間抜けな悪役令嬢はまだ芽吹かない
「こんにちは初めまして、わたくしの名前はステラと申しますー。さぁあなた様の名前を教えてくださいませぇー」
「…ノア、だ」
「まぁーノア殿下!かぁーこいお名前ですねぇー!」
「…お前、馬鹿にしてるのか?」
「いーえいーえ滅相もない!畏敬の念しかごさいませんよぉ!」
「……」
これが、わたくしと殿下の初対面だった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「………はっ!」
目が覚めたら、口の周りによだれが……。
じゃなくて。
目が覚めたら、"ぜんせ"という言葉が頭に浮かんだ。
……ん?ナニソレ??
わたくしは口の周りのよだれを手の甲でぬぐいながら、目を瞑って無い頭を回転させる。
……あ、分かった!
考えた結果、わたくしは乙女ゲーム"薔薇色のナイト"の世界の悪役令嬢に転生してるんだ、という答えが落ちてきた。
この乙女ゲームは超超コッテコテで、庶民生まれのヒロインが男爵に拾われて王子一派のイケメンと恋に落ちる、というもの。
ワゴンで異様に安く売られてたこのゲームを暇潰しに買ったわたくしでさえドン引きするくらいのストーリーなのだがそれはともかく。
わたくしはベッドを降りて、乙女の必需品である手鏡を引き出しから探し出した。
「鏡よ鏡、わたくしはだあれ?」
「あなた様は、ヒロインと攻略対象の仲を邪魔する、ベッタベタの高飛車令嬢ステラ様であらせられる」
ぐえ。マジで悪役令嬢転生だ。
思わず一人で魔法の鏡とお妃になりきっちゃったよ。
まあわたくしはお妃様なんかにゃなりたくないけど。
ゲームのわたくしは、庶民がわたくしの婚約者に手を出すなんて、とかテキトーな理由付けて好きでもない王子その他を取り合ってたっけ。
現実のわたくしはというと―――――
ガチャ
「…ステラ。まだ寝てたのか」
「あ、ノア殿下。休日だしいーじゃないですかー」
「…今日は俺と出かける約束をしたはずだが?」
「器の小さい男ですねぇー。そんなことで淑女の寝室を訪れるなんて、それでも紳士なんですかぁ?」
「…お前が、約束の時間を三時間過ぎてなお寝ててもか?」
「……はぁ。しょーがないですねー準備しますよー」
まったくせっかちなお人だ。
わたくしは溜め息を付きながら支度する。
「ノロノロするな。さっさと済ませろ」
「わぁってますよ。さーさ出てってくださいな」
カチャン
……と、まあこの通りわたくしたちの仲は悪くはない。
すれ違っても睨み合わないし、断罪だってされないだろう。
でも、特別良い訳でもない。
ヒロインが現れても多分別に何とも思わないし、殿下が傾いても嫉妬しない。
わりとドライだし、せいぜい親友ってとこだ。と、思う。
ガチャ
「終わったか」
「きゃー覗き」
「……服全部着て、髪も結って、装飾品まで付いてるのにか」
ありゃホント。考えてたら、いつの間にか終わってたよ。
ちなみに、メイドさんはいない。
公爵令嬢としたら有り得ないけど、わたくしは甲斐甲斐しく世話されるのが嫌いなのでパーティーとかの日以外は全部自分で支度する。
「残念でしたー」
「……何がだ」
「着替えイベント恒例、『キャ☆ あの子の裸みーちゃった☆』が無くてですよ。決まってるでしょう」
「……私はお前の頭が心配だ」
「今更でしょう」
「そうだな、今更だった」
こうして、わたくしたちはくだらないおしゃべりをしながら出掛ける。
「…そいえば、どこ行くんでしたっけ?」
「…昨日言ったんだがな。オペラとレストランだ」
へー。…なんかヒロインと王子のデートイベントもそんなコースだったような。
「デートみたいですねー」
わたくしがそう言うと、ノアは目を見張った。
そして、呆れたように呟く。
「……デートなんだがな」
「? なんか言いました?」
「……いや」
こうして、わたくしたちは出掛けていった。
…下町生まれのヒロインに惚れるノアが、いつの間にかこんな性格のわたくしとの友愛を恋愛に変化させていたことを、わたくしは知らない。
ノアがこの先出会うヒロインに見向きもせずに、わたくしを口説くことも、知らない方が幸せだ。
勿論、そんなノアにわたくしが根負けすることも。