ゴソゴソ×5
隣のお姉さんから「私、超能力者!」と告白された翌朝。
あれから寝ようにも寝られず、結局朝まで起きていた。そして今更ながら凄い眠い。
「あぁ……サボろっかな……」
しかし、こう見えて僕は真面目だ。
風邪で熱が出たとかならまだしも、眠いから休むなんて有り得ない。
仕方なし、とシャワーを浴びて目を覚まさせつつ、今日こそはと炊飯器を開ける。
中にはホッカホカに炊かれたご飯が。
実は、紗弥さんの部屋から帰還した後、眠れなかったので何となく研究していたのだ。
それが理由で眠れなかった気もしないでもないが、今は触れないでおく。
「よし、食べてみよう」
茶碗を取り、ご飯をよそう。
うふふのふ。真っ白のホカホカご飯!
さて、オカズは何にしようか。
「えーっと……確か梅干しと納豆があったはず……」
これから学校に行くが匂いなんか気にしない。
というか、僕は納豆が大好きだ。作者も納豆が大好きだ。
蓋を開け、タレを掛ける前に箸で混ぜ混ぜ。
白くなってきたらタレを掛け、ご飯の上に。
「いただきます……」
そのままご飯と納豆を一緒に口の中へ。
「うん……ウマイ」
一人で食べるご飯。
まあ、たまにはいいかもしれないが、なんか寂しいな。
やっぱり……加奈さんの所に行こうかな……。
「いやいや、いつまでも加奈さんに甘えていたら……ダメなんだ」
僕は自立できない大人になってしまう。
自分で出来る範囲の事はやらないと……。
「……ぁ、今日バイトか……」
週三日で入れているバイト。
バイトを始めたのは、一か月程前だ。
生活費やアパートの家賃は、中学まで居た施設のシスターさんが払ってくれている。
だがいつまでも頼っているわけにはいかない。
少しでも、自分で賄えるようにならなければ。
「本当は週五日くらい入れたかったんだけどな……」
しかしながら、バイト先の店長に拒否されてしまったのだ。
もっと仕事に慣れてきて、成績もそれなりに上位になったら考えてやる、との事だ。
ちなみに僕の成績は中の中。中学の時に必死こいて勉強し、今の高校に入ったはいいが、正直燃え尽きてしまった。なんか勉強する気になれない。
「……イカン、こんな事では」
気合を入れなおし、ご飯をかきこんで高校に行く準備をする。
時刻は午前七時。少し早いが折角だ、朝の通勤ラッシュを躱せるか試してみよう。
口から納豆の匂いがしないか確認しつつ、鏡の前で寝ぐせチェック。そのまま部屋を出て戸締りをし……いざ出陣……!
「ぁ、悠馬君、おはよー」
「うほぅ! さ、紗弥さん……おはようございます……」
「どうしたの? ゴリラさんみたいな声だして……今日はもう行くんだ。早いね?」
紗弥さんは……パジャマ姿?
昨日の民族衣装みたいなのは着ていない。いたって普通の一般人に見える。
いや、というか……パジャマ姿って……。
「い、いってきます……」
「いってらっしゃーい」
パジャマ姿の女子大生に見送られて学校に行く。
なかなか良いものだ。なんだかドキドキが収まらない。
まるで新婚夫婦のようだ。
※
駅に到着すると、三十分早いだけでかなり違った。
いつものように人は居らず、改札もガラガラだ。ホームにはチラホラと人が立っている程度。
「この時間いいな……人が少なくていい感じ……」
清々しい朝の風がホームを駆け抜けていく。
寒いがどこか気持ちがいい。いつもより人が少ないというだけで、こんなにも違うとは。
「…………」
でも……やっぱり寂しいかもしれない。
いつもの顔が見えない。
「美衣……どうなったかな……」
聖の告白はどうなったのだろうか。
美衣は受け入れたのだろうか。
二人は……付き合うんだろうか。
「……関係ない……」
そう、僕には関係ない。
あの二人の問題だ。美衣が聖とどうなろうと……僕には関係ない。
電車へと乗り込み、久しぶりに座ってみる。
あぁ、座りながら学校に行くのも良いものだ。いつもは座れるような状況じゃないし、なにより人に揉みくちゃにされながらの登校なのだ。もういっそのこと、この時間に通学するようにしてしまおうか。
「早起きは三文の徳って言うし……」
そのまま電車に揺られる事十五分。
高校の最寄駅へと到着し、いつものように自転車を取りに行く。
「さむっ」
電車では暖房が効いていたから……その温度差が正直つらい。
そして更にこれから自転車で高校へ向かうのだ。
ぶつかってくる風を想像しただけでも鼻水が止まらない。
「うぅ……マフラーがあるからまだマシ……」
ふと、首に巻かれた紗弥さんのマフラーへ触れる。
温かくて、ほのかにまだいい匂いがする。
「紗弥さん……なんか変な人だったけど……まあ、いい人だよな」
いきなり私、超能力者! とか言われたけど。
※
なんとか高校へ到着し、教室に入るとまだ生徒は少ない。
だが真面目なあの子は当然のように席についていた。
「おはよう、聖」
「……あぁ、おはようござっ……おはよう……悠馬さ……悠馬」
……?
なんか聖がおかしい。
敬語を無理やりにタメ口にしようとしている。
まさかとは思うが……
「聖……美衣に何か言われた?」
顔を赤くしてプイ、とソッポを向いてしまう聖。
なんだ、何を言われ……って、聖?
グイっと聖の顔を寄せつつ、目を見つめる。
「な、なんですか、悠馬さ……悠馬……」
「聖、これ……カラコン?」
聖の瞳の色が深い青色になっている。
パっと見で分かる程目立つ色ではないが、当然ながら校則違反だ。
聖がこんな事するなんて……
「ゆ、悠馬……顔が、違いです……よ?」
「…………」
こうしてマジマジと観察していると、聖の顔って本当に綺麗だな、と思ってしまう。
肌にも毛穴らしき物は見当たらないし、スベスベで卵肌。思わずフニフニとつつきたい誘惑が襲ってくる。
「聖……美衣に何言われた?」
再び質問を繰り返しながら、他にも変更点が無いかチェック。
すると、耳たぶに赤い点が。恐らくピアス穴をあけようとして断念した跡だ。
「す、すみません……その……美衣さんはワイルドな男性が好みだと……」
いや、それは嘘だろ。
美衣は拾ってきた猫みたいな性格だ。つまり、ドが付くほど大人しい。
そんな女がワイルドな男が好み……?
以前、百均の店員がサングラスにスキンヘッドってだけでレジに行けなかった美衣が……
「聖、だからって無理に……」
「い、いいんです。美衣さんに振り向いてもらえるためなら……次はこの髪を剃ります」
いや、それ確実に迷走してるだろ。
髪剃ってどうするつもりだ。寺で修業でもするつもりか?
イカン、このままでは聖があらぬ方向へ走ってしまう。
僕の親友が道に迷いかけているのだ。ここは正しい方向へ正してやらねば。
「聖、結局……美衣の返事はどっちなの?」
「え? えっと……もっとワイルドな男性が好みだから……とそのまま去ってしまって……」
断られてるではないか。
というか、ワイルド云々はただの方便だ。真に受けるな! 我が親友よ!
「し、親友?」
「そうだよ、聖。ちょっと今日付き合え。僕のバイト先に」
僕のバイト先、そこは執事喫茶。
当然ながら、客はほぼお嬢様。
そしてバイトの先輩女子大生は結構美人だったりする。
聖に新しい恋を見つけさせるには、うってつけの場所だ!
「じゃあ聖、今日の放課後付き合え。分かった?」
「わ、わかりました……」
よしよし。
というか美衣……断るならちゃんと断れ。
男の生き方なんて……コロっと変わる。
特に、恋する男児の前では。