魔物
太郎が加わった旅は順調に進み、四日目の正午頃。
お昼休憩に立ち寄った村では、馬車を停めた途端に多くの人が詰めかけてきた。
これまでの村や街でも魔法騎士は珍しくて憧れの存在らしく、多くの人が集まってきてたけど、今日はなんだか雰囲気が違う。
どうしたんだろうと窓から見てたら、太郎が鼻をくんくんさせながら呟いた。
『ずいぶん魔物臭いですな』
「え? 魔物?」
「そうね。近くに魔物の群れがいるみたい」
「ええ!?」
太郎だけじゃなくてディアナまで遠くを見つめながら呟いたからびっくり。
それなのに何でみんな――魔法騎士さんたちまで呑気にしてるの?
もっと警戒したりとかしなくていいのかな?
「じゃあ、村の人たちは助けてほしいって言ってるんだよね? これから退治に行くのかな?」
「さあ、どうかしら。彼らはそれが仕事ではないから、このまま王都に向かうと思うわ」
「えええ!?」
意味がわからない。何だそれ。
魔物って人間を襲うんだよね?
「彼らは任務第一だもの。そしてその任務はルナを王都に連れて行くことだから」
「だけどあの人たちが困ってるのに? あ、ひょっとして騎士さんたちじゃ、魔物に勝てないの?」
「ルナ、それはたとえ事実でも口にしちゃだめよ。彼らのプライドが傷つくわ。あと、まだ勝てないと決まったわけじゃないわ」
『ルナ様、お望みならば吾輩が魔物たちを成敗してまいりますぞ』
「できるの?」
『お安い御用です。ではさっそく――』
「ちょっと待って!」
私が私の価値観でこの世界の決まりを批判することはできない。
騎士さんたちには騎士さんたちの決まりがあるはずだから。
そう気付いたら、他にも気になることができてしまった。
「えっと、魔物っていうのはこの世界の悪なの?」
「どういうこと? 人間を襲うのよ? 畑も荒らすし、家畜だって襲うわ」
「うん、そうなんだけど……。太郎が魔物を倒しても、神様は怒ったりしない?」
『もちろんですとも。魔物は神に背くもの。祈りもなければ、神々の愛するものたちを傷つけ、命までもを奪うのですから』
「そっか、わかった」
必要悪じゃなくて……こういうの何て言うのか忘れたけど。
害獣の中には人間の都合で駆除してるだけで、本当は自然界では必要な存在だったりとか何だったりとかあったりしたから、魔物もそうだったらどうしようって思ったけど違うみたい。
まあ、魔物からしてみたら、人間だろうが神様だろうが「知るもんか」なんだろうけど。
「じゃあ、みんなの話をまずは聞いてみようよ」
「ルナが退治するの?」
「騎士さんたちの任務が私を王都に連れていくことなら、私が退治すれば騎士さんたちはそれに付き合うしかないんじゃないかな?」
「なるほど」
『ルナ様のお手を煩わせるほどではありません。吾輩がすぐにでも成敗いたしますのに』
私が馬車から降りようとすると、ディアナが質問してきた。
それに答えるとディアナは納得してくれたけど、太郎が不満そうに言う。
何だか『待て』を言いつけられたハスキー太郎とそっくりだ。
「ありがとう、太郎。でもちょっと待ってね」
『承知!』
しっぽがパタパタしてるよ。
ディアナが魔法でドアを開けてくれたので、フードを深く被り直して馬車から降りた。
すると、魔法騎士のイアニスさんが驚いてすぐにやって来た。
隊長さんたちも話をやめてこちらを見る。
うう。あんまり見られると緊張するよ。
「ルナ様、お待たせして申し訳ございません。すぐにお体を休めるようご用意をいたします!」
「違うんです。待ちくたびれたわけじゃなくて、魔物が近くにたくさんいるんですよね? その退治のお手伝いをさせてください」
「いえいえ、ディアナ様やルナさんのお手を煩わせるほどではございません。すぐに魔物討伐の手配をいたしますので、我々は休憩を取りましたらこのまま進みましょう」
イアニスさんに首を振って魔物退治の申し出をしたけど、隊長さんに子供をあやすように断られてしまった。
ちょっと腹が立つな。
隊長さんの目線は何も言ってないディアナに向いてるし。
でも些細なことで怒ってる場合じゃない。
村の人たちは縋るように私たちを見てる。
「いいえ。わざわざ退治に他の人たちを呼ぶ必要はないです。そんな回りくどいことをしなくても、私たちがちょっと予定を遅らせればいいだけですよね?」
「しかし、魔物が出現するのは隣村でして、道を逸れるだけでなく、ここから半日はかかります」
「そうなんですか?」
てっきりこの近くだと思ったよ。
驚く私にディアナが困ったように笑った。
「ごめんね。けっこう強い魔力だったから近くだと思ったんだけど」
「ううん。それだけすごい魔物ってことだよね?」
「そうね。予想より強力そうだわ」
「じゃあ、やっぱり行かないと!」
『では、吾輩がひとっ走りしてきますぞ!』
太郎のしっぽがブンブン揺れる。
旅の予定を変えないためには太郎にお願いするのがいいのかもしれない。
だけど、太郎じゃ逆にみんなを怯えさせるかもしれないし、何より私が退治するって決めたんだから、私がやるべきだと思う。
王子様には待ってもらうことになるけど、魔法騎士は正義の味方でないと。
「皆さん、大丈夫です。魔物は頑張って退治してみせますから!」
勝手な行動だっていうのはわかっているけど、こういうのは勝手にやらないとダメっていうのもわかってる。
隊長さんたちは困惑顔だけど、イアニスさんはぱっと顔を輝かせた。
そして陳情に来たらしい隣の村の人たちがわっと声を上げた。
それにこの村の人らしき人たちもほっとした顔になったから、間違ってないよね?
そりゃ、近くに魔物が出現するってだけで怖いもん。
「ルナさん、本当によろしいのですか?」
「はい。勝手に決めてしまったのは申し訳ないですけど、やっぱりこのまま通り過ぎるなんてできません。ですから、王都に着くのが遅くなったのは私のせいだって報告してください」
「いいえ、ルナさんがお決めになったことに我々は従います。当然、この身をもってお守りいたしますので、ご安心ください」
「……ありがとうございます」
さすがに守ってもらうつもりはないけど、お礼は言わないと。
私が気をつけるべきはコントロール。
さあ、やってみせるぞ!




