ゴソゴソ×2
僕の通う高校は二駅先にある。雪で電車が止まっているかとも思ったが、そうでも無いようだ。
改札を通りホームの中に入ると、見覚えのある顔を見つける。
「美衣、おーっす」
「ぁ、悠馬君……お、おはようっ!」
今日も元気良さげな挨拶を返してくれる女子。
僕と同じ高校の生徒の田辺 美衣。
高校に入学した時からの友人で、時折学校帰りにゲーセンや喫茶店に寄る仲だ。
「……? 悠馬君、そのマフラーって……」
「あぁ、これ? 隣の女子大生のお姉さんに貰ったんだけど……変?」
ブンブン頭を振って否定する美衣。
しかしなんだろう。なんか機嫌悪くなった?
あからさまに表情が暗くなってるぞ。
「隣の女子大生って……良くしゃべるの……?」
「あぁ、んー……」
良くしゃべる……と言っても顔を合わせたら挨拶する程度だし……
いや、でも大家さん……加奈さんの所でご飯食べてると時々突撃してくるよな。
「まあ、喋るって言えば喋るかな……? 一緒に飯食ったり……」
「そう……なんだ……」
なんだ、どうしたんだ美衣さん。
もしかしたらお腹でも痛いんだろうか。
僕が居るからトイレに行きにくいのかもしれない。さりげなく離れるか。
電車が来る前に、ホームの売店に行きコーヒーを購入。
すると美衣も着いてきた! あれ? トイレは?
「……美衣も飲む?」
「……うん」
なんだ、トイレに行きたいんじゃなかったのか。
なんでさっきあんな渋い顔したんだろ。まあ女の子の気持ちは男には理解不能とか言うし……僕が考えても答えなど分かるわけがない。
売店で美衣の分のコーヒーも購入し、ホームで立ちながら一緒に飲む。
あぁ、あったけぇ……極楽じゃ。
「悠馬君ってさ……バイト面白い?」
「ん? いやぁ……まあ……」
ちなみに僕のバイトは少し変わった……コスプレ喫茶。
俗に言う執事喫茶という奴だが、実はまだ始めたばかりで楽しいかどうかすら分からない。
「まあ、お金貰えるしね。楽しいっちゃ楽しいかな……ぁ、炊飯器も買ってきた」
「あー、前言ってたやつ? 釜で炊いたみたいな美味しさの……」
そうそれー、と言っていると電車が到着するとのアナウンスが。
高校への最寄駅にはこれ一本で行ける。そこからは少し自転車で走るが。
「……マフラー、私も買おうかな……いや、編もうかな……」
ふむ、さすが女子だ。編み物まで出来るとは。
美衣はもっぱらスポーツ女子だと思っていたが……。ちなみに彼女はバレー部に所属している。
身長を伸ばすため、と始めたらしいが、美衣は入学以来伸びていない。僕より少し低いままだ。
まあ、僕としてはこのままの方がいいんだが。
到着した電車へと乗り込み、すし詰め状態に。まあいつもの事だ。
僕は美衣と共に扉前へと立つ。目的の駅に到着した際、開く扉の前に。
「悠馬君って……料理出来るの?」
突然そんなことを聞いてくる美衣。
料理か、まあ出来ない事も無い。
「卵かけご飯とかなら……」
「いや、それ料理じゃないから……」
微笑みながらツッコミを入れてくる美衣。
機嫌直してくれたんだろうか。その笑顔が少し嬉しい。
むう、しかし卵かけご飯は料理じゃないのか。
ならば……
「ミネストローネ……」
「え? 作れるの?」
「ビーフストロガノフ……」
「ちょ、え? 作れるの?」
「ムール アラ プロヴァンス」
「え、何て? 作れるの?」
「おにぎり……」
「作れる……よね?」
綺麗に三角形に作る理論は分る。
あれだ、手を三角形にして握れば良いんだろう。
「理論って……つまり作った事ないって事だよね?」
無いです。
おにぎり作るくらいならご飯に塩かけて食べる。
※
そんなこんなで高校の最寄駅へと到着。
人の波に流されつつ、外に出て自転車を預けてある駐輪場へ。学生は五十円で停め放題だ。なんて良心的なんだろう。
自転車に跨って美衣と共に高校へ。僕のアパートの方は軽く雪が積もっていたが、こっちの方では全然だ。せいぜい道の脇に少し余っている程度。
そんな道を美衣と共に自転車で駆け抜ける。
時刻は八時ジャスト。ホームルームが始まるのは八時半からだが、十五分までに正門を通らなければ遅刻とみなされてしまう。駅から高校までは約十分。このままだとギリギリセーフか。
美衣と共に高校へ続く坂道を自転車で駆けていく。
周りに同じ高校の生徒が増えてきた。余裕で歩いている者、小走りで向かっている者、ガチで走っている者、様々だ。
「ねえ、悠馬君……私達ってどう見えてるのかな……」
「え? どうって……」
なんだろう。
どうと言われてもな……
「まあ、普通に友達同士に見えるんじゃない? 実際友達だし」
「ぁ、うん……そうだね……」
……?
なんか今日の美衣は元気ないな。
駅のホームでマフラーの事を聞いてきた時からだ。
マフラー……ぁ、もしかして寒いんだろうか。
しまった、そこまで気が回らなかった。貸してやれば良かったのか。
しかし今更だ。
もう既に高校の正門まで来てしまった。
「おはようございまーす」
正門で門番のように立っている生活指導の先生に挨拶しつつ、僕と美衣は二年の駐輪場へ。
隣同士に停め、鍵を掛けて教室へと向かう。
「じゃあ、悠馬君……また」
美衣は二年Dクラス。僕はSクラスだ。ちなみにDクラスはデザイン科で、Sクラスは進学科だったりする。
僕は進学する気などさらさらないが、大して他に行きたい高校も無かったし仕方無い。
将来のプランなど皆無。まあ恐らく適当にサラリーマンにでもなるのだろう。
「おはようございます、悠馬さん」
教室に入るなり、妙に丁寧な口調で挨拶してくる男子生徒が居た。
金坂 聖。たとえ同級生にでも敬語を使う、ちょっと変わった子だ。
そんな聖と僕は、親友とまではいかないにしても、それなりに仲が良い。
「おはよう、聖。今日も寒いね……」
「そんな温かそうなマフラーしてるじゃないですか。美衣さんからのプレゼント……ですか?」
いや、違いますが。
うっ、釣られて僕まで敬語になってしまう。
「……違うんですか。それはそうと……少し相談したいことがあるのですが、いいですか?」
「え? ぁ、うん。僕で良ければ……」
自分の机の脇に鞄を掛けつつ、聖と共に音楽準備室へ。
うわ、滅茶苦茶寒い……ここは普段から空調入れてないもんな。
というか相談ってなんだろう。
「……その、美衣さんと悠馬さんって……付き合ってるんですか?」
「……ん?」
いやいやいや、ただの友達です。
まあいつも一緒に遊んでるからな、そう見えても不思議では無いか。
「本当に? 二人は何も無いんですか?」
「うん、ただの友達だし……それがどうかした?」
聖は何やら顔を赤くしつつ、落ち着かない様子で僕を見つめてくる。
なんだろう、もしかして……
「聖……気持ちは、うれしいんだけど……僕、男の子より女の子の方が好きだから……」
「いえ、違います。悠馬さんに愛の告白するわけじゃあ無いですから。ま、まあ……告白は合ってるんですけど……」
え、じゃあやっぱり何か告白されるの?
なんだろう。もしかして、今日掃除当番変わってほしいとか……
「そんな理由でわざわざ呼び出したりしませんよ。実は……その……美衣さんの事なんですが……」
うん?
美衣がどうかしたんだろうか。もしかして、あいつにセクハラ受けてるとか……?
「いえ……その……」
聖は深呼吸しつつ、何か決心したかのように再び正面から僕の顔を見つめてきた。
なんだろう。こんな真剣な顔の聖を見るのは初めてかもしれない。
「実は…… 美衣さんの事が好きなんです。だから、告白しようと思って……」
「……あぁ、そうなんだ……」
驚いた。聖はなかなかの美少年で、実際かなりモテる。
一年からもキャーキャー言われてたし、確か三年からも可愛いとか言われているのを聞いたことがある。
そんな聖が、まさか美衣の事が好きだったなんて……。
「いいですか……? 俺は本気ですよ」
……ん? いいですかって……別に僕に許可とる必要ないのでは……
僕と美衣は本当にただの友達同士だし……。
「……本当に……何も無いんですか? もし悠馬さんが美衣さんの事、好きだって言うなら……俺は友情を取りますよ」
「いやいやいや、本当に何も無いから。ただ帰りにちょっと喫茶店とかに行く程度の友達だし……」
本当にそれ以上の関係など無い。
……無いんだけど……何か……引っかかる。
なんだろう、この気持ちは……。