神石
「神石? って、何ですか?」
「ルナ……神石のことまで忘れてしまったのか……」
「すみません」
「いや、謝らなくていい。ルナらしいと言えばらしいからな」
神石のことを聞かれても、知らないものは答えられない。
だけどディアナや王子様に関することかと思って、何かと訊いたら呆れられてしまった。
しょんぼりする私にアーサーさんは優しく笑ってくれる。
「そんなにしおらしいルナには慣れないな。まあとにかくルナの友人の様子からして、その身の程知らずが神石を使用している可能性はある。それ故に己の力を過信してしまったのかもしれないな」
「神石で人の心を操ることができるんですか?」
「できる。それどころか、人間が神石を利用すれば神に等しい存在にもなれるだろう」
「神にも等しい……」
それで王子様の周囲の人たちはあんなに崇拝してたのかな?
魔法騎士の人たちもそうだったし、女官さんはもっとすごかった。
私に対してもよく知らない人が「女神様の化身」っていって、あちこちで大歓迎してくれたくらいだから、そんな生神様みたいな人が傍にいたら、くらくらしちゃうよね。
ディアナだって本当は私と王子様の結婚を無理強いしようなんて思っていないはずだよ。
「じゃあ、その神石がどこにあるか、調べないとダメなんですね? それならやっぱり神殿に戻って――」
「その必要はない。水鏡を覗けばいい」
「水鏡?」
「説明するより、直接見たほうが早いだろう」
アーサーさんはそう言って歩き出したので、私も急いでついていく。
言葉の雰囲気から何となくはわかるんだけどね。
だからこそ、見せてもらったほうが早いかも。
広い廊下の先にあったのは、びっくりするくらい大きな立派なドア。
巨人が出入りするんですか? って感じだけど、そういえばアスラルが巨人もいるかもって言ってたな。
アスラルは元気かな? ディアナはきっちり責任をもって無事に帰れるようにするからね。
「開け」
思わず「ごま」って言いそうになったのは内緒。
アーサーさんが一言呟いただけで、大きな扉は勝手に開いた。
すごい。さすが神様。
感心しながらアーサーさんに続いて部屋に入ったら、太郎は入り口で止まってしまった。
「太郎?」
『吾輩はこれ以上は進めませぬ。ここでお待ちしております』
「わかった。ありがとう」
どうしてなんて野暮なことは聞かない。
たぶんここから先はとっても重要な場所なんだ。
って、部屋は真っ白けの空間で、その中央にぼんやり光る大きな……えっと……とにかく水が入ってそうな石の何かがある。
「ルナ、水盤に手を入れて軽くかき混ぜながら、神石の在り処を願うんだ」
「わかりました」
指示された通り、片手を水盤に入れてくるくるする。
何だかお風呂に入る前な気分。水だから冷たいけど。
そうしてもういいかなって手を引き抜くと、くるくるしてた水流が徐々に静かになっていく。
すると、水盤の中に何かが見え始めた。
これが水鏡なんだ。
「あ、やっぱり王子様」
「あれが身の程知らずか……」
水鏡が映し出したのは王子様の姿で、神殿内をゆっくり歩いている。
ディアナはいないか身を乗り出して見ていたら、アーサーさんに肩を摑まれてしまった。
「ルナ、あまり身を乗り出すと堕ちるぞ」
「あ、りがとうございます……」
何だろう。今、頭の中がピカピカした。
でもとにかく神石を探さないと、と水鏡に集中する。
水鏡の中の王子様はあるドアの前で止まった。
それは私たちが今いる部屋のドアにそっくりで、大きさは半分くらい。
ドアの両側には騎士さんがいて、王子様が「開けろ」と言うと、一人が開けた。
そういえば神殿自体がこの神様の家にそっくりだよね。
神殿を建てた人はここを見たことがあるのかな?
ドアもよく似てるし、何か不思議があってももう驚かないよ。
そう考えているうちに、王子様は部屋の中に入った。
室内もびっくりするくらいこの部屋によく似ていて――要するに、何もない真っ白で、中央に噴水じゃなくて、博物館などにある台座みたいなものがあった。
「やはりあったな」
「……あれが神石なんですか?」
「ああ。お前の神石だ」
台座の上のクッションに大切に置かれていたのは、ウズラ卵より少し大きいくらいの薄茶色の石。
形も卵みたいで可愛い。
でもあんな小さなものなくしたら、普通はなかなか探せないよね。
見つかってよかった。
「って、何であそこにあるんですかね?」
「……お前が大切にしないからだろう。いつもいつも注意していたよな。そんなふうに適当に持ち歩いていたら、いつかなくすぞ、と」
「す、すみません」
お兄ちゃん説教が始まった……。
記憶をなくす前の私はかなりいい加減子だったみたいだ。
お兄ちゃんがこんなにしっかりしてたら、そうなるよねえ。甘えるよ。
「とにかく、あそこにある以上は仕方ない。取りに行くぞ」
「え? アーサーさんも一緒に?」
「当たり前だろう。今のお前じゃ危うい。まあ、もともと危なっかしいけどな」
「……ありがとうございます」
むうう。責められているのに、一緒に行ってくれるっていうからお礼を言わなければならない屈辱。
もちろんアーサーさんが悪いわけじゃないです。
悪いのは私。
私め、覚えてろよ。




