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エピソード1 『 - とある三匹の受験生 - 』

鷹が飛んでいた。

雲のない青空を自由に飛び回っていた。

太陽の光を背に険しい山々を飛び越えていく。

すると、ある山の頂上に何かが見える。それは壁だった。

山頂の周囲を円状で囲み、とても頑丈そうな厚い岩壁。

鷹はさらに上昇すると、壁の中には緑豊かな芝生が広がっていた。

木々や野花が所々で生え、風に揺られている。

その隙間を縫うように一匹の蛇が身をくねらせながら地面を這う。

鷹は狙いを定め、芝生の上を低空飛行で飛ぶと鋭い爪で蛇の胴体を掴みあげ、太陽の中へと飛び去って行った。

壁の奥には立派な洋風建築の学園校舎が建っていた。

外観は白く古びたレンガ造りの建物で屋根の上には鐘楼塔も建っている。

大きな校舎を中心に、傍には宿舎や小屋など壁の中には様々な建造物があった。

校庭の中央には庭園があり、花壇に沿って石畳の通路が通っていた。

そこへ二匹の白い学生服を着た魔物が石畳の上を駆け抜ける。

それは豚の頭をした大柄なオークと、三つの頭を持つケルベロスだった。

オークはケルベロスの上に跨り、じゃれ合うようにして地面の上を転がって笑い合う。

「ちょっと!アナタ達なにやっているのよ。」

そこにロリアが通りかかり、二匹に注意した。

彼女は二匹の前まで歩み寄り、自分の倍以上の高さはあるオークを見据え、ムッとした顔で言う。

「そんな風にして遊んだら制服が汚れるじゃないの、洗うのは管理人なんだから、もっと大切にしなさいよね。」

二匹の魔物は申し訳なさそうな顔で頭を下げる。

「ごめんなさい、ロリア先生。」

「もう~。」とぼやきながら、ロリアは二匹の制服についた土を手で払ってあげる。

だが土がスリ込まれた制服の汚れは落ちず、彼女は溜息を吐いた。

「やっぱり汚れちゃってるわね。染みになっても困るから、とりあえず管理人の所へ行きましょうか。」

呆れ顔でそう言うと、ロリアは二匹を連れて石畳の道を歩き出した。


物干し竿が無数に並べられた校庭裏。

竿には白い制服が大小様々なサイズで干されており、穏やかな風でなびいていた。

日差しが洗濯物に降り注ぎ、一匹の白い竜人が満足そうに最後の洗濯物を干し終える。

レイブックだった。

彼は背中で後ろ手を組みながら青空を見上げ、上空を飛ぶ鷹をジッと眺める。

「凄い量ね、レイブック。」

その声にレイブックが振り向くと、石畳の通路からロリアが歩いて来た。

「最近は晴れの日が多いので洗濯物がよく乾きます。」

レイブックがそう答えると、彼はふと気付く。

ロリアの後ろにはケルベロスとオークが汚れた制服で申し訳なさそうな顔をしていた。

「どうされましたか、ロリア。」

「この子達が遊んで制服を汚しちゃったのよ。悪いけど後でこの制服も洗ってくれない?」

するとレイブックは服の汚れをまじまじと見つめ、二匹の生徒に言う。

「わかりました。それでしたら君達、もう一度遊びに行ってはいかがでしょうか?どうせ洗濯するなら、多少まだ汚れても問題ありませんので。」

その言葉に二匹はロリアの顔を見つめ、彼女は呆れ顔で微笑む。

「管理人の許可が出たなら仕方ないわね。遊んできなさい。」

二匹はお互いの顔を見合わせると暗い表情から一転、笑い顔を浮かべ、そのまま校庭へと走って行った。

その後ろ姿を見送るロリアとレイブック。

「少し甘やかし過ぎたでしょうか?」

「そんな事ないわよ。楽しく過ごしてくれるならそれが一番よ。」

「確かにそうですね……ところでロリア、午後の授業はもう終わりでしたね。それなら紅茶でも入れて差し上げましょうか?」

「あっ!ならクッキーも一緒に焼いてよ!」

笑顔を浮かべながらロリアが言うと、レイブックは素っ気なく返す。

「ダメです。夕飯が食べられなくなるでしょう?」

「え~ダメ?」

「ダメです。」

「……私には全然、甘くないのね。」

不機嫌そうに子供っぽく小さな頬を膨らますロリア。

ふと太陽が雲に隠れたように、二人の周囲が薄暗くなる。

ロリアは上を見上げると黒い影が頭上からゆっくり彼女の元へ降りてくる。

グリフォンだった。

鷹の上半身と、ライオンの下半身を持つ魔物。

白い学制服を上下に着ており、制服の背中からは鷹の翼をバサッ、バサッ、と羽ばたかせていた。

猛禽類特有の黄色い眼でロリアを見据えながら、彼は鋭い爪を地面に食い込ませて着地する。

そして二足歩行でロリアに歩み寄り、軽く会釈する。

「どうもロリア先生、捜しましたよ。」

グリフォンの登場に顔色一つ変えず、ロリアが訊ねる。

「私に何か用?」

「校門の前に入学希望者がいました。空を飛んでいたら見つけたので報告しようと思いまして。」

ロリアは銀の懐中時計をとり出し、時間を確認した後にレイブックの方を向く。

「話を聴くわ。レイブック、入学希望者を中に入れてあげて。」

「わかりました。紅茶はまた今度ですね。」

レイブックはそう言い残すと、洗濯かごを持って校庭の奥へと歩いて行く。

そしてロリアはグリフォンに礼を言うと、両手で角帽をかぶり直し校舎の中へ入って行った。




そこはロリアの個人教員室だった。

洋風の室内は広々としており、赤い絨毯が敷かれている。

外はまだ明るく、窓からの木漏れ日が床を薄く照らしていた。

「こんにちは。私はロリアよ。」

部屋の奥には立派な机が置かれ、その席にロリアは座っていた。

その斜め後ろには背中で後ろ手を組んで佇むレイブック。

ロリアは、ぎこちない笑顔を浮かべながら、とても複雑そうに前を見つめる。

部屋の中央に置かれた椅子には一匹目の受験生が座っていた。

その魔物の身体はゼリー状の液体で出来ており、蒼白い表面をプルプルさせている。

大きさは人間の赤ん坊ほどで、椅子の上にちょこんと乗っていた。

「ねぇ、この子ってスライムよね…?会話とか通じてるかしら?」

ロリアが不安気にレイブックに声をかけ、彼は頷く。

「ええ、問題ありませんよ。見てください。」

前を見るとロリアは驚き、「わっ。」と声を漏らす。

スライムの表面が盛り上り、それは人の顔のような形を成してゆく。

そして、魚のように口をパクパクさせて言った。

「こんにちは、ロリア先生。」

スライムの声はとても若く、男の子のような声だった。

一瞬、呆気にとられながらもロリアは一度咳払いをして、改めて口を開く。

「では今から面接を始めます。アナタの返答によってこの学園に入学するかどうかを決めたいと思います。」

「はい、先生。」

「アナタに聴きたい事はたった一つよ。この学園に入学して‘人間’の何を学びたいの?」

スライムはやや間を置き、真剣な声で言う。

「僕は鉄砲の作り方を教えてほしいです。」

彼の返事にロリアは真顔になる。

「あぁ先生、心配しないで下さい。引き金ならこの通り引けますので。」

スライムは身体の一部分をニョロニョロっと盛り上がらせ、その部分が人間の手の形になる。

「……アナタはそれを知って、どうしたいの?」

ロリアが訊ね、スライムは少し口籠りながら言う。

「仕返しです…。僕はどうしてもトードマンを殺したいんです。」

トードマンとは、人型蛙の魔物の事だ。

スライムは顔を曇らせ、こう続ける。

「僕の村はデルボック山という所にあり、妹と二匹で穏やかに暮らしていました。でもある日、奴らが……トードマン達が僕の村を襲撃したんです。」

すると後ろにいたレイブックが身を屈ませ、ロリアに耳打ちする。

「トードマンは水辺に棲むスライムを捕食して生活します。彼の村もその標的になったのでしょう。」

スライムは次第に憎々しく、そしてとても腹立たしそうな口調で語る。

「奴らは僕の前で妹を丸飲みにしたんです。しかも……口の中でもがく妹を奴らは笑いながら、踊り食いを楽しむように食べていた…。僕は奴らが許せない………だから人間の鉄砲を使って、奴らを皆殺しにしてやりたいんです。」

気の毒そうにスライムを見つめるロリア。

「アナタはそれが正しいと思うの?」

「勿論です!僕らは何も悪い事はしてないのに一方的に虐殺されたんですよ!先生も死ぬべきは奴らだって思いますよね?」

「…………。」

自分は正論だ!と、訴えるようにスライムは大声でロリアに言う。

少女と白い竜人は何も言わず、ただその様子を見つめていた。

「それで僕は合格なのでしょうか、ロリア先生?」

最後にスライムは二人を見つめながら、そう訊ねた。


――――――翌日。


薄暗い水面に、勢いよく井戸桶が投げ込まれる。

たっぷりと水を汲んだ桶が、結ばれたロープによって上へ引き上げられていく。

レイブックは校庭の井戸で汲み上げた水を如雨露に移すと、それを持って花壇に水を撒く。

そして彼はまた井戸に戻り、水を汲み、また花に撒く。

表情も無く、何度も機械的にそれを繰り返し、校庭に広がる全ての花壇に水を与える。

花びらには粒状の水滴が溜まり、太陽で小さく輝いていた。

その中の一輪に手を添え、空いた片手で下あごを撫でながら、レイブックはジッとそれを見つめた。

「何しているのよ、レイブック?」

後ろの石畳を通ったロリアが、彼の背中に声をかける。

「いえ。雨が降らなくて最近、花壇の花に元気が無いのです。」

ロリアも花壇の前でしゃがみ、サルビアの花に触れる。

「もう三か月も降ってないものね、雨。」

そう言いながら、ロリアは快晴の空を見上げる。

するとレイブックは石畳の通路に止めてあった荷車から草刈り鎌を手に取り、花壇の傍でしゃがみ込む。

そして花壇に咲いているサルビアの根本に刃を当てる。

「この花は刈り取って今日の夕飯に出しましょう。草食系の生徒も多いので。」

「ちょっと、可哀そうじゃない。」

ロリアの言葉にレイブックは首を傾ける。

「そうでしょうか?枯れる前に何かの糧になったほうがいいと私は思うのですが?」

「それはそうかもしれないけど…。」

不満気にロリアが言う。

「こんにちは、ロリア先生。管理人さん。」

そこへ上空から翼を羽ばたかせながら、二人の傍にまたグリフォンが降り立つ。

「あら、こんにちは。また授業でわからない所でもあったの?」

「いえ。そうではなくまた校門の前に入学志望の方が来ていたので報告しに来ました。」

思わず、ロリアとレイブックがお互いの顔を見合わす。

「これはまた珍しいですね。」

「ええ、昨日スライムが来たばかりなのに…。」



昼下がりの個人教員室。

その机でロリアはとても複雑な顔を浮かべていた。

「……こんにちは。私はロリアよ。」

彼女の挨拶に合わせて、後ろに立つレイブックも軽く会釈をする。

二人の前には二匹目の受験生が立っていた。

「あら、こんにちは。ロリア先生。」

受験生はトードマンだった。

背はロリアと同じくらい小柄で、腰に布切れを巻いている。どうやらメスだ。

顎下から腹にかけて表皮は白く、それ以外は黄緑色のブヨブヨとした皮に覆われていた。

左右に突き出た目玉をギョロギョロと動かしながら二足歩行で歩き、前の椅子に座った。

ロリアは言う。

「では面接を始めます。アナタに聴きたい事はたった一つです。この学園に入学して‘人間’の何を学びたいのですか?」

「銃の作り方を教えてほしいの。」

即答だった。

ロリアは表情を曇らせ、真剣な眼でトードマンの眼を見据える。

「人間の銃でアナタは何をしたいの?」

横長に伸びた黒い瞳を細めながら、トードマンは天井を見上げて言う。

「復讐よ。私はね……近くのデルボック山に住んでいたの。そこにはトードマンの村があって、息子と何不自由なく幸せに暮らしていたわ。奴らがやって来るあの日まではね……。」

そこで彼女は言い淀み、レイブックが言葉を促すように訊ねる。

「奴らとは?」

「ナーガよ。」

それは頭と下半身が蛇の形をした魔物の事だった。

トードマンはこう続ける。

「ナーガ達は私達の村を襲い、次々に仲間達を食べていったわ。そして息子は私の眼の前で奴らに丸飲みにされたの……私はただ恐怖で動けず……見ている事しかできなかったわ……。」

まるで後悔するように声を絞り出し、彼女は左右の瞳から大粒の涙を流す。

「あの蛇どもを根絶やしにしたいの!だからお願い、私にどうか人間の銃を教えて頂戴。息子の敵を討たせてほしいの…!」

ロリアは思い詰めた眼で彼女を見つめ、切なそうな声で訪ねる。

「それでアナタの気持ちは晴れるの?」

「そんなの知らないわよ!ただ私は……息子を奪った奴らが許せないだけなの!」

嗚咽混じりに、そしてヒステリックにトードマンは叫ぶ。

ロリアは彼女から目を逸らさず、静かに言う。

「最後に聞くけど、アナタ達トードマンが食べていたスライムの事を、アナタはどう思うの?」

するとトードマンは涙を止めしばらく黙った後、懐かしそうに下を見て微笑む。

「スライムですって?ああ、アレはウチの子の大好物だったわね。オヤツの時間になるといつも美味しそうに食べていたわ。あの笑顔がもう見られないなんて……。」

ボコッと膨れ上がった指先で涙を拭いながら、想い出に浸るようにそう呟く。

そして「ゴメンなさいね、急に…。」と言った後、トードマンはロリアに訊ねる。

「それで私は合格なのでしょうか、ロリア先生?」



―――――――翌日。

相変わらずの青空が学園の上に広がっていた。

校庭の隅にある井戸にはロリアが立っている。

彼女は桶を井戸の底へ投げ込むと袖を捲り上げ、小柄な身体で一生懸命ロープを引っ張りあげる。

「うぅ~~ん!」

水を汲んだ桶が井戸の底から上がり、ロリアがそれを覗くと水鏡で自分の顔が映る。

そして何かを見比べるように、彼女はまた井戸の底を覗き込む。

「何をしているのですか、ロリア?」

後ろの石畳を通ったレイブックが彼女の背中に声をかける。

「井戸の水位が減っている気がするのよ。このまま雨が降らないと、いずれ枯れてしまうかもしれないわね。」

彼女はそう言って、悩ましい顔で再び井戸の中を覗き込む。

「なるほど。それではまず節水から心がけましょうか。」

その言葉に、ロリアがしかめた顔で振り返る。

「節水って具体的にはどうするの?生徒の中にはマーマンだっているのよ?毎日、三回は水浴びしないと肌が乾燥しちゃうらしいのよあの子達。」

レイブックは考え込むように下顎に手を当て、やや置いて口を開く。

「それではマーマンに井戸の中で水浴びをしてもらいましょう。そうすれば井戸の水を汲まずに水浴びができます。」

「絶対にダメッ!」

食い気味で、ロリアが怒ったように言う。

「この井戸は夕食のスープとかにも使う水でしょう?絶対にマーマンを入れちゃダメだから!」

「人間は変な所を気にしますね。」

不思議そうにレイブックが首を傾けながら言う。

ロリアは軽い溜息を一度吐いた後、レイブックに訊ねた。

「それはそうとアナタは何しに来たのよ?」

レイブックは思い出したように掌に拳をポンッと置き、喋り出す。

「これはうっかりしていましたね。実は君を呼びに来たのですよ、ロリア。」

「何かあったの?」

「また入学希望者の方が来ています。」

その言葉にロリアは驚く。

「えっ、また…?三日連続で立て続けに来るなんて本当に珍しいわね。」

「相手の顔を見れば、もっと驚くと思いますよ?」

そう言われ、ロリアは薄っすらと顔を曇らす。

「なんだか凄く嫌な予感がするわ……。」




照りつける太陽。

その光りが個人教員室の窓に差し込む。

教職者の机と、受験生の椅子が広々とした部屋で向かい合わせに置かれていた。

悪い予感が的中したのか、落ち込んだようにロリアが顔を両手で覆っている。

そんな彼女に、後ろに立つレイブックが声をかけた。

「驚かれました?」

「ええ、驚いたわ。」

二人の前に置かれた椅子には三匹目の受験生が座っていた。

ロリア達のやりとりを見ていた受験生が不機嫌そうに口を開く。

「驚いたって何の話だよ?」

「いえゴメンなさい、こっちの話よ。」

ロリアはすぐ謝り、受験生の眼を見つめる。

それはナーガだった。

その身体はロリアより二回りも大きく、全身の表皮は斑模様だった。

上半身は小汚いベストを着ており、人間のように肩から腕が伸びている。

首から先は蛇の頭が伸びており、脚のない下半身は蛇の尻尾のように椅子に巻き付いていた。

彼の右肩には白い包帯のようなものが何重にも巻き付けられていた。

ロリアは角帽を被り直すと、キリッとした眼で受験生を見る。

「こんにちは、私はロリアよ。」

彼女が挨拶をしても、ナーガは腕組みをしたまま黙っていた。

「それでは今から面接を行います。私がアナタに質問したいのは一つです。この学園でアナタは‘人間’の何を学びたいのですか?」

ナーガは蛇独特の縦長の瞳でロリアを睨みながら言う。

「銃だ。それも殺傷能力の高いのがいい……。」

また銃だった。

その答えにロリアは眉をひそめ、真剣に訊ねた。

「なぜアナタはそれを学びたいの?」

ナーガは殺気だった様子で、「フン。」と声をあげながら、静かに口を開く。

「オレの村はデルボック山って所にあった…。そこでオレは婚約者と一緒に暮らしていたんだ。はっきり言って幸せだったぜ。アマンダって名前でな。あんなに好きになれるメスはもう二度と出会えないだろうな。」

昔を懐かしむように彼は語り、その眼は一瞬、穏やかなモノへと変わる。

そしてナーガは右腕に巻かれた白い包帯のような物をそっと手で触れる。

「それは?」

短くレイブックが訊ねる。

「アマンダの皮さ。ナーガは婚約する際にお互いの脱皮した皮を交換する風習があるんだよ。」

そう言って、白くて美しいその抜け殻を愛おしそうにナーガは撫でる。

だが彼の表情は徐々に沈み、やがて怒気を孕んだ声へと変わる。

「だがある日、奴らはいきなり空からオレ達の村を襲撃してきやがったんだ。」

「奴らって?」

ロリアが聞き返すとナーガは声を荒げ、血走らせた眼を見開きながら叫ぶ。

「グリフォンさ!奴らは空から次々と現れ、村のナーガ達を鷲掴みにして飛び去っていったんだ。ほんの一瞬の出来事だった……オレは空に消えてくアマンダの姿を………ただ見ている事しかできなかった。」

荒げた声は徐々に勢いを無くし、ナーガの顔はやがて悲しくやるせない表情へと変わっていく。

「もう彼女が生きてねぇのはわかっている。グリフォンの好物はナーガだからな…。だが最期に消えていくアマンダの顔が今でも頭から焼き付いて離れねぇんだ。ああっクソ………アマンダにもう一度会いてぇ……会いてぇよぉ………。」

後悔に苛まれるようにナーガは両手で頭を抱えながら俯く。

ロリアとレイブックは黙ってナーガの話を聴いていた。

そして彼は頭をあげ、覚悟を決めたような眼でロリアに眼を向ける。

「先生。オレは奴らに復讐してぇんだ。人間の銃で奴らを全部、空から消してやりてぇんだよ。」

部屋には少しの静寂が流れた。

ロリアはナーガの眼を見つめ、静かに口を開く。

「一つ聞きたいのだけれど、アナタ達ナーガが食べていたトードマンの事を、アナタはどう思うの?」

するとロリアの質問にナーガは興味の無さそうな顔を浮かべた後、窓の外を眺めながら言った。

「別にどうも思わねぇよ……。どうだっていいさ、あんな食用蛙共の事なんて…………ただ。」

「ただ?」

「家族と食卓を囲むのが夢だったんだ。彼女のお腹の中にいた子供達と一緒に…。」

ナーガは力無くそう呟くと、ロリアの方へ向き直り彼女に訪ねた。

「それでオレは合格なのかい、先生?」




夕日が沈み、学園の周りは夕闇に包まれる。

学生寮の窓には光が灯り、その一つ一つに様々な魔物達の影が映る。

ある窓には三つの頭を持つ魔物の影が、ある窓には羊の頭を持った人影が見える。

生徒達の楽しげな声が宿舎から響く中、向かいの校舎窓には一か所だけ明りが付いていた。

ロリアの個人教務員室だった。

ロリアは独り、執務室の机で静かに本を読んでいた。

机に置かれたランプを光源に彼女はページをめくる。

するとコンッコンッと、扉からノックが鳴った。

彼女が本から目を離さぬまま「どうぞ。」と言うと、扉を開けて入って来たのはレイブックだった。

「失礼します。ご希望通り夕食を持って来ました。」

「ありがとう、そこに置いておいて。」

そう言って、ロリアは本を読み続ける。

レイブックは夕飯を乗せたトレーを彼女の机の上に置く。

トレーの上にはパンと鶏肉スープ、それにコップ一杯のミルクが乗っていた。

レイブックは机の上にスプーンを置くと、何気なく口を開いた。


「結局、誰も入学させませんでしたね。」


その言葉にようやく本から目線を外し、ロリアはレイブックを見る。

「仕方ないわよ。私はね、魔物達の事が好きだから……人間の知識を教えているの。彼らが殺し合うような技術なんて教えたくないわ……。」

遠くを見るような眼で湯気のたつスープを見つめるロリア。

そこへ、コンッコンッと、また扉からノック音が聞こえた。

「どうぞ。」

扉に向かってロリアは言った。

「失礼します先生。授業で気になった事があったので、教えて頂いてもよろしいでしょうか?」

扉を開けて入って来たのはグリフォンだった。

ロリアが軽く笑って頷くと、グリフォンはノートを持って部屋に入る。

「君は確か、井戸の掘り方を学びに来ていましたよね?」

レイブックが訊ねると、グリフォンは嘴を開く。

「はい。私の故郷のデルボック山は、ここ以上に干ばつが深刻なので…………故郷の村に井戸を作ってあげれば水源が確保できて、村の皆により良い暮らしが出来ると思ってたので。」

「ほう。」

するとグリフォンはロリアに向き直り、眼を輝かせながら言う。

「でも今日、ロリア先生は授業で人間の貯水ダムについて教えてくれました。それで僕は井戸よりも、貯水ダムに興味が沸いたのです。」

「なるほど。確かに貯水ダムさえ出来れば、山どころか辺り一帯の水不足も解消できますね。」

感心したようにレイブックが頷く。

そしてグリフォンはビッシリと象形文字の書かれたノートを開き、思いつめた表情でそれを見つめながら熱く語り出した。

「ええ。なにより干ばつが進めば、私の山に棲むスライム達は水分を奪われ、近い将来全滅するでしょう。そうなるとスライムを主食にしていたトードマン達は食料を失い、彼らも飢餓で全滅します。そして今度はトードマンを餌にしていたナーガ達も飢えて全滅。結果彼らを主食にしていた我々グリフォンも死に、山にいる全ての種族が息絶えてしまうのです。だからロリア先生、人間のダムについて教えてくれませんか?」

その問いかけに、ロリアは顔を曇らせる。

「…………一つだけ聞かせて。アナタはナーガの事をどう思っているの?」

グリフォンは答える。

「感謝しています。彼等から命を頂いている事に……そして山に生きる全ての命に。彼らの命を救うため、私は人間の貯水ダムを学びたいのです。山のことを愛していますから……。」。

「そう……。」

ロリアは黙ったまま、机に置かれた鶏肉スープを訝し気な目で見つめた。

すると彼女は立ち上がり、両腕を組みながら部屋の中をグルグルと練り歩き始めた。

その様子をレイブックは不思議そうに訊ねる。

「どうしたんですか、ロリア…?」

彼女は何かを悩みながら部屋の中を四周ほど回り、その後に机の席に座る。

そして彼女は机に置かれた食事の前で両手を合わせ、ハッキリと言った。


『いただきます……。』


しかし彼女はまるでしっくり来てないような感じで首を捻り、また不満気な表情を浮かべていた。

「ロリア先生、聞こえていますか?」

グリフォンが訊ねると、初めてロリアが答える。

「ねぇアナタ、食事する時に‘いただきます’って言ったりする?」




「はい……この学園に来てから、食べる前には言うようになりましたね。」

「そうね。‘いただきます’って人間の言葉だものね……さっきアナタがナーガに感謝してるって話を聴くまで、私はずっと命を頂く事に感謝してこの言葉を使ってきたの。でもアナタに食べられるナーガ達は、それを聞いてどう思うのかしら………って思っちゃった。」

「…………確かに考えた事なかったですね。」

「私は今日ね、アナタ達グリフォンを死ぬほど恨んでいるナーガに出会ったわ…。彼らは謝罪や、ましてや感謝の言葉なんて全く求めていなかったわ………だから私、思ったの。命を奪った相手に感謝するなんて、凄く傲慢なのかも知れないって……。」

その言葉に、グリフォンも悩まし気に言う。

「言われてみればそうかもしれませんね。私がもしドラゴンに襲われ、食べられそうになった時、

‘いただきます。’なんて言われて納得して死ねないと思います。」

その言葉にロリアが勢いよく立ち上がる。

「でしょ~!絶対、コレって変だもんっ!何か他にちゃんとした言葉があるよね?」

腰に両手を当てながら、不服そうな顔でロリアは何度も頷く。

その様子にグリフォンは困ったように言う。

「しかし先生、私はもう故郷を救う最善の策は貯水ダムを作るしかないと考えています……。

それは教えて頂けるのでしょうか…?」

「う~~ん…………教えるのは構わないけど、その前に一緒に考えてくれない?」

「えっ?考えるって何をですか?」

「決まってるじゃない。‘いただきます’に代わる新しい言葉よ。」

そう言ってロリアはまた席に座り、悩みながら食事の前で手を合わせる。

「ん~~……『糧にさせてもらいます。』………なんか違うわね。」

すると机の右からレイブックが手を挙げる。

「ではロリア、『私と一緒になって下さい。』ではいかがでしょうか?」

「なんか婚約の申し入れみたいね、それ。ダメよ。却下。」

今度は机の左からグリフォンが手を挙げる。

「なら先生、『食わせろ、この野郎~!』はどうでしょう?」

「確かにそっちの方が感謝されるよりはマシね。でもまだちょっと乱暴……。」

ふと、グリフォンは首を捻り、どこか疲れたように深い溜息を吐く。

「ロリア先生………しっくりくる言葉なんて無いような気がしますよ?そもそも食物連鎖には食べる側と食べられる側が存在するんですから、食べられる事自体、しかたがないんじゃないですか?」

それを聞いたロリアは俯いていた顔をバッ!と上げ、グリフォンを笑顔で指差す。

「あっ………それだわ。」

「はい?」

するとロリアは改めて席に座り直すと角帽を机の横に置く。

そして眼の前の鶏肉スープを見つめながら、両手を合わせて彼女はこう呟いた。


『-------------しかたがない。』


レイブックとグリフォンが呆気にとられた様子でロリアを見た。

そしてロリアはスプーンを握り締め、二匹の方を見て笑った。

「さぁ、頂きましょ♪」


- とある三匹の受験生 -  終


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