対面
「信じられない! こんなに遠くまで呼びつけといて、今日は会えないなんて!」
「まあ、禊ぎの途中なら仕方ないよ。今日はゆっくり休もう?」
ぷりぷり怒るディアナを宥めてソファに座る。
それから女官さんが――私がアスラルたちに保護されたときに着てたような古代ローマ的な服の女官さんが淹れてくれたお茶を飲んで、遠慮なくクッキーを食べた。
「このクッキー美味しい!」
「クッキー? この型焼きのこと?」
「あ、ここではそう言うの? 私の前の世界ではクッキーって言ってたよ」
「そうなのね」
クッキーの話になって、ディアナは怒っていたことを忘れたみたい。
だけどディアナは私のために怒ってくれたんだと思うから、何だか申し訳なくなる。
呼びつける王子様に最初は私がちょっとした反感を持ってたからね。
それでも、この旅でたくさんの人助けができたし、ディアナや太郎との旅は楽しかった。
しみじみしてたら女官さんがやってきて、王子様との面会は明日のお昼からだと告げられた。
ここの女官さんは感情を抑えるようにしているのか、みんな冷たい印象だよ。
それが王子様の名前を口にするときだけ、うっとりしてる。
そんなに素敵な王子様なのか……。
ディアナと明日の朝はゆっくりできるねなんて話しながら、美味しいご飯を食べて大きなお風呂に入った。
そう、お風呂が大きかったんだよ!
今までは湯船につかることもあまりできなくて、浄化魔法を使ってたんだけど、ずっともどかしかったんだよね。
禊ぎのためらしいから、はしゃいだらダメなのはわかってるんだけど、温泉とかとは違って髪の毛はまとめなくてよくて、とにかく気持ちよかった!
ディアナは初めてらしくて、最初は大きな湯船につかるときにおそるおそるって感じで可愛かったんだよね。
でも慣れてくると気持ちよくなったのか、ぷっかり浮いたりして、ちょっと溺れそうになったりして焦ったよ。
ディアナは泳いだことがないんだって。
というわけで心も体もぽかぽかで、ゆっくり眠ることができた。
ぐっすり眠れたからか、朝は気持ちよく目が覚めた。
そのおかげで朝ごはんもしっかり食べられる。
この世界には宗教的に……宗教って言っていいのかわからないけど、とにかく食べ物の制限はないらしい。
あんな魔物がいる世界だし、実際の食材は違うのかもしれないけど、アスラルと暮らしてた頃は見たことのない野菜はあっても、特に際立って変わっているというのはなかったから、同じようなものなんだと思う。
それからいよいよ王子様とのご対面。
の前に、女官さんに色々と作法を教えてもらった。
王子様が入って来るときは頭を下げて、許可があるまで頭を上げてはいけないとか、話しかけられるまで声を出してはいけないとか。
まあ、それぐらいなら間違えずにできそうだと聞いてたら、女官さんに着替えるようにと言われた。
正確には「お着替えをお手伝いさせていただきます」だって。
それで仕方なくフードを外すと、その場にいた女官さん全員の動きが止まった。
やっぱりそういう反応か、うん。
被害妄想かもしれないけど、今まで「何でこの子が?」みたいな態度がかすかに見えていた女官さんたちの顔つきが変わった。
見た目が肝心ってよく聞いたけど、ここまであからさまだと納得してしまう。
前世では良くも悪くも場に溶け込んで目立たないようにしてたから、その言葉にそこまでは共感しなかったんだよね。
でも今回は見習い魔導士のローブを着てフードで顔を隠した人物と、見惚れてしまう絶世の美女の対照だから。
それで女官さんたちが失礼だとは思わない。
きっと私だって似たような態度になってたはず。
「あー、気持ちいい」
「ディアナ?」
「だって、ルナがこんなに綺麗だって、みんなに知ってもらうのは嬉しいもの。そもそも神殿に仕える者として、彼女たちの態度は失格よ」
『ふむ。姿が見えなくても、ルナ様ほどのお力の凄さはわかるはずですぞ』
「でも女官さんはそれほど力がないのかも。それに、私だってフードをずっと被った人物がいたら不審者扱いすると思うし……」
って、なぜか女官さんたちを庇ってしまった。
根が小市民なんです。
でもこの世界に来て――というか、私の意識がはっきりしてから初めて出会ったのがアスラルとディアナでよかった。
自分の魔力のこともわからないままどこかに連れていかれてたかもしれない。
それにあのときアスラルがあんなに不審がったのも当たり前だったよね。
本当に二人には感謝でいっぱい。
アスラルは今日も一人で畑を耕しているのかな……なんて考えていたら、着替えが終わっていた。
予想はしてたけど、私たちも古代ローマ的な服。
『おお、ルナ様。着替えられたのですな。やはりそのお姿が一番しっくりきますな』
「……ありがとう」
やっぱり太郎はこの姿を知ってるんだ。
ということは神様もこんな服なのかな? 古代ローマじゃなくてギリシャ神話だったみたい。
それから大きな広間みたいなところにつれていかれて、気がつけば王子様の入場が告げられていた。
ディアナに続いて慌てて頭を下げる。
すると、ドアが開いた音のあとに何人かが歩いている音が聞こえた。
上目遣いにこっそり見たら、新しく入ってきた三人の足が見える。
みんな同じギリシャの神様的な服。
ちょっとわくわくしてきたところで、「面を上げよ」って言われた。
これって映画とかで見た!
うきうきしてきたけど、表情だけは真面目な感じにしてみる。
王子様以外の二人が私の顔を見てはっと息を呑んだけど、私も王子様の顔を見て驚いた。
神々しいって言葉は王子様のためにあるんだ。
それはもうびっくりするくら王子様の顔は美しくて、その顔を毎日見てるなら私の顔を見ても驚かないよなあって思った。
ただ残念な点が一つ。
それはケツア……いや、アゴがとても逞しくていらっしゃる。
私はこう、できればなめらかなほうが好みなので惜しいです。
って、私こそ人を顔で判断しちゃダメだよ。
意識を顔じゃなくて声のほうに向ける。
王子様はじいっと私の顔を見て、ふっと笑ってから口を開いた。
その笑顔に周囲から感嘆のため息が漏れる。
ディアナも同じようにうっとりしてるけど、太郎は興味なさそうに座って耳の後ろを搔いてた。
「遠路はるばるようこそいらっしゃった。聖なる乙女よ」
ん? 私のこと?
女神様の化身とかは言われたけど、聖なる乙女は初めてだな。
なんて呑気に考えてたら、王子様はにっこり笑ってとんでもないことを言った。
「聖なる乙女よ、我らの婚姻の儀は明後日に決まった。それまで待ち遠しくはあるが、それも神の思し召し。この時間をも楽しもうぞ」
うん。何言ってるかわかんない。
やっぱり王子様は次元が違うみたいだね。




