄せ、持ってきたタバコに火をつける。一服したあと、老婆に礼を言い、家を後にすることにした。聞きたいことは、聞けた。あとは、ひとつだけ。玄関で革靴を履いたあと、訪ねた。


「当時のことを思い出させるような真似、申し訳ありません。それと、最後にひとつ。このあたりで、霊や、それに準ずる噂のある場所をお教え願いたい」


「……それならば、廃駅がひとつ。山をひとつ越えた先に。そこでは、電車がこないのに、夜な夜な汽笛の音が鳴り響くと、噂になっております。聞こえたら最後、二度と戻ってこれないとかで、地元のものは誰も行かなんだ。くれぐれも、くれぐれも……」


 そう老婆は言い、くわばらくわばらと、そう口に出しながら、引き戸を閉めた。空は、すでに仄暗(ほのぐら)くなっている。山ひとつ。なるほど、革靴だときついか。しかし、廃線ならば、線路を辿れば着く。覚悟を決め、廃線路を辿(たど)り、廃駅まで歩いた。


 山の谷間に作られた線路は、長年打ち捨てられていることがわかるほどに雑草が生い茂り、枕木は苔むし、両脇の高草(たかくさ)がアーチを作る。


 カナカナカナ、とひぐらしが音を奏でる。ザク、ザクと進む。途中、橋がかかっていた。短い、石の橋だ。その下は近い位置にごつごつした岩場と、川のせせらぎ。だが、人が立ち入っている気配はない。


 歩くこと二時間。夜も更け、腕時計を確認すると短針が八を指していた。まだ、駅は見えない。闇も深まり、懐中電灯を使わなければ一寸先も見えない。それほどの闇。廃線を辿っているからなんとかなっているが、周囲の音はすでに、なんらかの生物が発生させるガサガサといった音や、夜鳥のホー、ホー、ホロホロ、ホー、ホーといった鳴き声のみ。他の音は、自分の足音だけか。


 そして歩くこと更に三十分。ついに、教えられた廃駅につく。ホームは(こけ)に覆われ、ほとんどのものは風化し、朽ち果て、椅子が残っているだけ。もう、五十年は使われていないのだろう。しかし、目を引くのは横に建てられた変電所。取り壊されず、残っている。


 まだ、丑三つ時には早い。タバコに火をつけ、残っていた椅子に浅く腰掛ける。小さな赤い光だけが宙に浮き、自分の顔を照らしている。


 フーと、吐き出した白の煙を、黒の空間が攪拌(かくはん)する。


 駅は、あの世とこの世を繋ぐ。使われていない駅には霊が集まり、自然と霊道を形成する。死者はその霊道を通る汽車に乗り、あの世へと導かれる。誘われた生者がその汽車に乗り込めば、そのまま死者として、あの世へ誘われるだろう。


 聞いた話を整理すれば、この廃駅が霊道になっている可能性が一番高かった。しかし、そうではなかった。その、痕跡もない。残念ながら、ハズレか。この漆黒の中、山を降りるのは危険だ。そう判断し、私は幽々たる闇夜の森で一人、野宿をすることにした。幸い、タバコはある。椅子もある。一晩くらいなら、どうとでもなるだろう。そう考え、目を閉じ、椅子に腰掛けたまま、寝てしまったのだ。


 ホー、ホー。夜鳥が鳴く音で、私は目を覚ました。時刻は、午前2時を過ぎた頃。丑三つ時だ。まさか、こんな時間に目を覚ますとは。しかし、丑三つ時に汽笛の音が鳴るという話はなんだったか。霊の存在も認められない。ここは、ただの廃駅で。それ以上でもそれ以下でもない。やはり、振り出しか。


 ホー、ホー。まただ。一定間隔で鳴く夜鳥がいる。だんだんと、近づいてくる。


 ホー、ホー。ホー、ホー。


 違う。


 これは……この音は、汽車の警笛だ。


 どこだ、どこから聞こえてくる。なぜ、霊道ではないのにこの音が聞こえる。なぜだ。私はあたりを見回した。音の出どころは、どこだ。音の方向を、探る。なるほど、あそこか。


 私の視線の先には、朽ち果て、錆びれた変電所があった。


 音を頼りに変電所へ向かい、戸を開け、中を見渡す。設備は残っている。しかし、動いてはいない。汽笛の音は、すでにおさまっていた。


 しばらく中を観察する。とくに変わった部分はない。ヒョオオ、少し、風の音。すると、


 ホー、ホーー!


 と汽笛の音が大きく、変電所の内部で反響する。汽笛は、一度大きな音を鳴らして、遠ざかる。遠ざかってゆく。


 私はひとりでに、なるほど、とつぶやくと、地上へ戻る。そして、二つ折りの携帯電話を取り出し、ひとつ電話をかけたのだった。


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この話は、俺だけ持ってるゴースト特攻!? 〜最強退魔師(自称)はゲームでもゴーストから逃れられない〜のスピンオフです。こちらはホラーコメディなので、怖くはないです。
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