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墜落

 

「いっ、たー」


 頭が割れるように痛くてふらふらする。

 それでも頑張って体を起こしたけど、何か大切なことを忘れている気がした。

 でも何を忘れているのかわからない。

 そこでようやく思い出したのは、手術台から見た先生の顔だった。


(私、まだ麻酔から覚めてないのかな……?)


 手術台に乗って考えることはいつも同じ。

 次にちゃんと目覚めることができるのかな、とかばっかり考えて不安でいっぱいになる。

 だから本当は病気なんて治らなくてもいいから手術なんてしたくない。

 そのことを言い出せないまま、家族みんなの期待に応えようと「大丈夫」「頑張る」って言って手術室に入っていく。


(でも、これは本当に夢? 頭は痛いし、風の匂いもするけど……)


 不安になって周囲を見渡しても、薄暗く木がいっぱい生えてて足元は草でいっぱい。

 さっきまで手術台にいたのに、いきなり森のようなところにいるなんて、夢以外の何ものでもないはず。


「……お母さん? お父さん?」


 呼びかけても二人の返事はなくて、ざあっと森を抜ける風の音だけが聞こえる。

 このままここに座り込んでいるわけにもいかないよね。

 まだふらふらするけど頑張って立ち上がったら、長い髪の毛がさらりと目の前で揺れた。


「……え?」


 入院生活に長い髪の毛は邪魔になるからって、いつも短くしている私の髪なわけがなくて。

 じゃあ誰のなんだろうと振り向いたけど誰もいない。

 いても怖いけど。

 これはひょっとしてウィッグかもしれないと思って引っ張ったのに頭が痛いだけで外れない。


「ねえ、お兄ちゃんの悪戯? これどうやって外すの? お母さん! お父さん!」


 家族を捜そうと茂みの中を走ったけど、すぐに足が痛くなって止まった。

 裸足じゃん。

 しかも、何だろうこの格好。

 白いひらひらの布を巻いただけというか、昔のローマな人みたい。

 実は仮装大会に出てた?

 そんなわけもなくて、むき出しの足にできた切り傷を見下ろす。


「痛い……」


 血が出てるし。

 それに心臓がどきどきしてるけど、いつものやつとは違う。

 怖い。自分の足から血が出てるってだけですごく怖い。

 まるで初めて怪我をしたみたい。


「お、お母さん! お父さん! お兄ちゃん!」


 鼻をすすって涙を堪えて、痛みに耐えて前へと進む。

 どうしてこんなところにいるのかはわからなくても、この森を出なければいけないことだけはわかるから。

 泣くな、私。負けるな、私。

 ぐすぐすと鼻を鳴らしながらどれくらい歩いたのか、ようやく森の出口らしき場所に辿り着いた。


「どこ、ここ……?」


 目の前に広がるのは見たことのない景色。

 同じ背丈の雑草が風に揺れているのかと思ったけど、これってたぶん麦の穂だ。


(……麦畑?)


 実物を見たことはないけど、写真でならある。

 だからといって、ここが日本のどこかなどわかるわけもない。

 畑の畔に沿って歩いて人がいないか捜す。

 しばらくして舗装されていない道に出たけど誰もいない。


(もうダメ。歩けない)


 力が出なくてその場に座り込んで目を閉じる。

 こっちのほうが楽。

 もうこのまま目を開けたくない。

 そう思うのに、誰かが肩を揺する。


「……やめて。起こさないで」

「何言ってんだ。こんなところで寝るわけにいかないだろう?」

「お兄ちゃん、怪我をしているのかもよ。もっと優しくしないと」


 若い男女の声が脳に届いて、そこではっきり覚醒した。

 そしてびっくり。

 きっと今までのは悪い夢で、この声は看護師さんたちの声だと思ったのに。


「だ、誰? 外国人?」


 夕陽に反射して輝く金色の髪の毛はなぜか親しみを感じるけど、日焼けした肌に緑色の瞳は記憶にない。

 もちろん辺りは一面麦畑でさっきと何も変わらない。

 二十歳半ばの男性は怒ってるみたいで、これは危険だと頭が退避命令を出す。

 そのとき可愛い声が聞こえてそちらへ向いた。


「こんにちは。どこか怪我をしているの?」

「い、いいえ……」


 優しく声をかけてくれた女の子は中学生くらいで、亜麻色の髪と男性によく似た緑色の瞳をしている。

 だけど肌の色は抜けるように白い。


「まあ! 足が傷だらけじゃない! 靴はどうしたの!?」

「靴は……わかりません」

「ディアナ、油断するな。どう考えてもこの娘は怪しい」

「でもお兄ちゃん、これから夜が来るのに放ってはおけないよ」


 男性は怖いけど女の子はとても優しくて、年下なのに縋ってしまいたくなる。

 そもそも縋るしかないよね。

 見知らぬ土地で見知らぬ外国人の前にいるんだから。

 言葉が通じるのはラッキーだった。


「あの、私にも何が何だかわからないんです。気がついたら森の中にいて、靴は……歩いている途中で脱げてしまったんです」

「大変だったのねぇ」

「信じられるか、そんな話。ディアナ、こんな怪しい女を信じるなよ」


 素直に話を聞いてくれた女の子と違って、男性はふんっと鼻を鳴らした。

 お行儀悪い。感じ悪い。

 疲れも限界になると心の余裕がなくなるみたい。

 だから普段なら絶対に口にしないようなことを言ってしまった。


「あなただって十分怪しいですよね。こんな可愛い女の子を連れてこんな時間にこんなところを歩いているなんて」

「はあ? 馬鹿馬鹿しい。俺たちは兄妹だよ」


 失礼なことを言っている自覚はあったけど止められなかった。

 すると男性は不機嫌に否定した。


「そうそう。まだちゃんと自己紹介していませんでしたね。私はディアナ。この怒りっぽいのは兄のアスラル」

「おい、ディアナ。勝手なことをするな」

「……私は月奈(ルナ)。ここが日本のどこかもわからなくて、途方に暮れてます」

「ルナ?」

「はい」


 年の割にかなりしっかりした美少女――ディアナさんが名乗ってくれてよかった。

 さっきまでは半信半疑だったけど、自己紹介するとやっぱり私はルナなんだと実感したから。

 病気でずっと入院していて、せっかく受かった高校も通えず、何度目かの手術で……?


 頭痛は治まったものの足の傷はまだ痛い。

 だけど胸の痛みや、息切れなど、他には異常ない。

 それならとにかくこの状況をどうにかしないといけなくて、助けもらえそうな目の前の二人に笑いかけた。

 でもやっぱり男性は――アスラルさんは不審げに目を細める。


「とにかくいつまでもここにいるわけにはいかないし、ひとまずはお家に戻りましょうよ」

「こいつはどうするんだ?」

「もちろん一緒に決まってるよ」

「はあ? そんな――」

「どうぞよろしくお願いします」

「勝手に決めるなよ」


 ディアナさんの提案に反対するアスラルさんをスルーして、深々と頭を下げる。

 アスラルさんは文句を言いながらも強くは否定しない。

 というわけで、ひとまずお世話になることにしました。




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