記憶
「ルナ、手を」
それだけ言って差し出したアーサーさんの手に手を重ねる。
神様と手を繋いでいる状況に不思議な気持ちになるけど、今はそれどころじゃないんだ。
神石も大切だけど、ディアナがどうなったかわからないから。
どうか無事でいますように。
強く願いながら目を閉じると、またエレベーターの急上昇気分。
これは神様でも変わらないんだな。
「ルナ、神石を手に取るんだ」
「え? あ、はい」
転移は一瞬で、胃にかすかな違和感を残して目の前にはあの台座があった。
そこに小さな卵――じゃなくて、神石があって、ぴかぴか輝いている。
可愛いな。
特別な何かを感じることもなくて、怖いとは思わなかったから、アーサーさんの言う通り手を伸ばしてひょいっと掴んだ。
瞬間――。
ぐるぐるぴかぴかと頭の中が大混乱して、たくさんの映像が流れて、記憶が――女神なルナの記憶が戻った。
だけど気分はすごく悪い。
一気にエレベーターを急降下した感じ。
そして、私がこの世界に堕ちた理由も思い出した。
(そういうことだったんだ……)
足ががくがくして立っていられなくて、ふらつく私をアーサーが支えてくれる。
ぼんやり見上げると、アーサーは心配そうに私を見下ろしていた。
「ルナ?」
「アーサー、私……」
「思い出したのか?」
「うん。色々ごめん。アーサーにはいつも迷惑ばかりかけてるね」
本当に昔から、どれくらい昔かわからないくらい昔から、アーサーに我が儘ばかり言って、迷惑と心配ばかりかけてたんだ。
それなのに今まで謝ったことなんてなかったから、アーサーはすごくびっくりしてる。
「それから、ありがとう」
お礼を言ったこともなかったから、またまたびっくりしてる。
だけど私が迷惑をかけたのはアーサーだけじゃない。
迷惑なんて生易しい言葉では言い表せないことをしてしまった。
今はもう、あれだけ苦労していた力の制御も簡単にできるのがわかる。
だから自分が何をしたのか――何をしなかったのかもわかってしまった。
「どうしよう、アーサー。私……」
「何だ?」
「国を……人間の国を一つ、滅ぼしてしまった……」
どうしたらこの罪を贖えるのかわからない。
罪悪感で押しつぶされそうになっている私に、アーサーは小さくため息を吐いた。
「まあ、そういうこともあるだろうな」
「で、でも、たくさんの人間が死んだんだよ?」
「人間は死ぬものだ。気にしていたらきりがない」
アーサーの言葉を聞いて、それもそうかと思う自分がいる。
だけど、それじゃダメだと嘆く自分もいる。
気分が悪い。吐き気がする。
それから大きな怒りが込み上げてくる。
「ルナ」
「わかってる」
アーサーが言いたかったのは、ここに人間が――王子が近づいてきているってこと。
他にもいっぱいいて、ドアの前の警備が焦っているのもわかる。
次の瞬間、ばんっとドアが開いて王子たちが入ってきた。
「貴様らは何者だ! 今すぐその宝珠を返せ!」
偉そうな王子の態度にイラっとしたけど、アーサーのほうがもっと怒ってる。
生真面目なアーサーには人間ごときが許可もなく声を発するなんて、あってはならないことだから。
「貴様らにその宝珠は――」
「黙れ」
「――っ!?」
何か言いかけていた王子はアーサーにあっさり蛇にされてしまった。
途端に傍にいた人間から悲鳴が上がる。
ああ、そうか。蛇は鳴かないからうるさくないもんね。
だとすれば、兎とか亀とか他にもあっただろうに、よりによって蛇なんて意地悪だ。
私が嫌いって知ってるのに。
王子は自分が蛇になったことに気付いたのか、その場でぐるんぐるんし始めた。
そこによく知った気配が近づいてきて、ドアがばんと開く。
「ルナ――っ!?」
「ディアナ、アスラルまで?」
二人とも私の姿を見た途端、跪いて頭を下げた。
するとアーサーが満足げに頷く。
ひょっとして二人は私よりもアーサーの神気に圧倒されたのかな?
それならわかる。
今まで一緒にいた私よりも、初めて接するアーサーの神気のほうが感じ取りやすいだろうから。
とにかく、ディアナが正気に戻ったようでよかった。
「おのれ貴様ら、殿下に何をした! このまま――」
「やめろ!」
ずっと王子の傍にいた神官みたいな人間が私たちに持っていた杖を向けようとした。
それをアスラルが急いで止める。
神官は命拾いしたね。
もし杖を向けられてたら、アーサーは瞬時に命を奪っただろうから。
魂さえも全ての世界から消えるくらいの力で。
「あなたたちにはわからないのか! ここに今、御座すお二方はこの世の神であられる! 今すぐ膝をついて頭を下げるんだ!」
「な、何をばかばかしい! 確かにあの娘は女神様の化身などと呼ばれてはおった――」
杖の代わりに指さした人間は、アーサーにあっという間に蛇その2にされてしまった。
アーサーは容赦ないからね。
その様子を見ていた人間たちは慌てて膝をついて頭を下げた。
この中で私たちの神気に気付くほどの魔力の持ち主は少ししかいない。
王子ももう少し冷静だったら気付いただろうに、惜しかったね。
蛇になった二匹は今さら気付いてぐるんぐるんしてる。
もう一人の王子付き神官は理解したらしい。
冷汗が一気に吹き出てきて、頭を下げたまま震えてる。
だけど、そんなことはどうでもいいんだよ。
私は言わなきゃいけないことがあるから。
すうっと深く息を吸い込んで、それから私は立ったまま深く頭を下げた。
「アスラル、ごめんなさい。あなたの願いを叶えてあげられなくて。私のせいであなたの国は滅んでしまいました」




