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ゴソゴソ×7

 バイトを終え、アパートに帰る頃には夜の九時頃になっていた。

部屋の前で鍵を取り出し、扉を開けて中に。

真っ暗な部屋の電気を付けて、そのまま布団へと転がり込んだ。


「ふぁぁぁ……疲れた……癒し系弟キャラとか……やめてほしい……」


癒し系弟……それが僕のキャラ設定。

なんて無茶ブリをしてくるんだ、と最初は思ったが、僕が思う以上にこのキャラ設定は合っているようだ。

おかげでお嬢様方からは今のところ可愛がられている。


「施設ではどちらかというと兄貴風吹かせてたのに……」


しかしそんな事を言っていても始まらない。

激しく疲れるバイトだが、時給はそれなりにいいのだ。贅沢は言ってられない。


「よし、シャワー浴びて……って、お腹空いた……」


こういう時の為に買った炊飯器なのだが、米を炊くのがめんどくさい。

しかし他に食べる物など無いし、まさかこんな時間に大家さんの家に行くわけにも……。


「まあいいか……一食抜いても別に死ぬわけじゃ……」


とりあえずシャワーを浴びよう。

それからグッスリと夢の世界に……


と、その時……当たり前のように聞こえてくる隣のゴソゴソ音。

今日はずいぶんと速いな。いつもは深夜なのに。


「紗弥さん……あのカッコでやってるのかな。何してるのか想像もしたくないけど……」


恐らくだが、超能力の練習とか言って怪しげな儀式をしているのだろう。

あのトランプは失敗だったみたいだが、一瞬で姿見を直してしまうのを俺は見た。


紗弥さんは不思議な力を持っている。それが超能力か何かは知らないが。

きっと未だに彼氏が出来ないっていうのも……あの変な趣味? があるからでは……


「いかん、眠れない……」


お腹が空いてるのと紗弥さんの考察で頭が冴えてしまう。

確実に疲れているのに……もうベットに入ったら自然と落ちると思ってたのに。


「……そうだ、遊びにいってみようかな……」


なんとなくだが、紗弥さんがあの変な民族衣装っぽいのを着ている時は接しやすい。あまり関わりたくはないが、いつもの綺麗なお姉さんバージョンの紗弥さんよりは話しやすい気がする。


 僕は疲れているのだろう。

こんな簡単に隣の綺麗なお姉さんの部屋に行こうなんて思えてしまうなんて。


そっとインターホンに手を触れ、グっと押し込む。

おなじみの音楽が聞こえ、中からトタトタと紗弥さんの足音が……


「はーい、ぁ 悠馬君!」


「う、うわぁ!」


バーン! といきなりドアをあけ放つ女子大生!


こ、この人ヤバイ!

来客があるといつもこんな対応してるのか?! いきなりドア開けるとか不用心にも程が……。


「あがってあがってー、フフフ、今日こそは悠馬君に証明してみせよう、超能力の存在を!」


そんな紗弥さんの恰好は期待通り民族衣装っぽい。

僕はドアの鍵を閉め、チェーンを掛けつつ紗弥さんの用意したスリッパを履き、部屋の中へと歩んだ。



 ※



 今日の紗弥さんの部屋はエキセントリックだった。

天井からいくつも垂らされたテルテル坊主。床には魔法陣が描かれ、その中心には「いけにえ」の札を掛けられたクマのぬいぐるみが。


 なんだコレ。

自分から来ておいてなんだが、今すぐ帰りたい。


「うふふのふ。悠馬君。これから……このクマのぬいぐるみが、少しゴージャスなクマのぬいぐるみになります。イイデスカー?」


「はぁ……意味わかりませんがいいですよ」


僕はリビングに用意されたコタツの中へと入りつつ、儀式を行う紗弥さんを見ていた。

クマのぬいぐるみが少しゴージャスなぬいぐるみになる……。

まったく興味をそそられないが、その現象自体は凄いのだろう。

昨日、姿見を一瞬で直した紗弥さんの力を今一度良く見れるかもしれない。


「ハァー……オコノミヤキ、コロッケ、スキヤキ、カレーライス、テンシンハン……」


呪文らしき言葉を呟く紗弥さん。

ただ今食べたい物を並べているように聞こえるのは、恐らく空耳だろう。


「ハァァァ!」


次の瞬間、部屋の照明が一瞬落ちる。

まるで映画のワンシーンのようだ。何かホラー的な物を召喚するような……


「フゥー……どう? 悠馬君。見よ! 少しゴージャスなぬいぐるみになったよ!」


ジ……とぬいぐるみを見つめる僕。

しかし大した変化はない。しいて言うならば「いけにえ」と書かれた札が木製の物から金属製に代わっている程度だ。


ってー! もしかして……ゴージャスになったのって……札?


「フフゥ、驚きすぎて声も出ないのかな?」


「いえ……変化が微妙すぎて分からなかっただけです。ところで紗弥さん、お腹が空きました」


グゥー……と僕のお腹が鳴る。

何故だろう、普段の綺麗な紗弥さんの前だったら恥ずかしくて穴に潜りたい気分になるのだろうが……今の紗弥さんには何でも言えてしまう気がする。


「え? お腹? ぁ、ちょっと待ってて……加奈さんが多めに作ったからってハンバーグくれたから……」


何っ! もしや今日の献立はハンバーグだったのか?!

うぅ……紗弥の所に来て正解だった。

紗弥さんは台所へと行き、数分後に戻ってくる。


「今チンしてるからー。ちょっと待っててねー」


言いながらコタツに入ってくる紗弥さん。

しかし、その恰好は普通の……いつもの綺麗なお姉さんバージョンの紗弥さんが!


「え、え?! 紗弥さん?! あの蓑虫みたいな服は……?!」


「蓑虫て……礼装だって言ってるでしょ。ご飯食べるのにあんなの来てたら失礼じゃないー」


何まともな事言ってんだこの人!

だ、ダメだ……紗弥さんが普通の恰好してたら、僕はまともに顔を見れないっ。


「まあまあ、悠馬君。今日学校はどうだった? 帰り遅かったねぇ」


「ぁ、いえ……今日はバイトで……」


モジモジと布団に入りながら目を逸らす僕。

その様子を見て、紗弥さんは鼻で笑いつつ


「悠馬君。おしっこするときは便座に座ってしてね。おしっこ飛びちる……」


「ち、違います! あと僕はちゃんと狙いますから!」


な、なんて会話してんだ!

綺麗な女子大生のお姉さんの部屋で……!


話題、何か話題を……!


「あ、あの……紗弥さん、実は今日……その……告られたんですけど……」


「……ん? マルチーズ? チワワ? ビックフット?」


「……なんで悉く人外なんですか。ってうかビックフットって……」


「へー、モテるんだねー。悠馬くん。憎たらしい……」


なんだろう、今すごく背筋が凍った。

ヤバい、逃げるべきだろうか。


「それで? お付き合いするの? 相手どんな子? 写真ある?」


「あ、いえ……その……断りました……」


僕は、今日美衣から告白された時の状況を紗弥さんに話した。

聖の事や、前から美衣は僕の事を好きでいてくれた事、そして……僕は美衣の事を「友達」としか見れない事を。


しかし、それに対して紗弥さんの反応は……


「アハハ、ないない」


何がですか。説明を求めてもよろしいでしょうか。


「だってー、いつも一緒なんでしょ? 美衣ちゃんと。なのに友達としか見れないって……贅沢にも程があるってもんよ! 小僧!」


「贅沢って……」


僕だって美衣の事は可愛いと思うし、付き合ったら楽しいとは思う。

でも、それでも友達止まりなんだ。僕の中では……。


そんな気持ちで付き合うなんて……失礼にも程がある。


「悠馬君、じゃあ私は? 悠馬君の何?」


「え?」


紗弥さん?

何って言われても……


「隣に住む……少し変なお姉さん……ぁ、いえ、綺麗なお姉さん……」


「サラっと変とか言いやがったな。まあそれはいいとして……私は「友達」じゃないんだ?」


「え? ま、まあ……こうして部屋に遊びに来てるわけですし……友達ですかね……」


僕がそう言った瞬間、紗弥さんは向かい側から隣に移動し、こともあろうか僕の肩を抱いて体を密着させ……って! 当たってる! なんか当たってる!


「ほらほら、もっとくっついて……そうそう、体の力ぬいて……私に寄り掛かるように……」


なんだコレ、なんだコレ、なんだコレ!

ヤバい、脳が……とろける……


「ほら、これでも友達?」


「い、いえ……ペットと主人って感じです……」


素直な気持ちを口にする。

このまま……紗弥さんの飼い猫にでもなってしまいたい気分……


「そうかぁ……悠馬君はM体質か……」


ちょっとマテコラ。

なんですかソレ!


「ぁ、ハンバーグできたかな? んしょっと……」


そのまま紗弥さんは僕から離れ台所に。


ぅっ……不味い、ちょっと本気で紗弥さんに飼われたいとか思ってしまった。

僕はMだったのか……。


「はいー、お待ちどうさま。たんとお食べー。私が作ったわけじゃないけど」


コタツのテーブルの上に置かれるハンバーグ定食。

白ご飯に味噌汁までついている。なんて至福……っていうか僕、炊飯器買ったのに全然自炊してない……。


「いただきます……」


手を合わせ、箸をとり……まずは味噌汁から。

赤味噌で豆腐とワカメ入り。なんだかホっとする。


「美味しい? その味噌汁は私が作ったんだけど」


「美味しいです……シスターさんの味噌汁みたいで……」


次はハンバーグ。

そっと箸で切り分け、ご飯の上にのせて一緒に……


ふぉぉぉぉ! さすが加奈さん……少しスパイシーなハンバーグはご飯によく合う!


なんてこった、美味しすぎ……って、なんか紗弥さんが不思議そうな顔して僕を見ている。


「シスターさんって……そこはお母さんじゃない?」


「……ぁ、いえ、僕捨てられたんで……両親知らないんです」


って、ぁ……しまった。

楽しい食卓でなんて事を……。


「え、じゃあ……シスターさんって……孤児院とかの……?」


「は、はい……熊本の教会のシスターさんで……僕の親代わりというか何というか……」


紗弥さんは微妙な顔をしている。

そりゃそうだ。「僕捨て子……」なんて言われて、嬉しそうな顔をする人間なんてそうそう居ない。

他人には言わないようにしてたのに……。


「……そっか。大変……だった?」


「いえ、楽しかったですよ……弟も妹も、兄も姉も居て……まあ、バラバラになっちゃいましたけど……」


「……なんで?」


……それは……


「えっと……施設が火事になって……幸い、皆無事だったんですけど……。それで、高校や大学に行ける子供は寮とかに入って……僕も寮がある高校に行きたかったんですけど、それだとレベルが落ちるからダメだってシスターさんが……」


そうだ。ここのアパート代も生活費もシスターさんが出してくれている。

他の子共達は違う施設に入ったり、学校の寮に入ったりしてるのに……僕だけ……。


「シスターさんには……会えたりするの?」


「いえ……今どこに居るとか教えてくれないんです。他の子共達とも連絡取れなくて……シスターさんは知ってるはずなのに……なんで教えてくれないんだろ……。もしかして僕達にもう会いたくないとか……」


「そんな事ないよ」


紗弥さんは僕の口元についている米粒を取ると、そのまま口に運びながら微笑んだ。

そのまま、僕の頭を子供のように撫でてくる。


「私がシスターさんでも……たぶん同じようにすると思う。だって……今頑張らないといけない時期なんだから。知ってる? ライオンは……崖から子供を落として上ってきた子だけ……って、あれ? これは少し違うかな……」


……少しわかった気がする。

そうか。折角一人暮らししてるのに、シスターさんに今会ってしまったら……たぶん、僕は離れたくないと思うだろう。そのままズルズルと……甘えてしまうかもしれない。


まあ……今は加奈さんや紗弥さんに甘えてしまっている感もあるが。


「ま、まあとにかく……可愛い子には旅をさせよ! っていうじゃん? だから、別にシスターさんは悠馬君に会いたくないってわけじゃ……」


「はい……ありがとうございます……」


僕は慰められているのだろうか。


なんとなく、スパイシーなハンバーグは、しょっぱい味に変わっていた。


あぁ、僕ダメだな……こんな……甘えっぱなしで……





 「というわけで悠馬くん。話は変わるけど美衣ちゃんの事はどうする気?!」


ってー! あれ?! これで第七話終わりじゃないの?!


もう文字数五千字行きそうだよ! 今までのパターンから行っても、さっきの所で終わってるのが定石じゃない?!


「どうするって……いや、もう返事はしちゃったし……」


まあ、美衣はなんか諦めてくれなかったけども。


「私の力で戻してあげよっか。過去に……そして美衣ちゃんとやりなおすのだ!」


「え、えぇ……そんな事も出来るんですか……」


過去に戻るって……いや、でもそんな事……。


「まあ、私の力をもってすれば可能ヨ。戻りたい時はいつでも……」


「いえ……いいです。過去に戻るなんて……卑怯じゃないですか……」


もし出来たらの話だが。

過去に戻る事が出来ても、僕は美衣の事は断るだろう。

僕の気持ちは変わらない。紗弥さんに何と言われようが……


美衣は大事な友達なんだから。


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