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恋をした森  作者: 山城木緑
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4.森がくれたもの

 それから何日かが経ちました。


「海を見たい」


 フササは言いました。


「ルカがやって来た海へ行ってみたいんだ。歩いたことはないし、根っこを抜くのは怖いけど、海を見てみたいんだ」


 キツネが言いました。

「フササ、僕はそれは反対だ。ルカはそこにはいないんだよ」

 フササは子供のように首を振りました。小さなフササの実が落ちました。


 マントヒヒが諭すように言いました。

「フササ、あの風が吹き荒れた日を憶えているかい? ルカがやって来た前の日の夜さ。あの日、みんなが倒れて死んでいっただろう? フササ、今そうやって根っこを抜いてしまったら、君も枯れて死んでしまうんだぜ?」


 フササはこくりと頷き、答えました。


「うん、いいのさ」


 フササは身体にいっぱいの力を込めて根っこを引き抜こうとしました。

 何百年に渡って張りめぐった根っこは、そうやすやすとは抜けません。ブチリという痛々しい音が何度も森に響きます。

 花たちの中には泣き始めるものもいました。


 何時間が経ったでしょう。


 フササは根っこを抜いて全身を地上に現しました。

無数の根っこが引きちぎられて、フササは血だらけでした。


 ゆっくりゆっくりと砂浜へ向かって歩き出します。

 歩いたことがないフササを動物たちが歩き方を教えながら先導しました。

 よろけるフササを杉や桜、ブナの木が交互に支えてくれました。

 フササは森のみんなの力を借りて、一生懸命に砂浜を目指しました。


 根っこを無くしたフササは喉が渇いて、何度も意識を朦朧とさせました。

 それでも諦めず、立ち止まることなく、砂浜を目指しました。

 鳥たちが池から調達した水を懸命にフササの身体にかけて応援しました。


「頑張れ、フササ」

 キツネが隣でフササを見上げながら励まします。

「うん、大丈夫だよ。ありがとう」


「頑張るんだ、フササ」

 普段ほとんど声を出さないチーターが先導しながらフササを応援しました。

「ありがとう、チーター。たくさんルカをいろんなところに連れていってくれてありがとう」

 チーターはとんでもない、と首を振りました。


「頑張れ。頑張れ。頑張るんだ、フササ」

 マントヒヒは泣いていました。

 フササは大きな葉っぱでマントヒヒを優しく包みました。

「泣かないで、大丈夫。ありがとう。泣かないで」



 やがてフササは砂浜にたどり着きました。


 フササの目は極度の疲労からもうほとんど見えなくなっていました。それでも、フササは目の前に広がる果てしない水のかたまりに心を奪われました。


「これが、海か」


 この海の遠く遠く向こうのほうからルカはこの森へやって来ました。

 その方向をフササはずっと見ていました。

 ずっとずっと、見ていました。




 フササはやがて枯れてしまいました。



 フササは枯れても倒れずに、そのままルカが来たほうを向いてずっと立っていました。

 

 何年も何年も月日が流れました。


 砂浜に一本の飴色をした瓶が流れ着きました。


 瓶の中には手紙が入っていました。

 カメが瓶からその手紙を取り出しました。

 手紙が届いたと聞きつけて集まってきた動物たちも、まだあのまんま海へ向いて立つフササを囲んで座りました。


 カメは手紙を読み始めました。


『わたしはあなたを愛しているわ。あなたもわたしをまだちゃんと愛してくれている? ずっとずっと、わたしはあなたを愛し続けるから。だから大丈夫よ。心配しないで』


 カメがその短い手紙を読み終えると、枯れていたはずのフササから涙が一滴流れ落ちました。


 もしかしたら、それは一昨日に降った雨の残りだったのかもしれません。

 フササの中に残っていた、ただの樹液だったのかもしれません。

 でも、カメには涙に見えたのでした。


 カメは読めませんでした。

 手紙の最後には、あの少女とは違う名前が書かれていたのです。

 カメはとてもそれを読むことはできませんでした。カメは泣いてしまいました。


「どうしたんだよ? 続きがあるなら読んでおくれよ」

 好奇心旺盛なリスが尋ねました。

 カメは応えることができません。

「僕だって少しは読める。貸しておくれ」

 リスはカメから手紙を奪い取りました。カメは慌てて取り戻そうとしましたが、リスは手紙の最後を読んでしまいました。


「……そうか。ルカじゃ……ないんだね」


 みんながリスの声を聞いてしまいました。

 フササに喜びの表情を送っていたみんなの顔が悲しく塗り替えられてしまいました。


 ふと、枯れているはずのフササの枝が揺れました。


 ただ風に揺られただけかもしれません。

 でも、カメにはそうは見えませんでした。

 カメには嬉しそうにルカのことを話すあの時のフササの姿に見えていました。


 揺れていたフササの小さな枝がぽきりと折れました。

 折れた小さな枝はこつんと飴色の瓶にあたりました。

 カメが不思議そうに瓶に近づきました。よく見ると、瓶の中には何か丸いものが入っています。

 カメはリスを呼びました。

「瓶をひっくり返して」


 リスが瓶をひっくり返すと、ころんと金色の実が砂浜に転がりました。

 みんなが、フササの実だ、と叫びました。

 でも、手紙はルカからのものではありません。


 みんなは嬉しいのやら悲しいのやら不思議な気持ちになりました。

 みんながフササを見上げると、なんだかフササは笑っているように見えました。



 瓶が森に辿り着く何日か前のことです。


 一羽の鳩が森を飛び立ちました。


「僕は外の世界を見てくるよ」

 そう言って森から旅立っていきました。


 森のみんなは鳩からのお土産話を楽しみに見送り、無事を祈りました。


 とてもとても遠く長い旅でした。


 強い雨にも打たれ、時には雷を避けながら、鳩は外の世界を目指しました。


 鳩は諦めようとはしません。

 僕らの大好きだったフササにお土産話を届けたい。

 願わくば、ルカの姿を見つけて教えてあげたい。


 そうしたら、ひょっとしたらフササはまた命を灯すのではないか。

 そう思いながら突風に耐え、ぼろぼろになった羽根を凛と伸ばして飛び続けました。


 もう残す力もあと少しというところで、鳩は大きな島を目にとらえました。


 見たこともない建物がたくさん建っています。


「これがルカが言っていた街か」


 鳩はとても疲れていましたが、来て良かったと思いました。


 鳩が島に降りて身体を休めようと高度を下げると、驚く光景に出会いました。


 街のいたるところにフササがいるではありませんか。


 鳩はフササに声をかけました。


「フササ! フササ」


 でも、返事はありません。


 鳩はそれでもフササであることを疑いませんでした。

 そう、フササの子供たちであることを。


 とても心が嬉しくなるのを鳩は感じていました。

みんなのところに戻って、この土産話で驚かせてやるぞ。


 鳩は小高い丘に降り立ち、街の中に溢れるフササの子供たちを目に焼き付けました。

 疲れなんて、どこかへいってしまいました。


 島を飛び立とうとした眼下で賑やかなお祭りが行われているのを鳩は目にしました。


 少しルカより大きいけれど、ルカと同じ人間という生き物が、白い服を着てたくさんの人間たちに祝福されていました。


 白い服の二人は抱き合って、目を合わせ、

 そして、

 金色の実を交換しました。



『幸せにしてくれる人にこの実をあげるんだよ』



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