転移
「お前、魔法は使えるな?」
「……はい?」
「じゃあ、転移もできるな?」
「……はい?」
「ひとまず俺たちの家に行くから、ついてこい」
「え?」
諦めたようにため息を吐いたアスラルさんは次々と話を進めていくけど、私にはついていけない。
最初の〝魔法〟という言葉で思考停止したから。
だって、魔法だよ? 魔法!
やっぱりここは夢なのかもと考えているうちに、アスラルさんとディアナさんは立ち上がった。
このままでは置いていかれると思った私は慌ててディアナさんの手を摑んだ。
「待って! 魔法とか転移とかって何!?」
「……え?」
「何って何がだ?」
私の質問に質問で返したのはアスラルさんで、ディアナさんは戸惑ってるみたい。
どう答えればいいのかわからなかったので、私は一つ一つ疑問を口にした。
「まず、ここはどこですか? それから、魔法というのはどういうものですか? 転移というのは何ですか? 私には全然わかりません」
「魔法がわからない? どういうことだ?」
「ねえ、お兄ちゃん。ここで話すよりやっぱりお家に帰ろう? ルナさんには私が力を貸すから」
アスラルさんとはまったく会話にならず、見かねたディアナさんが口を挟んだ。
私にとっては何かできるわけではないから、もう全てを任せるしかない。
このままこの二人と別れても、他に親切な人や警察官などに会えるとは限らないから。
「ディアナ、こいつはどう考えても怪しすぎる。街の警吏に突き出したほうがいい。村のみんなに迷惑がかかるかもしれないぞ」
「でも、もし危険な人だったら、お兄ちゃんがいるから大丈夫でしょう? こんな綺麗な人を警吏に引き渡したりしたら、何されるかわからないもの」
「しかしなあ……」
二人の会話を聞きながら、私はどきどきしていた。
〝街の警吏〟っていうのはおそらく警察官のことだよね。
本当なら警察に行くのが迷子には一番だけど、ディアナさんの話しぶりからよくないことだとわかる。
警察が信用できないというのは、やっぱりここは外国なのかもしれない。
(まさか寝ている間に人身売買されてしまったんじゃ!? ……って、そんなのお父さんたちが黙ってないし、現実的にあり得ないよね)
きっと何かの手違いで自分はここにいるのだと判断して、これからどうすればいいのかを必死に考えた。
警察が信用できないのなら大使館に逃げ込むしかなけど、日本のように交通網が発達しているかは謎。
そもそもお金がない。
やっぱり最善策はこの二人に――ディアナさんに頼るしかないよね。
何よりディアナさんは私のことを綺麗だと言ってくれたから。
これはもう断然好感度が上がる。
(しかもディアナさんは写真集があったら買いたいくらい美少女だから、そんな子に褒められるなんて光栄だよね)
お世辞でもやっぱり褒められれば嬉しい。
それに引き換え、兄のアスラルさんは態度が悪い。
(まあ、妹を守らないと! って思ってて仕方ないのかもしれないけど……)
ちらりとアスラルさんを見て、ディアナさんと似ているのは瞳の色だけだなと思う。
かっこいい部類には入るかもしれなけど、私のタイプじゃない。
「何だよ? 何か企んでるのか?」
「い、いいえ。あの……できればお言葉に甘えさせていただきたいなと思いまして……」
アスラルさんの態度は悪いが、私は明らかに不審者なのだから当然といえば当然。
そもそも今は邪な目で見てたし。
だからここは素直に助けてほしいとの気持ちを全面的に押し出さなければいけない。
それにかなり喉も渇いてる。
だけど、二人はペットボトルどころか荷物も持っていないから。
さらに正直に言えば、こんな道端ではなくちゃんとした椅子に座りたかった。
できればお風呂にも入って寝転びたい。
入院中はベッドから出たいばかりだったけど、今はベッドが恋しかった。
もちろんベッドで寝れるなんて高望みでも、二人の家に行けば少しは楽になれるはず。
「あの、助けてくれませんか?」
「ほら、お兄ちゃん。助けてあげようよ」
「――わかった。だが、少しでもおかしなまねをしたら、命の保証はしないからな」
「は、はい!」
命の保証って大げさすぎる気もしたけど、ここはそういう国なのかもしれない。
とにかくこれで現状からは脱出できる。
そう思った私に、ディアナさんが衝撃的なことを告げた。
「じゃあ、私たちが転移するから、ルナさんはついてきてね」
「は、ど、どど、どうやって!?」
あっさり無理難題を言われて焦ると、ディアナさんは不思議そうに首を傾げた。
「ディアナ、そいつの言うことが本当なら魔法のことがわからないんだ。転移の仕方もわからないだろ」
「あ、そうか」
棘のある言い方にムッとしたけど、反抗するのは我慢した。
助けてもらえるんだから、素直に従うべきだよね。
「ごめんね、ルナさん。魔法を知らない人には慣れてなくて。転移についてくるのは簡単なの。私がこうして手を繋いで力を貸すから、ルナさんは私と一緒に行きたいって願ってくれるだけでいいのよ」
「……それだけ?」
拍子抜けするほど簡単な方法に、私はぽろりと本音を漏らした。
するとアスラルさんが怒る。
「それだけじゃねえよ。本当はもっと大変なんだ。だがディアナだからそれだけでお前も転移できるんだよ。ディアナに感謝しろ」
「え? あ、ごめんなさい。ありがとう、ディアナさん」
「ううん。困っている人を助けるのは当たり前だもの。それから、私のことはディアナでいいよ」
「わかった。それでもありがとう、ディアナ。私のこともルナって呼んでくれる」
「うん、わかった。それじゃあ、行こう。お兄ちゃんもいい?」
「ああ」
ディアナさんのかけ声に私は緊張しつつ手をぎゅっと握り、アスラルさんは不機嫌そうに答えた。
そして次の瞬間、私はエレベーターで急上昇するような感覚に陥ったのだった。
うわー、気持ち悪い。