神力
神様になってみたいって誰でも一度は思ったことがあると思う。
ってないかな? 私だけかな?
昔、まだ私が人間だった頃、神様になったら何でも神通力で解決できると思ってた。
だけど実際になってみたら、神様なんてならなければよかったのにって思う。
こんな力がなかったら、アスラルたちの国がどうなってしまったか知らないでいられたし、アスラルたちの家族が、民がどうなってしまったか知らないですんだから。
私のうっかりでアスラルの願いを叶えられなかっただけじゃなくて、神石をなくしてしまったことでたくさんの人間が死んでしまった。
もし私が神様じゃなくて普通のルナだったら、アスラルもディアナも今まで通りに友達でいてくれたよね?
アスラルのこと好きでいてよかったよね?
私のことをアスラルがどう思っているかはわからない。
だって心を閉ざしてしまっているから。
そんなことも知りたくなかった。
だけど神様だからできることもある。
「私は修復魔法でアスラルたちの国を元に戻します。それで死んでしまった人間もスデウにも頼んで魂を甦らせてもらえれば――」
「ルナ、安易にスデウを頼るな」
「だけど――」
「ルナ様、寛大なお言葉をありがとうございます。ですが、そのご厚意に甘えることはできません」
今の私なら全てを元通りに戻すことができる。
確かにスデウは寂しがり屋の面倒くさい神だけど、お願いすれば手伝ってくれるから。
スデウが望むなら何百年でも話し相手になる。
だからアーサーは余計なことを言わないでほしかった。
アスラルが遠慮しちゃったよ。
「アスラル、大丈夫だよ。ちゃんとみんなを甦らせることはできるから。ディアナだって、元通りのほうがいいよね?」
「――ありがたいお言葉ではございますが、このままでよいかと思います」
「どうして……?」
元通りになったら悲しくなくなるんじゃないの?
死んじゃった家族に会いたくないの?
喜んでくれると思ったのに、どうして二人とも悲しそうな顔をしているのかわからない。
私はまた何か失敗してしまったのかな?
「ルナ様、確かに私たちは国を失いました。そのことによって多くの者たちが苦しみ、悲しんでおります。ですが、生き残った者たちの勝手な感情で、死んだ者たちを甦らせるのは新たな苦しみを生むことになるのではないでしょうか? 死んだ者たちはこのまま静かに眠らせてやることが一番なのだと思います」
「でもそんなの……」
じゃあ、私は何?
一度死んでしまった記憶を持つ私は、どうして甦ってしまったんだろう。
「ルナ、この者たちがいらぬと言うのだからそれでよいではないか。もうここを去るべきだろう」
「そんなっ、お待ちください!」
心配してくれるアーサーの言葉に激しく反応したのは国王だった。
私は疲れてしまって、アーサーの言う通り帰りたかった。
アスラルもディアナもすっかり他人行儀でもう全てが元通りにならない。
それでもアーサーにいきなり連れてこられた国王の言いたいことくらいは聞くべきだよね。
「何ですか?」
「息子は――ハロウズはどうなるのでしょうか?」
「ああ……」
忘れてた。
王子はまだむぐむぐしてて、ちょっと苦しそう。
どうしようかと考えていると、アーサーが呆れたように答えた。
「息子を心配する親心には感心するが、そなたは王としてまず国を心配するべきではないか? ルナの神石の力によって守られていたこの国は我らが去ると同時に魔物に襲われることになるだろう。それが神の力を奪った代償だ」
「う、奪った……?」
「まだわからぬか。その者は手にした神石を私欲のために利用したのだ。己の立場を常日頃から恨み、兄を疎んじておったからな。なぜ自分は二番目なのか、なぜ皆が兄ばかりを大切にするのか、などとな」
王子は頑張ってむぐむぐ言いながら違うとジェスチャーしてる。
だけど、私もアーサーの言うことが本当だってわかってる。
あの王子の内心はどろどろで気持ち悪い。
「で、ですがハロウズは皆のために国中に結界を張ってくれたのです!」
「それもまた、己のためでしかない。手に入れた力を誇示し、皆に恩を売れば、あの無能な兄よりも自分を支持するだろうと」
あ、無能って言われたお兄さんが驚いている。
だけど怒ってはいないところであのお兄さんの人柄がわかるね。
お兄ちゃんは大変だ。
そう思ってついアスラルを見ると、ばっちり目が合ってしまった。
すぐに逸らされてしまったけど、ディアナは困ったように微笑む。
これが立場っていうやつ? だとしたら、やっぱり神様なんてなるもんじゃないよ。
「だが結局、皆は感謝はすれど兄王子を慕うことはやめず、その者は皆の心までを操ろうと神石を利用したのだ。そのためさらに力に歪みが生じ、結界は綻び、魔物が現れるようになった。そうだな?」
続いたアーサーの説明に、国王も皆も青ざめてる。
それどころか王子さえも驚いてるから、知らなかったんだな。
でも、知らなかったじゃ許されない。
さっきも言ったよね。
多くの魔物が新たに生まれたって。
それなのに他人は――他の国ならどうでもよくて、自分たちの国だと驚くことなの?
アスラルたちの家から王都までの旅で私たちが退治した魔物は、王子の強欲さから生まれたものだったんだよ。
元はといえば私が神石を落としたことがはじまり。
だけど、許せないものは許せない。
「みんなは、自分たちさえよければよかったの? この国の周辺で多くの魔物被害があるのに結界内でのんびり過ごしていたの?」
「ひ、避難してきた者たちを受け入れました!」
「受け入れた? だけどアスラルたちの住む村はとっても辺鄙な場所にあって、一から開墾しなければいけなかったのよ? もちろんアスラルが魔法を使ったから、そこまでの苦労はなかったかもしれない。だけど、あなたたちは未開の地を貸しただけで結界でさえもアスラルたちに任せきりでしたね?」
アスラルやディアナがなるべく魔法を使わないようにしていたのは、少しでも魔力を温存しておくため。
それはあの土地に移ったときにとっても苦労したから。
まだたったの十七歳でディアナは九歳だったのに。
「他にも避難してきた人間たちはいるけど、仕事もなく路上で生活している者たちも多くいたけれど、救いの手を差し伸べる者はいなかったわ。自分たちが魔物の脅威にさらされているときには恐れ、私に救いを求めるのにね」
あのとき、いろんな場所で大歓迎されたときには気付かなかったこと。
花びらが舞う華やかな場所から少し入れば、たくさんの路上生活者がいたのに。
「だからもう、この国も滅んでしまえばいいと思うの」




