ゴソゴソ×4
大家さん……加奈さんのビーフシチューをたらふく食べ、部屋へと戻ってくる。
結局あのあと、紗弥さんに負けじと……五杯程ビーフシチューをおかわりし、ものの見事に鍋一杯のシチューは完売。
「はぁ……さすがに食べ過ぎた……」
食べた直後に寝ると牛になるらしいが、たぶん大丈夫だろう。
とりあえずなんか疲れた……お腹ぽんぽんで……眠いし……。
あぁ、もう今日はこのまま……寝てしまおう
※
教会が見える。
僕が中学まで住んでいた施設。
そっと扉を開け、中に入ってみる。
そこには、一緒に住んでいた子供達が勢ぞろいしていた。
五人の弟、三人の妹、四人の兄、二人の姉。
そして中央にはシスター。
皆笑顔で僕を迎えてくれる。
『おかえり、悠馬。ご飯作るから手伝って』
『悠馬兄ちゃん、勉強教えてー』
『ゲームしよー、悠馬ちゃん』
『悠馬、ナンパに行くぞ』
『悠馬』『悠馬っ』『悠馬~』『悠馬ー』
『ゆうま……』
※
「ふぉっ……」
暗い部屋で目が覚める。
気が付くと汗だくで、ジャージの下に着ていたTシャツがベットリと肌にくっついて気持ちが悪い。
「ん……着替え……」
このままでは風邪を曳いてしまう。
さっさと着替えて二度寝しよう。
のっそりと起き上がってジャージとTシャツを脱ぎ、洗濯機の中に放り込む。
ついでに洗面所で顔を洗おうとすると、鏡に映る自分の顔に驚いてしまう。
「……? 泣いてた……?」
怖い夢でも見ていたんだろうか。
全く覚えていないが。
顔を今にも凍りそうなくらい冷たい水で洗い、そのまま新しいTシャツを着て再びベットへ。
「ん……まだ二時……」
なんて時間に目を覚ましてしまったんだ。
深夜の二時なんて……いや、中学の頃はこのくらいまで勉強してた。高校に入って……そこまで勉強しなくなったな。まあ、あの頃は施設に居たし、弟や妹達に勉強を教えてあげれるように必死になって……
「……寝よう」
そのまま目を瞑り、二度寝を試みる。
しかし……
「……また……紗弥さんか……」
右隣の壁越しに、何やらゴソゴソと音がする。
そこまで五月蠅いわけでは無いが、気になりだすと眠れない。
……模様替え? いや、そこまで大きな音はしない。というか深夜に模様替えなどしないだろう、普通。
……じゃあ掃除? それこそありえないし、毎晩のように深夜に掃除って……受験前の中学生じゃあるまいし……あぁ、そういえば僕も試験勉強しなきゃいけないのに、妙に掃除がしたくなった時期が……。
その時、ガラスか何かが割れる音がする。
思わず起き上がり、壁を見つめる僕。
「……おいおい……何してんだ……?」
グラスでも落としたんだろうか。いや、もっと大きな物だ。
それこそ、窓ガラスでも割られたかのような……。
「……様子、見に行った方が…」
何せ、隣に住んでいるのは綺麗な女の人だ。
しかもちょっと天然の入った酒の弱い……
「イカン、なんか急に心配になってきた……」
いても立っても居られず、スリッパだけ履いて外に出て、紗弥さんの部屋の前に。
そっとインターホンを押そうとした時、奇妙な事に気が付く。
「ドアが開いてる?」
うっすらと扉が開いているのだ。
もしかして、もう誰かが……変な男が中に居るんじゃ……!
「っく……紗弥さん……! 大丈夫ですか!」
勢いよくドアを開け、スリッパを放り投げるように脱ぎ捨て部屋の中に。
リビングの中に入ると、そこには床に転がる姿見が。鏡は粉々に割られている。
「なっ……紗弥さん? 紗弥さん!」
どこ……どこ?!
もしかして、もう既に何処かに連れ去られたんじゃ……
「紗弥さ……」
その時、トイレの中で物音が。
そのまま水を流す音が聞こえる。
ん?
ガチャっと開くトイレの扉。
そして中から出てきたのは……
「はれ? 悠馬君? どうしたの?」
「どうしたのって……えっと……」
僕は思わず目を疑った。
トイレから出てきた紗弥さんは、どこぞの民族衣装? のような恰好……。
もっと言うと、なまはげのような……
「んー? 悠馬君、なんて恰好してるんだい。寒くないの?」
「いやいやいやいやいやいや! 貴方こそなんて恰好してんですか! どこの民族の方ですか! 子供を泣かせて健康を願う鬼の類ですか?!」
「うふふのふ。歌舞伎と混ざってるよ悠馬君。そしてこれは民族衣装ではなく、礼装だから!」
いや、正直どっちでもいいんですけど!
「どうしたの? 悠馬君。ぁ、もしかして……夜這い? 夜這いだね?! いいだろう! 私が可愛がってあげるよ! 悠馬君!」
ぎゃー! 襲われる!
「って、違います! なんか凄い音がしたから……」
「んー? あぁ、ごめんごめん……ちょっとハッスルしすぎて……姿見倒しちゃって……そしたら急にトイレに行きたくなっちゃって……」
すみません、意味が分かりません。
一般人にも分かる説明を求めます。
「っていうか、紗弥さん……毎晩のようにガサゴソ何かやってますよね……?」
もしかして、この恰好が関係しているんだろうか。
紗弥さんは礼装だとか言ってたけど……。
「ぁ、ごめん。五月蠅かった? 静かにやってたつもりだったんだけどね」
言いながら紗弥さんはリビングへ移動。
後ろ姿は蓑虫みたいだ。
「あの……紗弥さん? なにしてたん……」
と、その時僕は目を疑った。
リビングで粉々になっていた筈の姿見が、何事も無かったかのように戻っている。
鏡の部分も割れてなどいない。
いや、確かに割れていた筈だ。粉々に床に散らばっていた筈……
「まあ……ちょっと説明するから。悠馬君は超能力とか信じる?」
「……は?」
いきなり突飛な事を言われて唖然としてしまう。
超能力……超能力と言ったか。
「または魔術とか……ハンドパワーとか……フォースとか……」
「いや……あの……」
まるで頭が付いていかない。
紗弥さんがそうだと言うのか? 確かにいきなり治った姿見を見れば分かる。
たった今、異常な事が起きたことが。
「フフン。どうやら君は信じていないって顔してるね! いいよいいよ! じゃあ見せてあげるよ!」
な、なんだろう、このキャラの変わりっぷり。
綺麗なお姉さんは一体どこに?
「じゃあ……分かりやすいように……これを使って超能力の存在を証明してあげよう」
そう言って紗弥さんが懐から取り出したのはトランプ。
その礼装の中……何が入ってるんですか。
「はい、好きなだけ切って。悠馬君」
「はぁ……わかりました……」
なんかマジックショーに付き合わされている気分だ。
言われた通りに何回かトランプを切り、紗弥さんへと手渡す。
「じゃあ……一枚だけ取って。一枚だけね」
「はい……」
扇状に広げたトランプから、一枚を取る。ハートの三だ。
「じゃあそれを戻して。私に見えないようにね」
「はい……」
そのままトランプをランダムな位置に戻し、再び僕に切ってくるように言う紗弥さん。
言われた通り何回か切り……
「どうぞ」
再び紗弥さんへとトランプを手渡すと、急に雰囲気が一変する。
わざとらしく「むーむむむ……」と唸りだし、トランプを握りしめ……
「分かった……悠馬君が選んだカードは……これだ!」
バッと出されたカード。
それはスペードのエース。
「違いますけど……」
「フゥー……まあ、こんなもんよ」
何が!!
違ってるじゃん! 意味が分からん!
超能力の証明どうした! っていうかこれマジックだよね?!
「ち、ちがうよ? 超能力だよ?」
紗弥さんは、おっかしいなー……とか言いながらトランプを選びなおす。
いやいや、もういいですから。
というか……
「紗弥さん……そんなのより……あの鏡、どうやって直したんですか?」
「え? 気合」
そこは超能力でいいでしょう!