依頼編
駅は、ときにあの世とこの世を繋ぐ場所となる。
それが駅そのものなのか、列車なのかは、誰にもわからない。
某県某所、山中にある、とうに廃線となった私鉄。
その中のとある無人駅では、夜な夜な丑三つ時に、汽車の警笛が鳴り響く。
ただその廃線に、汽車が通る気配はない。駅は、いつもと変わらず、山中に佇む。
今日もまた、汽笛が響く。まるで、死者を誘うように。
夜鳥が、ほろほろと鳴く。まるで、生者を呼び寄せるように。
◆
「それで、誰を捜して欲しいのですか?」
「私のいなくなった息子を、捜して欲しいのです」
ここは、新宿歌舞伎町、外れある雑居ビルの二階。名は本堂正見、小さな霊障解決事務所を開いている。
まぁ、簡単に言えば心霊現象を調査して、解決する、そんな仕事をしている。
歌舞伎町はいい。夜街は愛憎が渦巻く。依頼には困らない。
切った張ったが日常茶飯事、誰それに恨まれているだの、呪われたからどうにかしてだの、そんな依頼に事欠かない。こんな、町外れにある雑居ビル、スナックばかり入ったフロアでも、いくら胡散臭くても、依頼人には困らない。
切羽詰まった人間は、こんな怪しげな場所にある怪しげな事務所でも、藁にもすがる思いで訪ねてくる。
そして、今日の依頼者は、二十代中盤の女性。背格好から、キャバ嬢か、バーの店員、まぁ、遠からずだろう。捜し物は、息子。八歳。少し、珍しい依頼だ。私は火のついたタバコを灰皿に置き、渡された写真を見た。
「息子、ねぇ……」
フー、と息を吐きながら頭をぽりぽりと掻く。とにかく、こういった本物の依頼は珍しい。
普通は同業に呪われてるから祓えだの、コマした女が生き霊を飛ばしてくるだの、まぁ、そういった小粒な依頼がほどんどだ。
ただこれは、そのどれとも違う。きっと、まともな結末にはならないだろう。
「で、捜し人なら普通は警察か、探偵だ。うちに来た理由を、話してもらいましょうか」
置いたタバコを手に取り、ふかす。ジジ、と先が赤くなり、煙がコンクリート打ち放しの室内に充満する。
「夜な夜な、枕元に息子が立つのです。ママ、どこにいるの。ママ、寒いよ。ママ、僕はここにいるよ、と。毎晩、毎晩」
女は、そう吐き出した。夢枕に立つ、か。
「先に言っておきますが、息子さんはもう死んでいる。それでも、捜しますか」
夢枕に立つのは、死者だけだ。生者は、立たない。立てない。だから、死んでいると、女性へ伝える。
「……わかっています。これは息子の霊なのだと、感じました。ですが、それでも大事な息子です。ですので、悲しいことではありますが、成仏させてあげて欲しいのです」
「……なぜ、八歳の息子が突然いなくなるんでしょう?」
「……祖父母の家に、預けていました」
あぁ、これもまた、よくあることだ。若くして子を授かり、育てられずに親族へと預け、自分は夜の街で働く。無責任だが、それも人の性だ。
「それで?」
「一年ほど前、突然息子がいなくなりました。祖父母には、友達の家に遊びに行くと言い、それっきり。警察にも頼み捜しましたが、見つからず」
「それで、最近夢枕に立ったから、霊能者に探してもらおうと?」
こくん、と首を縦に振る。
「まあ、いいでしょう。お受けします。ただ、どういった結果になろうとも、文句は言わないでくださいよ」
私は、目線を落とし言う。
女性は、コクリと頷くと、事務所を去り、夜の街へと消えていった。
とんでもない依頼を受けてしまったと私は窓を開け、視界を埋めるとなりのビルの壁に、タバコの煙を吹きかけたのだった。