聖地
もし街の人たちの希望を叶えることができるなら頑張ろうと思ってたら、隊長さんが部屋に訪ねてきた。
それから申し訳なさそうにお願いがあると言う。
もちろんオーケーするつもりで何か訊いたら、街の代表の人たちと会ってほしいって。
本題じゃないんかーい!
と、一人突っ込みをしたのは内緒。
拍子抜けしつつ、予定通りオーケーしてフードを深く被り直して街の代表の人たちが入ってくるのを待った。
街の人たちは椅子に座ったままの私(立たなくていいんだって)とディアナを前にして膝をついて頭を下げたからびっくり。
この状況は偉そうで落ち着かないよ。
「心優しき女神様の化身でいらっしゃるルナ様、このたびは我が街へとお立ち寄りいただき、誠に光栄に存じます。ありがとうございます。我々は……」
って、ながっ!
こういうの長口上って言うんだっけ? 挨拶は短く簡潔なのが万国共通みんなに喜ばれるんだよ。
もし私が朝礼で立って聞いてたら貧血で倒れてるよ。
そうか。それで立たなくていいって言ってくれたのか。
女神の化身とかルナ様とか突っ込むのも疲れる長さに、フードの奥であくびをした。
ちらりと横を見ればディアナは笑顔のままですごい。
ようやく代表者の人の挨拶が終わると、隊長さんが大きく頷いた。
それが合図になったようで、街の人たちは顔を上げてディアナを見ると、また床に額がつくほど勢いでがばっと頭を下げた。
「ルナ様、お願いがございます! 聖地を魔物から取り戻してください!」
どうやらディアナを女神様の化身だと勘違いしているらしい街の人たちの態度に、ディアナは「どうする?」と目で訊いてきた。
なので誤解されたままでいようと思ったら、隊長さんが不機嫌そうに否定した。
「こら、お前たち! そちらは魔道士のディアナ様だぞ! ルナ様はこちらにいらっしゃる方だ!」
「え? ……ですが、見習いでは……」
街の人たちはたった今、存在に気付いたって感じで私を見た。
わかるよわかる、その気持ち。
たとえローブを被っててもディアナならきっと存在感抜群だろうしね。
だからディアナ、怒らなくていいから。
笑顔のままのディアナの怒りが伝わってきて、私は慌てて口を開いた。
「あの、聖地を取り戻すってどういうことですか? 魔物が出現したんですか?」
魔物ってかなり多いね。
アスラルたちとあの家で暮らしているときには一度も遭遇しなかったけど、あのカンデの森も本来は魔物がいっぱいいるはずだったんだよね?
アスラルや王子様の結界内でこれなら、結界がない場所はどうなってるんだろう。
他の国は?
色々と心配事はあるけど、まずは目の前のことに集中しないと。
街の人たちは私が質問すると、なぜかディアナを一度見てから頷いた。
「実は数日前、月の丘に蛇型の魔物が現れ始めたのです。もちろんこの街にも魔導士はおりました。ですが退治しても次から次へと湧いてきて、ついに魔導士は力尽き……静養のために街を離れました」
あ、とりあえず命は無事だったんだ。よかった。
それにしても蛇か……。蜘蛛は平気だけど、蛇は苦手なんだよね。
でもちょっと離れた場所から魔法を放てばいいかな。
コントロールはできるだけ頑張って、失敗したら修復魔法で……。
「月の丘には何があるんですか?」
「神殿です。祈りを捧げるための簡易神殿があるんです」
「神殿……」
神殿と聞いて、胸がざわざわする。
ここまでの旅では祈祷所はあっても神殿はなかったから。
「神官はどうしたんだ? その神殿には二人いただろう?」
「それが、魔導士と同様に魔物退治で力尽き、街の診療所で寝込んでおります」
「そうか……」
代表者の答えに質問した隊長さんも私もディアナもほっとした。
ということは、今は人間はいないってことだよね。
って、そもそも月の丘ってどこにあるんだろう?
「魔物が出現してから王都には急ぎ救援を頼んだのですが、すぐには派遣してもらえず途方に暮れていたところだったんです。それが二日前に届いた風の噂で、女神の化身とも思えるほどのお力を持った方が魔法騎士の方々と王都に向かっていらっしゃると聞き、それもこの街を通るらしいと聞いて、街の者たちは今か今かと首を長くして待っていたのです。皆、いつ魔物があの壁を越えてやってくるのかと怯えておりましたから」
それであの大歓迎ぶりだったんだ。
予想はついていたけど、月の丘っていうのは街の外にあるみたい。
「もう一つだけ質問なんですけど、そのあたりに動物はいますか?」
「動物……? 野生の兎などはひょっとしていたかもしれませんが、今はおそらく全て食われているでしょう」
「わかりました」
どうしてそんなことを訊くんだ? ってみんな不思議そうな顔をしてたけど、ディアナと太郎だけはわかったみたい。
ディアナはよかったねというふうに笑ってくれる。
「では、さっそく行きましょうか」
「今からですか!?」
「え? ここから遠いんですか?」
「それほどではありませんが……今からですと日暮れ前になります」
「なら大丈夫です。ねえ、隊長さん?」
「はい。魔物が活発化する時間のほうがまとめて退治できますから」
魔物退治は夕方のほうが効率がいいけど、普通の人は怖いよねえ。
とはいえ、早く魔物は退治したほうがいいし、さっそく出発することになった。
太郎は嬉しそうにはしゃいで、馬車には乗らずに走ってる。
街の人たちは私たちを心配そうに見送ってくれたけど、代表者の人たちは道案内にとついてきた。
怖いならいいのに。
そして太陽が丘の向こう側に消え始めたときに到着。
小高い丘に緑はまったくなくて、神殿の姿だけが影になって浮かび上がってる。
風情があっていいねえ……ってことはなくて、丘一面にうようよといるんですよ。
蛇。蛇。大蛇。
気持ち悪い。無理。もう我慢できない。
「ルナ?」
「ごめん、もう無理!」
本当ならもっとこう、魔法を放つ前に何かしたり言ったりするべきだったのかもしれないけど。
一分一秒も無駄にしたくなくて、馬車から降りてうようよを見てすぐに炎魔法を放った。
一応コントロールしたつもりだったのになあ。
魔物は全て灰も残さず消えて、石造りの神殿はぼろぼろと崩れてしまった。
やりすぎました。すみません。頑張って直します。
というわけで、修復魔法を――ってほどかっこいいものじゃなく、元の姿をイメージして「直れ~直れ~」と願う。
するとあっという間に元通り!
逆に怖いくらいだけど、目撃二度目の魔法騎士さんは嬉しそうで、街の人たちはぽかんと口を開けて見てた。
「ほ、本当だった……」
「奇跡だ……」
誰かがぼんやり呟いて、はっと我に返ったようにこちらを見る。
そして街の人たちは私の足元に膝をついて頭を下げた。
「ルナ様、ありがとうございました!」
「は、はい……」
恥ずかしいからこの反応はやめてほしい。
ほんと、フード被っててよかった。




