告白
アスラルは無事だった。
年は取っていたけれど、それでも険しい山を登る姿は活力に満ちてる。
よかったー。
アーサーが驚かすから、何事かと思ったよ。
って、ん?
焦るあまり無事な姿を見ただけで安心したけど、今現在のアスラルが危険じゃない?
それはしばらくぶりの光景で、アスラルは私たちの本神殿がある険しい山を登っていた。
外套も靴も背嚢もボロボロ。
だけどやっぱり纏うオーラは美しくて、十代の頃より力は衰えていても輝きは増している。
(まさかまた何かあったんじゃ……)
スマテアの国土に魔物が多く発生した気配はなく、凶作にもなっていないのは水盤を覗かなくてもわかってた。
それでも何かあったのかと心配したら、水鏡は勝手にスマテア王国を――ディアナたちを映し出してくれる。
ディアナも年を取ってはいたけど、相変わらず美人で子供たちはすっかり大人になっててびっくり。
そうだよね。それだけの年月が流れたんだよね。
ということは、どうしてアスラルはわざわざ危険を冒してまで神殿を目指してるのかな。
何か願い事があるのなら、今度こそ絶対叶えてみせるよ。
そう意気込んでたけど、やっぱり本神殿までは危険がいっぱいで見ていられないほどだった。
助けに行こうかと立ち上がり、アーサーに止められる。
「これは試練なんだから、肩入れは許されないだろ」
「でも……」
一度はクリアしてるんだからいいんじゃないかな。
そう思ったけど、アーサーに考えを読まれたみたいで睨まれた。
だって、アスラルにとっては三十年も前なんだよ。
だからもし本当に危なくなったら、アーサーに邪魔されようと何だろうと、絶対に助けるつもりでアスラルを見守った。
「それにしても、一度は行ったことがあるんだから、アスラルほどの力があれば転移できるのに、どうしてしないのかな?」
「……もう一度、やり直したいんだろ」
「やり直す? 祈願を?」
「いや……どうかな」
私の疑問に答えてくれたアーサーははっきりしなくて、よくわからない。
だけどアーサーに訊くより本人に訊いたほうが間違いないので、本殿を目指すアスラルを応援した。
途中、冷や冷やすることは何度かあったけど、アスラルは無事に本神殿に到着。
ほっと安心しつつ、何を願うのかなと待機。
さあ、なんでも叶えるよ。
そう思ったのに、アスラルはただの日常的な祈りを終えると、なぜか本殿の掃除を始めた。
いや、まあ、うん。
結界はしてても、細かい埃とかはあるよね。
何だか掃除をさぼってた部屋に好きな人が来たときのような気分。
前世でそんなシチュエーションになったことはないから想像だけど。
やがて掃除が終わると、今度は簡易料理を初めてご飯を食べ、それから寝袋みたいなもので寝てしまった。
あれ? 祈願は? どういうこと?
わけがわからないけど、ひとまず私も寝ることにする。
アスラルの時間とずれてしまわないように、自分にタイマーセット。
神様ってこういうときは便利だよね。
そして次の日。
アスラルは朝早くから、なぜか神殿の周りの土地を耕し始めた。
意味がわからない。
いったいこれからどうするつもりなんだろう? 祈願は?
それからもアスラルは畑を耕して、神殿の掃除をして、周囲で狩りをして、って生活してる。
アスラルにとって神殿に到着してからひと月が過ぎた頃、私はついに我慢できなくなって本神殿に降りた。
なのに目の前に出るのはためらわれて、柱の陰からアスラルを覗く。
アスラルは今、四十六歳だよね?
しぶくてかっこいいおじ様って感じだ。
オーラも相変わらず綺麗で心地よくて、やっぱり好きだなって思う。
って、私のストーカー度が増してるよ!
「何をそんなにじたばたしてるんだ? いい加減に出て来いよ、ルナ」
「……え?」
心の中の焦りがどうやら外にも出てたみたいなんだけど、まさかアスラルにばれてるとは思わなかった。
今、普通に呼ばれたよね? 呼び捨てだったよね?
どきどきしながら覚悟を決めて柱の陰から顔を出すと、アスラルは目じりにしわを寄せて笑った。
すっかりおじさんになってしまったけど、やっぱりアスラルはアスラルで、あの優しい笑顔が私にまっすぐ向いている。
あの別れの日。
ちっともアスラルと目が合わなくて、距離を感じてすごく悲しかった。
それが今、こうしてしっかり目が合うと、逆に恥ずかしい。
「ルナはやっぱり全然変わってないな」
「アスラルも変わってないよ」
「嘘を言うなよ」
「本当だよ。ずっと綺麗なままのオーラだから」
「そうか……」
少しきつくても優しいアスラルは一緒に暮らしたときのままで嬉しくなる。
ああ、どうしよう。
こうして直接話していると、好きの気持ちが溢れてくるよ。
だから気持ちを紛らわすために、ここ何日か気になってた話題に変える。
「ねえ、アスラルはどうして祈願しないの? 何か待ってるの?」
「いや……。今はすっかり国も安定しているからな。特にお願いすることはないよ」
「じゃあ、わざわざ危険を冒してまでどうしてここに来たの?」
「……ディアナの子供たちに――次の世代に任せても安心していられるようになったんだ。だからもう俺が国を離れても大丈夫だろう? ああ、そういや、ディアナの子供たちのことは知っているか? ディアナが立派に女王として国を治めていたことは?」
「うん。水鏡で見てたから知ってる。旦那さんがイアニスだって知って驚いたよ」
「だろうな。俺も驚いたよ」
ディアナの話になると、二人ともほっこりするね。
本当はディアナにも直接会いたいんだけど……うん。近いうちに会いに行こう。
今のアスラルの様子を見てると、ディアナも同じように気さくに接してくれる気がする。
「それで、アスラルはここでいったい何をしてるの?」
「……前回来たときに思ったんだけど、ここには神官がいないだろ? だから俺がなろうと思ったんだよ」
「ここ、めったに人は来ないよ? 前回アスラルが来てから誰も来てないくらい。数十年に一度がいいとこ」
正直に言えば神官なんて必要ないんだよね。
私としてはアスラルが近くに来てくれたことは嬉しいけど、いつか帰っちゃうのは余計寂しくなるよ。
「噓だよ」
「え?」
「さっきのは嘘。俺は……少しでもルナの近くにいたくて来たんだ」
「アスラル……」
「って、今さら何言ってるんだって話だけど、今だからこそ言えるから」
「今だからこそ?」
アスラルの言いたいことがわかるようでわからない。
すると、アスラルは急に真剣な表情になって口を開いた。
「俺はずっと、ルナが好きだ」




