双子
びっくりするくらいすっごい美形の――いや、美形なんて言葉じゃ表せないくらい美形の男性が現れて、私の口からするりと名前が出てきた。
え、知り合い?
とはいえ、この美形さん――アーサーさんの機嫌はよくないみたい。
「ルナ、いったい今までどこに行ってたんだ!? 友神のところにもいない、なかなか帰ってこないで、皆がお前のことを心配していたんだぞ!?」
「じゃあ、アーサーは心配していなかったんだ」
「していたに決まっているだろう!」
ええ? 私、何勝手に話しているの?
しかも心配してくれてるのに、反抗的なこと言ってる。
『アーサー様、ルナ様は物忘れの病に罹っておられたのです!』
「物忘れの病? ばかばかしい! それをタロウは信じたのか?」
「太郎を責めないでください。太郎は記憶を失くした私の側で、ずっと守ってくれてたんです」
「……ルナ?」
『ルナ様……』
アーサーさんの言い方はきついものではなかったけど、威圧感がすごくて太郎がしっぽを股の間に隠してしまうくらいだった。
それで慌てて割って入ると、アーサーさんは不審そうに、太郎は感激したように私を見る。
やっぱり私は偽物だった? それでお兄さんのアーサーさんは気付いたとか?
そう思ったけど、アーサーさんはやれやれって感じでため息を吐いた。
「確かに、いつものルナとは違うようだな。それなら何があったのか、詳しく聞かせてもらおうか」
「え…っと、はい」
ここまできたら、もう正直に話すしかなくて、私は覚悟を決めた。
でも目の前には本物の神様がいて、緊張しないわけないよね。
頑張れ、私。
それからは色々と話した。
気がついたらカンデの森にいたことから、王子様に会うために旅をしたこと、そこでたくさんの魔物退治をしたこと、などなど。
すごくたどたどしくて、聞いていて大変だったと思う。
だけどアーサーさんは嫌な顔もせず、話の腰を折ることもせずに、時々ちょっとした質問をするだけで最後まで聞いてくれた。
「なるほど。よくわかった。大変だったな、ルナ」
「信じてくれるんですか? それに本当に私がルナさんなのかもわからないのに?」
「ルナが噓をついているかどうか、私には絶対にわかる。私とお前は双子神だぞ? 魂で繋がっているのに、ルナが本物かどうかわからぬはずがない」
「そっか……」
アーサーさんが優しく労ってくれるから、居たたまれなくなって自分の疑惑を訴えたら、笑って答えてくれた。
そうか。双子神だからそれほど確信を持ってくれるんだ。
その事実に、すごくすごく安心した。
今までずっと、心の奥ではやっぱり自分は偽物なんじゃないかと疑ってたから。
「タロウ、今までご苦労だった」
『もったいないお言葉を吾輩のような者に……』
アーサーさんが労うと、太郎は声を詰まらせながらも嬉しそうにしっぽがぶんぶん揺れていた。
可愛いなあ。
なんて思ってたら、すごく眠くなってきた。
「……眠い」
「疲れているんだろう。眠ったらいい」
「うん……」
ぼんやりしていく意識の中で、お兄ちゃんの優しい声がする。
そのまま夢も見ずに眠ったらしい。
次に目を開けたときにはちょっとしたパニックに陥ったから。
見知らぬ場所で目が覚めたら、誰でもたいていはそうなるよね?
落ち着いて考えよう。
私は何かの女神のルナで、ここは神様の家。すぐそばに座ってしっぽをパタパタしてるのは太郎で……。
「って、ディアナ!」
何ですっかり忘れてたの!?
薄情すぎるよ、私。
急いでベッドから下りて、服がからまって転ぶ。
慌てて女官さんが寄ってきてくれたけど、私は元の世界に――あの場所に帰らないとって必死になってた。
でもどうすればいいのかわからなくて、ドアを開けて広い廊下を見た私はうろたえた。
「ルナ、どうした?」
「アーサーさん!」
「……ルナ、皆が心配しているぞ。何があったんだ?」
「大変なんです! 私、戻らないと! ディアナを――大切な友達をあの場所に置き去りにしてきてしまったんです!」
「友達? あの場所というのは、人間界の神殿のことか?」
「はい!」
私があまりに動揺していたからか、女官さんがアーサーさんを呼んできてくれたらしい。
眠る前の私は本当に疲れていたんだと思う。
最後のほうはきちんと説明できていなかったようで、神殿から逃げるために転移したっていうのを言ってなかった。
「王子様が私と結婚するって言って、私は嫌だって言ったら、みんなが追いかけてきて――」
「結婚? ルナとか?」
「あ、はい……」
必死に説明していたら、アーサーさんはすごく怖い顔になって、私は怯んでしまった。
呆れたような顔と優しい顔しか知らなかったから、穏やかな神様なんだと思ってたけど、今は祟りが起きそうなくらい怖い。
「人間の分際でルナと結婚とは――」
「あ、あの、でも、私が女神だって知らなくて、ただ魔力が強いからって気に入られたみたいなんです」
「たとえどうであれ、身の程知らずには罰を下さねばならぬ」
「い、今はそれどころじゃないんです! ディアナがどうなったか心配なんです! ディアナはまるで人が変わったみたいに王子様にうっとりしちゃって、あんなのディアナじゃない!」
アーサーさんの怒りは神様として仕方ないのかもしれないけど、私にとってはディアナのほうが大切。
眠る前の私はちょっとした記憶の混乱に陥っていた気がする。
色々なことがありすぎたよ。
アーサーさんは私の勢いに押されたのか、怒りの表情はどこかにいって、代わりに訝しげな表情になってた。
「それはおかしいな。まるでその〝おうじさま〟という者が、他者の心を操っているようではないか」
「で、でも確か、心に干渉するのは難しいって……」
ディアナの言葉を思い出した私を肯定するようにアーサーさんは頷いた。
そしてまったく別の言葉を口にする。
「ところで、神石はどうしたんだ?」




