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3/8

ゴソゴソ×3

 授業中、ずっと聖と美衣の事を考えていた。

二人が仲良く喋っていた事など見たことは無いが、聖は高校に入ってすぐに美衣の事を好きになってしまったらしい。キッカケはクラス委員の集まりでの出来事だそうだ。


 聖はかなり真面目な性格をしている。

成績も良いし、クラスの男女双方からの信頼も厚い。

そんな聖がクラス委員に推薦されるのは当然と言えば当然だった。


 そして美衣はと言えば、彼女はかなりおとなしい性格をしている。

もう分かるとは思うが、美衣は頼まれるとNOと言えない。

なのでクラス委員も押し付けられた……というわけだ。


 そんな二人は一年の頃、全学年のクラス委員が集まる会議で初めて出会った。

出会いは本当に些細な出来事だったらしい。

聖が落とした消しゴムを、美衣が拾っただけ。

聞いていると、え? と思ってしまうが、聖はこの一瞬で恋に落ちてしまったのだ。


『落としたよ、消しゴム』


『あ、あり、あり、ありが、ありがとう……』


この時ばかりは、聖はアガりまくっていたらしく、美衣におかしな奴と思われない為、消しゴムを受け取るなり逃げてしまったそうだ。

それ以来、聖は美衣の事を目で追うようになっていた。

そして、美衣と仲のいい男子が居るという情報を得て、聖はまず、その男子生徒へと狙いを定めた。


まあ、それが僕だったわけだけど。


そうか……聖と僕が仲良くなれたのは美衣のおかげだったのか。

ぐぐ、なんか焼き餅を焼いてしまう。聖は僕のマブダチなのに……!

美衣に僕の友達を取られてしまう! 


いや、待て待て。

良いことじゃないか。マブダチに好きな人が出来て、ついに告白しようって言うんだから。


聖が告白するのは本日の放課後。

かなりベタだが、体育館の裏に呼び出すらしい。

果し合いでもするのか? と思ってしまったが。



 ※



 そしてついに運命の放課後。

聖は深呼吸しつつ、僕の元へやってくる。


「じゃ、じゃあ……行ってきます」


「ぁ、うん。頑張って、聖」


美衣を呼び出す為、聖はDクラスへと向かう。

そんな聖を見送る僕。非常に気になるが、まあそっとしておこう。

出羽亀のような真似は出来ない。非常に気にはなるが。


 聖の健闘を祈りつつ駐輪場へ行き、自分の自転車の鍵を外してサドルへと跨る。


「聖大丈夫かな……上手く行くかな……」


マブダチとして上手くいってほしい。

だがなんだろうか。

この……心の中にある鉄球のような重量感は。


「……帰ろう」


そっと自転車を漕ぎ出し、僕は高校を後にした。


マブダチの恋が……実るように祈りながら。



 ※



 いつもならば帰宅する際、僕はどこかに寄り道をする。

もちろんいつもするわけではない。美衣の部活が休みの日で、更に僕のバイトも無い日。

二人でゲーセンに行ったり……喫茶店に入ったり。


「もう、そんなことも出来なくなっちゃうな……」


自転車に乗りながら、いつも美衣と一緒に行く喫茶店を通り過ぎる。

一人で入ろうとは思わないし、何より今日は間食出来ない。

何せ、大家さん……加奈さんがビーフシチューを作ってくれるのだ。まっすぐ帰らなければ。


「ビーフシチュー……えへへへへ……」


あぁ、加奈さんのビーフシチューならすごく美味しいんだろうな。

ヨダレが止まらない。


「ハッ、は、はやく帰らないと……」


逸る気持ちを抑えながら、僕は自転車で駆け抜ける。

美衣と一緒に走っていた道を。



 ※



 大家さんの家は、アパートの真横にある。

堺、と書かれた表札の家からは凄くいい香りが漂ってきていた。

僕にはわかる。ビーフシチューを煮込んでいる香りだ。


 急いで自分で部屋へと戻り、まずはシャワーを浴びる。

体を清らかにしなければ。なにせ、ビーフシチューを食べるのだから。


「そういえば久しぶりだな……ビーフシチュー……」


確か前に食べたのは……施設のシスターさんが作ってくれた時だろうか。

中学生の時だったから少なくとも二年は前。二年ぶりのビーフシチューだ。


「げへへへ……たまりませんなぁ……」


 シャワーを浴び、ジャージに着替える。

洗濯機の中から、今朝掛けた洗濯物を取り出し、ベランダへと出て干していく。


「フフンフフーン……ビーフッシチュー……ビーフシチュー……今日は美味しいビーフシチュー♪」


ベランダで僕作詞作曲、オリコンチャート五位のビーフシチューの歌を口ずさむ。

すると隣のベランダから、誰かがクスクスと笑っているのが聞こえた。


「……ってー! 紗弥さん?! 盗み聞きとは不埒な!」


「ぁ、ごめんごめん。あまりにも嬉しそうだったから……本当にビーフシチュー好きなんだねー? 悠馬君」


ニヤニヤしながらベランダで同じく洗濯物を干している紗弥さん。


ぅ、洗濯物と言えば……イカン、見るな! 今朝大家さんが変な事言うから……意識しちゃうじゃないかっ!


「私も加奈さんに呼ばれてるから、一緒にいこっか。楽しみだねー? ビーフシチュー」


「ぅっ……歌は忘れてくださいっ」



 ※



 洗濯物を干し終え、紗弥さんと共に大家さんの家へ。

玄関は既に開いていた。僕らが入ってくると見越しての事だろうが、少し不用心では……。

なんか心配だったので、玄関の鍵を閉めつつリビングへ。


「あらー、いらっしゃい、二人とも。ちょうど出来上がった所よー」


リビングのテーブルの中央にはビーフシチューがたっぷり入った鍋。

そして唐揚げやサラダ、それにフランスパンなども……。


今日は誰かの誕生日なんだろうか。凄いご馳走だ。


「さあさあ、席についてー。紗弥ちゃんワインでいい? 悠馬君はジュースね」


「ぁ、はい」


そうか、紗弥さんは大学生……当然ながら成人してるよな。なんか羨ましい。

僕も早く成人して……大家さん……加奈さんや紗弥さんと酒盛りしたい。


 加奈さんにグラスへとジュースを注がれ、三人ともに飲み物が行き渡った所で乾杯。


さてさて、待ちに待ったビーフシチュー……いただきます!


「めしあがれー」


 スプーンでトロトロに煮込まれたシチューをすくい、ゆっくり口へと運ぶ。

瞬間、口に広がる濃厚な味。なんだろう、この甘み……いい甘みがある。


 ブロック状の牛肉も、口の中に入れた途端に溶けて無くなってしまう。

何という柔らかさ……凄まじい程に美味しい。


「うふふのふ。美味しい? 悠馬君」


加奈さんは子猫がバンザイしながら、タオルの上を転げまわっているのを見るかのような目で微笑んでいる。な、なんて目でみてやがる……っ。


「お、美味しいです……」


「よかったぁー、喜んでもらえて……。紗弥ちゃんは? 美味しい?」


紗弥さんにもビーフシチューの感想を求める加奈さん。

しかし、紗弥さんは顔を真っ赤にしながらビーフシチューを皿ごとグビグビと……


ってー! なにしてん! 勿体ない! もっと味わって食べよ!


「おかわり……」


「はいはーい、たくさん食べてねー?」


あぁ、加奈さんは既に分かってた風に振舞ってる……。

もしかして紗弥さん酔ってる? 

いや、そんな馬鹿な……乾杯したの、ついさっき……具体的には約400字前だぞ。


「ウフフ、紗弥ちゃんにも喜んでもらえて良かったわー。ほら、悠馬君も食べないと紗弥ちゃんに全部食べられちゃうわよ?」


「え? えっ?」


「おかわり……」



ちょっ! まって! 紗弥さんビーフシチューおかわりするペース早すぎ!


というか酒弱すぎ! 飲んじゃダメな人だろ!


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