表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/35

恋心

 

 水鏡が映し出したのは、少しだけ年をとったアスラルと小さな男の子の姿。

 神殿のような場所で、三歳くらいの男の子がアスラルに駆け寄ったのに転んでしまった。

 それをアスラルが慌てて抱き起す。


 アスラルの息子なんだろうと思うと胸がきゅっと苦しくて目を逸らしかけたとき、すっかり大人になったディアナが駆け寄ってきた。

 雰囲気からどうやらディアナがお母さんっぽい。

 ということは、旦那さんは……いた!

 少し遅れて歩いてきている男の人は一歳くらいの赤ちゃんを抱っこしてる。


 うわー! ディアナはやっぱり結婚したんだ!

 しかも旦那さんって、イアニスじゃない!? 旅のお供の魔法騎士の!

 えー、どういうこと、どういうこと!?

 うわー! 話を聞きたい! ああ、どうしよう!?


 あまりに興奮して、その場でじたばたしていると、入り口でずっと待っていてくれた太郎が心配そうに声をかけてきた。


『ルナ様、いかがなされましたか!?』

「太郎、あのねディアナが結婚してるの! しかも相手はイアニスらしいの!」

『イアニス……とは、あの旅の間中ルナ様にずっと鼻の下を伸ばしておった不届き者ですか?』

「鼻の下は伸びてなかったと思うけど、ぼやっとはしてたね。たぶん私の神気に一番敏感だったんじゃないかな?」


 確か魔力も強くて、まだまだ伸びしろがあった感じだもんね。

 でも魔法騎士の制服は着ていなくて、あの神殿で会ったガーナント王国の王様のような恰好をしてる。

 それに今更だけど、アスラルは神官のような恰好をしてて、周囲に奥さんらしき女の人はいない。

 ほっとしつつ、結婚しているのかって探る自分が嫌になるよ。

 だけどそれらしい女の人はいなくて、またまたほっとする。

 傷つくのが先延ばしになっただけなのに。


(あれ? でも……)


 力を使って状況を探ってびっくり。

 アスラルは結婚をしていないどころか、王様じゃなくて神官になってる。


「え? でも、じゃあ……」


 思わず声に出すと、太郎が心配そうに鳴く。

 そこで大丈夫だというように笑って見せてから、もう一度水鏡に集中した。

 それでわかったことは、ディアナが女王様になってることと、イアニスは実はガーナント国王の甥だったこと。

 アスラルは詳しい説明はしなかったみたいだけど、スマテア王国の人たちを守れず苦しめることになったから王様にはなれないと断ったみたい。

 それでもこの国にはリーダーが必要だってことで、ディアナがやるって立候補したんだ。

 すごいな。

 アスラルはディアナやこの国の人たちを助けるために神官になって、魔物の出没を警戒しているんだ。

 だけど、この世界の神官は結婚だってできるはずなのに。


「これじゃ、いつまでたっても忘れられないよ……」


 アスラルが結婚していないってわかって喜ぶ自分にがっかり。

 それって結局まだ好きだってことで、望みはないのに心が浮かれる。

 アスラルが結婚したら、ストーカーもやめようと思ってたのに、これじゃあやっぱり見てしまう。

 そんな私に、いつの間にか来ていたアーサーが呆れた口調で言う。


「だから、会いに行けばいいだろう?」

「行かないって言ってるでしょ!」

「じゃあ、うだうだするなよ。うっとうしい」

「はあ!? アーサーだって、前に星の妖精の子のこと好きになったとき酷かったじゃない! 嫌われて、流れ星になって逃げられたときに!」

「おまっ、俺の古傷を持ち出すなよ!」

「じゃあ、今の私の傷をいじらないでよ!」


 とってもくだらないことでケンカしてる自覚はあっても、止められないときってあると思う。

 アーサーも自覚してるのに止められないみたい。

 双子だからわかるけど、お互い意地張っちゃって引けなくなっちゃうんだよ。

 だからこういうときは離れるに限る。


「太郎、行こう!」

『承知!』


 勢いに任せて祈聴所から出た私は、そのまま太郎を連れて姉神様の神殿に遊びに行った。

 太郎は恐縮しちゃってすっかりおとなしかったけど、私はアーサーの愚痴をたくさん聞いてもらってすっきり。

 それどころか、愛についていろいろと聞かせてもらった。

 さすが愛の女神。

 だけど理屈ではわかっていても、心はわかってくれないんだよね。

 はあっとため息を吐いて帰ると、アーサーが待ち構えていた。


「祈願が来てるぞ」

「後でやる」

「ルナ!」

「今はちょっとそんな気分じゃないの」

「……俺が代わりに祈聴しておいてやろうか?」

「――ありがとう。お願いするね」


 何だか色々と疲れちゃって、今は水鏡を覗くのがつらい。

 その気持ちがアーサーには伝わったみたい。

 これが二人の仲直りなんだよね。


 それからしばらくぼうっとして過ごした。

 なるべくアスラルのことは思い出さないようにしていたのに、それでも何年経ったなあなんて考えてしまう。

 最後に水鏡を覗いてから、もう十七年が経っている。


 きっとスマテア王国もすっかり復興したんじゃないかな。

 アスラルは少し遅い結婚をして、子供もいるかもしれない。

 ひょっとしてディアナはおばあちゃんになってたり?


 久しぶりに水鏡を覗こうかと考えてためらってしまうのは、少し落ち着いた恋心がまた燃えてしまうのが怖いから。

 でもアスラルはおじさんになってて、恋心も消沈する可能性だってあるよね?

 なんて、本当に不毛な日々。

 このままじゃいけないのはわかってる。

 だって、アスラルにはあまり時間がない。

 私は一人残されて、永遠にも近い時間を後悔とともに生きていくことになってしまうかもしれないんだから。

 そう考えると怖くなって、やっぱり水鏡を覗こうと決めた。

 そのときアーサーが転移でいきなり目の前に現れた。


「アーサー?」

「ルナ、大変だ! 急いで水鏡を覗け! あいつが――」


 アーサーの言葉を最後まで聞かず、私は祈聴所に転移した。

 いったいアスラルに何があったの!?

 焦りと心配でどきどきする胸を押さえて水鏡を覗いた。

 そして人差し指でかき混ぜる。

 どうか、どうかアスラルが無事でいますように!




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ