恋する少年とその親友の乳のみ子的問答
放課後、西日に包まれながら中庭のベンチに一人座る少年。そこにもう一人の少年が駆け寄る。
「丈志、おまたせー。」
「いや、それほど待ってねえぜ…ん?達史、ブレザーの内ポケットやけに膨らんでるぞ?」
「ごめんごめん…あ、これね、『机に敷いてある透明なマット』だよ。なんか今貰ってきた。」
「おー、そういうのは持ってるに越したことねえからな!よかったな!で、話って何だ?」
「ちょっと聞いてほしいことがあってさ、千子の好きな人についてなんだけど。」
多々北千子。この少年の家の隣に住む娘であり、その付き合いは実に十余年に及ぶ。俗にいう幼馴染というやつである。
「ほほう、千子ちゃんの好きな人、ねえ」
「千子に昼休み呼び出されてさ、何かと思ったらお弁当くれたんだよ。せっかくだから二人でしゃべりながら食べてたんだけど、急に千子が好きな人がいるって言いだしてさ。誰なのか聞いたらその好きな人の名前忘れたっていうんだよ。」
「おめえ、昼休み気づいたらいなくなってたから淋しかったんだぜ…まあ、お前が10年間無益にも片思いし続けてる千子ちゃんからの呼び出しだったなら仕方ないな。ってか千子ちゃん、好きな人の名前忘れちゃうって、それどうなってんの?まあ、でも武道一徹って感じの千子ちゃんが好きな人ってなると4月に転校してきた戦闘民族の王子か、おとといアメリカ軍を一人で倒したって言ってた半間んとこの親父さんじゃね?」
達史は自分にボッチ飯を強いておきながら女の子とお昼ご飯を食べていたという達史に対して、一時間に100㎜を超える非常に強い嫉妬心を抱いている。
「え、急に辛辣…あー、それが違うらしいんだよな。いろいろ聞いてみたんだけどわからなくてさ。」
「じゃあ俺がさ、千子ちゃんが好きな人、一緒に考えてやるから、どんな特徴言ってたか教えろよ!」
どれだけ置かれた状況に格差があろうと友達は友達。親友の相談に乗るのは当たり前のことである。決してテキトーなこと言って混乱させてやろうとか思っているわけではない。
「えっと、身長182cmで、体重が75㎏、同じ学年で千子の隣に家がある男だっていうんだよ。」
「お前じゃん!その特徴はもう完全にお前じゃんか!すぐわかるぜ、こんなん!…てか身長とか体重やたら正確なのなんで?怖いんだけど…」
親友の朴念仁っぷりへの驚きと親友の幼馴染が持つ情報の緻密さへの恐怖で頭がいっぱいとなる。
「でも、わからないんだよ。」
「なんでわからねえんだよ。」
「僕も正直自分かな思ったんだけどね、千子が言うにはその人はあらゆる分野で秀でた実力を見せるっていうんだよ。」
「おー……じゃあ、お前じゃないなぁ。達史が秀でてることってないもんね。恵まれた体型をもちながらそのメリットを台無しにして余りある圧倒的運動センスの壊滅っぷり。まじめな授業態度からは想像もつかない絶望的なテストの点数。見てくれと実力のギャップで人が墜落死するのよ。お前じゃないのかー。じゃあ、もうちょっと詳しく教えてくれる?」
「千子が言うにはな、いつも猫背で基本的に誰とも目が合わないらしい。」
「お前じゃんか!立てば幽霊座れば置物歩く姿は使徒サキエルなんだから、達史は。目線で人を石にでもするのかってくらい頑なに目を合わせようとしないんだから。達史に決まりだろ、そんなもん。」
この学園の七不思議のひとつ、夕闇の中、学校を徘徊する不気味な男の正体は何を隠そうこの少年である。三日に一回学校に忘れ物を取りに帰る彼の姿が薄暗い廊下にあって恐怖を呼び起こしてしまうのは或る種必然である。
「でも、わからないんだよ。」
「なんでわからねえんだよ。」
「僕も自分かなって思ったんだけどね、千子が言うにはその人は先生にも頼りにされてるくらい頼りがいがあるらしい。」
「じゃあお前じゃないじゃんか!最初の頃は先生たちもその見てくれに騙されて達史に学級委員とかをやらそうとするけど、ひと月もすればそのポンコツ具合に気づいて5歳児に向けるような優しいまなざしで達史を見だすんだから。やっぱり達史じゃないな。もうちょっとなんか言ってなかった?」
「千子が言うにはな、嫁にしたいらしい。」
「じゃあお前じゃんか!達史は料理研究部のエースにして、学園の清掃を一手に担う清掃委員会の委員長なんだから。さっき秀でてるとこないって言ったけど、こと家事になると素晴らしい手際の良さを見せるんだから。この間なんて学校に生えてた雑草だけで家庭科の先生泣かせるくらいおいしいサラダ作ってたし、達史が掃除した後の廊下はピカピカ過ぎて女子のスカートの中が映ってしまうって問題になったくらいなんだから。達史の嫁力は53万なのよ。達史にきまりじゃんか、そんなの。」
ちなみに清掃委員会副委員長は千子である。整理整頓などは大の苦手である彼女であるが、学校へ稀によく来るテロリストなどの武装集団を「かたづける」のに一役も二役も買っているとか。
「でも、わからないんだよ。」
「なんでわからねえんだよ。」
「僕も自分かなと思っただけどね、千子によると千子に勝てるのはその人だけらしいのよ」
「じゃあお前じゃないじゃんか。達史が千子ちゃんに勝てるわけないんだから。野球でボールよりバットを遠くに飛ばす達史が、月例の全校朝会で毎回のように地球を救ったことで表彰される千子ちゃんに勝つなんてありえないから。あれー?じゃあ、もうちょっとなんかいってなかった?」
「なんか千子が言うには、その人は常人とは比べ物にならないくらい運が悪いらしい。」
「じゃあやっぱりお前じゃんかー!達史は前世で彼女をほっぽってほかの女と肉体関係を持った挙句、懐妊したっていう彼女相手に堕胎を提案したのかってくらい運に恵まれてないんだから。あんだけ校内きれいに掃除してるのに一日一回はなぜか廊下に落ちてるバナナの皮で滑って転ぶとか何かの野呂にかかってるとしか思えないのよ。達史に決まり。わからねえことなんかない。千子ちゃんの好きな人は達史、お前で決まりだ!」
「千子がいうにはね、千子の好きな人は僕じゃないっていうんだ」
「じゃあおまえじゃないじゃん!千子ちゃんが達史じゃないっていうんだったら達史じゃないじゃん!先言えよ!俺が国民的ラブコメディを例に挙げてまでお前の運の悪さを語ってた時どう思ってたわけ!?」
「いや、申し訳ないな、と。いや、でも丈志、この会話で僕の事を散々にいってたようにおも「いやー、わからない!わからないなー!千子ちゃんの好きな人、だれなんだろ!」
「露骨に話そらしたね…なんか、千子の妹の萌奈ちゃんによると、うちが飼ってる名犬コンフレじゃないかって」
「いや、絶対違うだろ!」
M-1の漫才が採点されるように、この作品も評価してくださいまし