退治
すぐにでも魔物退治に向かうつもりだったけど、休憩は必要だってことで出発はお昼休憩の後になった。
こんなにのんびりしてていいのかなって心配になってこっそりディアナに訊いたら、魔物が活発になるのは基本的に夜だからって答え。
そういえばそうだったな。
というわけでお昼ご飯。
今頃、アスラルは何してるかな?
一人で結界張って、カンデの森から魔物が現れないように見張ってて大変だよね。
たった三日なのに、もう懐かしいよ。
「アスラルは一人で大丈夫かな?」
「そうね。大丈夫だとは思うけど、明日にでも様子を見に帰ってみようか?」
「できるの?」
「もちろん」
さすがディアナ。
よし。アスラルに胸を張って会えるように頑張ろう。
王子様はとっても広い地域に結界を張っているからか、こうして魔物が出ちゃうのかな?
太郎もアスラルの結界から離れて現れたもんね。
お昼ご飯を食べて馬車に乗り込むと、目的の村の村長さんや男の人が何人か馬に――ロバ? に乗って一緒に向かうことになった。
どうやら村の人たちは全員がこの村に避難してきているみたい。
太郎は我慢できないのか、馬車には乗らずに自分で走っているけど、先に行っては戻ってきての繰り返し。
はしゃぎすぎじゃない?
窓から太郎を見てるとピクニックに行ってる気分になるよ。
でも村の人たちはガチガチになってるし、魔法騎士さんたちも表情が重々しくて、魔物退治に向かってるんだと気を引き締め直す。
やがて馬車のスピードが落ちて、到着したのかなとまた窓の外を覗いたら、家が何件か見えてきた。
他の村と特に変わりはないなと思ってたけど、よく見たら家が壊れてる。
「嵐が来たみたい……」
「魔物の仕業ね」
「こんなに酷いなんて……。みんな避難しててよかったね」
「……避難した後ならいいけど」
「え?」
「みんな余程のことがない限り、家を捨てたりはしないもの。命より大切なものなんてないのに」
ディアナはいつもの優しい雰囲気がなくなって、すごく深刻に呟いた。
確かにこれは大切なことだ。
でもどうして神様たちが魔物を退治しないんだろう。
神様に敵対する存在なんだよね?
まあ、考えるのはあと。
今は力をコントロールすることに集中しないと。
私でもわかる。すごく嫌な魔力がこのあたりにウヨウヨと漂ってるって。
「これはすごいわね……」
「王子様の結界は効果ないのかな?」
「うーん。以前よりも威力が弱まっているのは間違いないわね。それでルナに会いたいのかも」
「それって、私が代わりに結界を張るとか?」
「そこまではわからないわ」
「そっか」
私がちゃんとコントロールできたら、結界も国中に張れるのかもしれない。
そうしたらアスラルも一人で頑張らなくてもいいんだ。そうだ。
あれ? でも本当にそれでいいのかな?
この国はよくても他の国は?
考えるつもりはなくても考えてたら、馬車が止まった。
いよいよだ!
と思ったのに。
「ディアナ様とルナさんはどうぞ馬車の中でお待ちください」
「ルナ様! 私が身を挺してでもお守りいたしますから、ご安心ください!」
『ルナ様! 吾輩の勇姿を見届けてくだされ!』
あ、いや。だからそうじゃなくて。
私が魔物を退治するって決めたのに、危険なことを任せるなんてしないよ。
「ディアナ、ここ開けてくれる?」
「もちろん」
馬車のドアの鍵を開けてもらって外に出ると、騎士さんたちは驚いて、太郎はちぎれそうなくらいにしっぽを振った。
歓迎してくれてるのは太郎だけで、騎士さんたちは迷惑そうだよ。
そんな顔するなら最初からここに来ることを反対すればいいのに。
あ、イアニスさんはちょっと違うか。
「魔物は私が退治します。まだコントロールを……力の制御ができませんが、そこはディアナが助けてくれますから」
「おお、ディアナ様が……」
私の説明に騎士さんたちが沸き立つ。
ディアナが力を貸してくれるって言ったから安心したみたい。
何だか微妙な気持ちだけど、村の人たちもほっとしてるのはやっぱり仕方ないね。
正式な魔道士と見習い魔道士じゃ、そりゃそうだ。
ディアナには馬車の中で打ち合わせをしてある。
要するに魔法の練習のときのように、ディアナが結界を張って私の力が他に被害がいかないようにしてくれるんだよね。
『ルナ様、吾輩はどうすればよろしいのですか?』
「えっと、それじゃあ、私が失敗したらフォローしてくれる?」
『ふぉろー?』
「私が失敗したときに代わりに退治してくれるかなってこと」
『承知!』
太郎は伏せの状態で〝待て〟をしてくれてるけど、「失敗」と聞いた村の人たちはどよめいた。
不安にさせてしまってごめんなさい。頑張ります。
気合を入れ直して、畑の遠く向こうにある山を見た。
そこからびしびしと嫌な魔力が伝わってくるんだよね。
太陽がちょうどその山の向こうに沈みかけたとき、唸り声が聞こえてきた。
狼とかとは違うけど、遠吠えだとわかる。
『仲間を集めておりますな』
「やっぱりそうなんだ」
「まとまって来てくれるなら、ありがたいじゃない」
「……そうだね」
確かにコントロールのできない私には、あっちこっちに分散させるよりもまとめて魔法を放ったほうがいい。
えっと、攻撃魔法はどれを使えばいいかな? 火、風、水。
教えてもらって扱えるのはこれだけ。
「ルナ、火で――炎でいきましょう。ルナの威力ならどれでも一発だけど、私が風魔法で防ぎやすいから」
「わかった」
ディアナの指示に頷いたところで、魔物が姿を現わした。
途端に村の人たちから悲鳴が上がる。
ロバも怯えて暴れ、馬は暴れはしないけど落ち着かない。
騎士さんたちは剣を抜いて、隊長さんの指示に従って体制を整えている。
その間を抜け、ディアナに背を押されて前へと出た。
「ルナ様! 危険です!」
イアニスさんが心配して声をかけてくれるけど、大丈夫。
心配なのは周囲に被害が広がらないかだよ。
他の騎士さんたちがディアナが前に出たことでちょっとほっとしてるのは気付かないふり。
はっきり姿が見えるようになった魔物は、大きな蜘蛛のような形だった。
それが……十匹くらいいる。
うえー。気持ち悪い。
「ルナ、大丈夫?」
「う、うん」
意識を集中して、やりすぎない。やりすぎない。
ディアナが魔物の周囲に結界を張ってくれたのもわかる。
よし。やるぞ!
『ルナ様、どかんと一発ですぞー!』
「え? あ……」
いい感じに集中できて、今だと思った瞬間。
太郎のかけ声が聞こえて、手元が狂ったっていうのは言い訳だよね。
私が放った攻撃魔法は、まるで火の鳥のような姿になって魔物たちを飲み込んだ。
……畑や魔物の棲み処になってた山と一緒に。




