神官
翌朝。
約束通りやって来た隊長さんにディアナも一緒に連れて行ってもらうことをお願いすると、あっさり了承してくれた。
というより、喜んでる。
他の騎士さんたちに紹介されたときも、私は胡散臭い目でしか見られなかったのに、ディアナにはみんな嬉しそうな顔をしてた。
やだ、ロリコン?
騎士さんたちは醸し出すオーラが違うというか、とっても品があって強そうな感じなのにがっかりだよ。
「それじゃあ、お兄ちゃん行ってくるね!」
「ああ、何かあったらいつでも帰ってこい。あと、ルナのことを頼んだぞ」
「任せて!」
十三歳に保護者代わりになってもらう十九歳とは情けないけど、背に腹はかえられない。
ひと月過ごしたこのお家から旅立つのは心細くて寂しいけど、また帰ってこれるよね?
それに見知らぬ土地に旅するのも楽しみ!
「アスラル、行ってきます」
「おう、気をつけてな。あと魔法を使うときは周囲に気をつけろよ」
「わかった」
最初の印象は悪かったけど、不審者に対しては当然と言えば当然で、アスラルは面倒見のいいお兄ちゃんだった。
だからアスラルと離れるのは心許ないけど、ディアナに頼めばまたすぐに会えるし、コントロールを身につけて自分で転移できるようになればいいよね。
私はアスラルに手を振って、ディアナと手を繋いで馬車までちょっとだけ歩いた。
アスラルたちの家は馬車では入れない場所にあるからね。
馬車は村の中心部――要するに村長さんの家の前の広場に停めてあって、村の人たちも見送ってくれる。
村の人たちには軽く頭を下げてから馬車に乗り込んだ。
ディアナはみんなに手を振ってる。
「わー、ふかふかだ」
「さすが神殿の馬車ね。これなら王都までも快適そう」
車内は二人っきりでさっきまでの緊張も消えていく。
だけど窓のカーテンを開けて二人でアスラルに手を振った。
アスラルは手を振り返してはくれなかったけど、笑顔を見せてくれる。
「いつでも会えるのに、なんだか寂しいな……」
「そうだね」
ディアナがぽつりと呟いて、私も小さく同意した。
アスラルの特訓は厳しかったけど、私もかなりの魔法が使えるようになったから感謝でいっぱいだよ。
まあ、コントロールはまだできないけど。
やがて馬車が動き始めて、アスラルや村の人たちの姿が小さくなっていく。
馬車は予想より全然揺れなくて驚いていたら、魔法の馬車だからとディアナが教えてくれた。
え? カボチャの馬車とかそういう系?
と思ったけど、そうじゃなくて馬車に偉い人が魔法をかけて揺れないようにしているんだって。
すごいね。
「そういえば、この世界の人たちって何歳くらいで結婚するの?」
「いきなりどうしたの?」
「えっと、何となく……」
さっきは騎士さんたちをロリコンだと思ったけど、ひょっとしてこの世界では普通なのかもと思ったんだよね。
まあ、それなら騎士さんたちはすでに妻帯者な年齢になるけど、アスラルは結婚してなかったしなあ。
そう考えた私の突然の質問に、ディアナは驚きはしたけど変には思わなかったみたいで、素直に答えてくれる。
「特に何歳かなんて決まってはいないわ。若くて十四、五歳でする人もいるし、三十歳を過ぎてからする人もいるし、一生しないって人もいるから」
「それじゃあ、子供は?」
「子供? それは育てる準備ができたと思った夫婦が女神様にお祈りをするのよ」
「女神様……」
何だか胸がざわざわする。
女神様って聞いて、すごく大切な何かを忘れてる気がするのに、それが何かを思い出せない。
「大地と実りの女神様のデアテラ様は、冬に願いを叶えてくださるの。だから子供が産まれるのはお祈りをしてから次の年の冬が多いのよ」
「ああ、デアテラは春から秋は何かと忙しいから。冬のほうが集中して祈聴できるって言ってたわ」
「え?」
「あれ?」
ディアナの説明を聞いて、勝手に出てきた言葉はわけがわからなくて自分でも首をひねった。
もちろんディアナも驚いていたけど、すぐにじっと私を見る。
「ルナって前から思ってたけど、やっぱり神官なんじゃないかしら」
「神官?」
「ええ。ハロウズ殿下が大神官を務めていらっしゃる王都の中央神殿の他にも、地方にはたくさんの神殿があるから。その中のどこかの神官だったじゃないかしら? 魔力の強さといい、最初の服装といい、神官じゃないかって、前にアスラルとも話してたんだけど……」
「けど?」
「女性の神官は聞いたことがないし、神官が行方不明になったらもっと大騒ぎになってるはずだから……」
そこまで言って、ディアナは黙り込んでしまった。
それは胸騒ぎのする沈黙で落ち着かない。
「ディアナ?」
「どうしよう……」
「え? 何が?」
「ひょっとして、ルナがあんな場所に現れたのは誰かから逃げてたのかも!」
「誰かって?」
「たとえば、ルナの魔力が強すぎて新しい神官になることが決まってたんだけど、それを反対する勢力があって追われてたとか!」
「ええ!? じゃあ、このまま王都に行ったらまずいんじゃ!?」
「違うわ! きっと殿下がそのことを知って、ルナを保護しようとしてくれてるのよ!」
「え、でも……」
小説とかでは黒幕が王子様ってよくあると思うんだけど。
ディアナは王子様を全面的に信用してるみたいで言い出せない。
それどころかロマンチックだと思ってるみたいなんだけど、危機感があまりないのはなぜ?
「あの、ディアナ……。もし、その、悪い誰かが襲ってきたらどうするの? この旅で」
「そのときは撃退すればいいのよ」
私の疑問にディアナはあっさり答えてくれたけど、そんな簡単にいくのかな?
不安に思う私を励ますように、ディアナはにっこり笑う。
「私が守ってあげるから大丈夫よ。私でダメならお兄ちゃんを呼べばいいもの」
「……騎士さんたちを頼ったりは?」
「もちろん、まずは騎士さんたちに任せるわ。あの人たちの名誉のために。でも、私のほうが断然強いから心配はいらないわ。たとえあの人たちが敵でもね」
そう言って笑ったディアナの顔はとても頼もしいもので、私はひとまず安心した。
って、この美少女ヤバい気がする。




