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水鏡

 

「ルナ、お前はまた下界を見ているのか」

「だってすごいんだよ。もうあんなに畑が広がって、建物もかなり修復されているの」

「魔法だろ?」

「それでも、人間の力でやり直しているんだよ。魔物だってまだいるのに」

「まだいるんじゃなくて、新しく生まれているんだろ? あの世界にいた魔物はルナが一度殲滅したのにな。それだけ人間の心に澱みがあるってことだ」

「もう! アーサーはさっきから何なの!? 私の感動を邪魔しないでくれる?」


 あれから人間の世界では三年が経った。

 私はほとんど水鏡から離れず、下界ばかり覗いている。

 祈聴もきちんとして、他の世界の人間や生き物たちの願いも考え悩みながら叶えるか判断していた。

 すごく真面目になったんだよ。

 それなのにアーサーは煩い。


「そんなに気になるなら降りて見にいけばいいだろ」

「……ダメだよ。私はもうみんなに会わないほうがいいの」


 会いに行って歓迎されるとは思えない。

 迷惑そうにされたり、気を遣われたりされたらへこむよ。

 だからこうして見守るだけでいいんだ。

 まるでストーカーみたいだけど。


「それならいっそのこと彼らの記憶からお前が女神だってことを消せばいいんじゃないか?」

「それでどうするの?」

「ただ懐かしい相手が訪ねてきたって思われるだろ?」

「そんなの虚しいだけよ」


 女神な私も月奈な私も全部含めて私なんだから。

 まあ、全部含めた私を受け入れてほしいとか、理想主義なのはわかってる。

 だけどやっぱりアスラルやディアナの記憶を触るのは嫌なんだよ。


 手は出さないって決めたけど、みんなが苦労しているのを見てるだけはつらい。

 先を見通せる力があるせいで、この先に失敗が待ち受けていることがわかっているのに何もできないこともつらい。

 それに、アスラルやディアナに新しい友達がたくさんできているのを見ているだけは寂しい。

 それでもつい覗いてしまうのは、アスラルもディアナも一日に何度も空を見上げるから。

 私を捜してくれてるのかな、なんて勝手に想像して一人で喜んで手を振ってみる。


 だけど、いつかきっとアスラルには恋人ができて、結婚して、子供が生まれて……。

 それをただ見ているだけは絶対に苦しい。

 わかっているのに、見ることをやめられない。

 この気持ちが消えてくれることを願っているのに、どうして消えてくれないんだろう。


「見るのをやめればいいんじゃないか?」

「ちょっと、アーサー! 勝手に私の頭の中を読まないでくれる?」

「読んだわけじゃない。だが、お前の顔を見ていればわかる。いつまでも未練がましく見ているなよ」

「ほっといてよ! 別に贔屓しているわけでもないんだから、いいでしょ!」

「かまわないよ、俺は。だがな、人間はすぐに死ぬんだぞ。それも見届けるのか?」

「それは……」


 言葉を詰まらせた私を慰めるようにアーサーは頭を撫でてくれる。

 子供じゃないんだからっていつもなら怒るけど、今は甘えたい気分。


「……期限は決めてるの。だからあと少しだけ」

「そうか……。まあ、何かあればいつでも言えよ」

「ありがとう」


 アーサーはそれ以上長居はしなくて、部屋から出ていった。

 その背を見送って、私はまた水盤に視線を戻す。

 ちょっと目を離しただけで、もう季節は移っていて、畑の収穫が終わってた。


(かなり国土も落ち着いてきたし、そろそろアスラルも結婚するだろうなあ……)


 スマテア王国の領地に戻ったときから、アスラルは王子として戻ってきた民を導いているし、ディアナは王女としてアスラルを手伝ってる。

 みんなアスラルに早く王様になってほしいって思ってて、結婚してほしいとも思ってるんだよね。

 だけどアスラルはなかなか恋人を作らない。

 今は時期尚早だって言ってるけど、もうそろそろだろうなあ。

 ディアナは十六歳になってますます美人になってモテモテだから、このままだと先を越されちゃうしね。

 って、考えてたら太ったおじさんがにこにこしながら綺麗な女の人をアスラルに会わせてるし。


(……女の人は嬉しそうだな。アスラルは綺麗なオーラしてるしねえ。顔もまあイケてるし、性格も厳しいけど優しいから。アスラルもまんざらでもなさそうだし、決まりだろうな)


 ふ~んと思いながら見ていたけど、やっぱり見ていられなくて目を逸らし、水盤から離れた。

 アーサーの言う通り、見なければいい。

 そうすれば、胸が痛むこともないし、涙が込み上げてくることもないんだから。


「あ~あ。失恋ってどうやって立ち直るんだったかなあ……」


 月奈だったときも失恋したことあるのに、どうやって立ち直ってたか考えて、友達がいたんだと思い出した。

 そうだよ。お兄ちゃんや家族に言えないことだって、友達に相談してた。

 私が死んじゃったときにはいっぱい泣いてくれて、どうか私のことを早く忘れてくれるようにって願ってたな。


「……デアテラに会いに行こう」


 誰に言うわけでもなく一人呟いて、お出かけの準備をする。

 大地の女神であるデアテラならきっと人間に失恋したって打ち明けても、笑わずに聞いてくれるはず。


 ――って、久しぶりに会ったから、話が弾んじゃったな。

 人間界の話をしたら興味津々で「私も行ってみようかしら」なんて、デアテラが大地に降り立ったらすごいことになりそう。


「おかえり、ルナ。お前への祈願が届いていたぞ。ちゃんと祈聴しとけよ」

「あ、うん……」


 デアテラに愚痴ってあれこれ話しているうちに、少しは忘れていられるようになったのに、アーサーのせいで一気に思い出しちゃったよ。

 まあ、本当はアーサーのせいじゃないってわかってるけど。

 いつまでも逃げてるわけにはいかないよね。


 はあっとため息を吐いて、水盤に近づく。

 それから祈聴を二件終えて、そのまま離れればいいのにやっぱり覗かずにはいられない。

 最後に見てから……五年くらいは経ってるかな?

 だとすれば、アスラルはもう結婚して、子供もいるかな……。


 アスラルやディアナにとっては八年でも、私にとってはまだひと月にもならなくて、忘れられるわけがないんだよ。

 でもディアナに旦那様がいるなら見てみたい。

 その気持ちから勇気を出して水盤をかき混ぜ覗いた。

 そしてため息が漏れる。

 はああ。やっぱりね。


「……ん? でも、あれ?」




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