第7話 ちからのぬきかた
「…………あのさぁおチビよぉ、確かに俺は言ったよ? どうせ来んならもっとレアリティの高い土産をって要求したよ? でもまさか幼女持ってくるとかさすがの俺も想定外なんだわ」
「真顔で幼女とか言わないでください。それに……そもそも先輩のために連れてきたわけじゃないですし」
ぼくは森の奥で眠っていた小さな女の子を見つけた。
そのあとすぐに薬局のメンバーと合流して急いで女の子を連れ帰ってきた。目立った外傷はなかったけれど、いくら声をかけても目を覚まさなかったからだ。ぼくが魔法を使えない現状だったこともあって、少しでも早くヒーラーギルドに連れて行くことが最善だと全員で判断した。
ギルド長に見てもらった結果、問題はなさそうだったけど、まだ女の子は目を覚まさずにいる。
(あんな小さい子がひとりで何をしていたんだろう……?)
子供が森の奥に一人でいることなんてまずありえない。あの辺りは魔物は出ないとはいえ、何が起こるか分からない。魔物は出なくとも野生の動物は生息しているし、あの近辺には急斜面や崖もある。何より少女は荷物をほとんど持っていなかった。
(まさか誰かに置き去りに……?)
「……とか言ってたし――――って、おい。何変な顔してんだ」
「え、あぁ、すみません。何の話でしたっけ」
「――お前また何か余計なこと考えてんじゃないだろうな?」
「そっ、そんなことないですよ?」
しまった。ちょっと声が裏返ってしまった。
先輩は周りを気にしていないようで、意外としっかり人のことを見ている。
先輩が怪我から回復してすぐ、ぼくに説教をしたときもそうだ。気にするなと言われても、自分のせいとなるとすぐに切り替えることはぼくには難しい。
今回はぼくが原因というわけではないけれど、ぼくが見つけたのだからと、ついやきもきしてしまう。
「……まぁいいけどよ。そんなことより土産はどうした土産はー!」
「一日に何度も土産を要求しないでくださいよ……」
「敬愛する先輩が病床に伏してるんだぞ? 愛を見せろよバカやろ――あだっ!?」
スパコンッっと小気味よい音を立てて、シャルさんは丸めた書類の束で先輩の頭を叩いた。
「おいこら何すんだ馬鹿! 俺の華麗なる灰色の脳細胞たちが死んだらどうしてくれる!」
「あんまりヒナちゃんで遊んでんじゃないわよ……ったく。ほら薬、早く飲みなさいよ」
「……この薬クッソ不味いから飲みたくねぇんだよ……もう少し飲むやつのことも考えて作れよな……うぇぇ」
「あぁん?!」
コップに注がれた薬を、半ば無理やりに先輩に飲ませているシャルさん。
この二人のやりとりは相変わらずだけど、先輩が少しずつ回復してきていることにシャルさんもどこか安心しているように見える。
「シャルさん、薬草採取早めに切り上げてしまってすみませんでした」
「あの状況じゃ仕方ないわよ。ヒナちゃんだけじゃなくて皆も同じ意見だったんでしょ? 私だってきっとそうするわ。それにうちの子たち、短時間の割にはそこそこ採取できたみたいだったから問題もなさそうだしね。気にすることないわよ」
「……それならいいんですけど」
「そんなに言うならまた今度採取を手伝ってくれればそれでいいわよ。あんまり気にされても困るわよヒナちゃん」
「おう、そうだそうだ。気にするくらいなら土産持ってこ――」
先輩の後頭部に二度目の攻撃が炸裂した。
(う~ん……気にするなって言われてもなぁ……はぁ)
先輩の怪我のこと。薬草採取を中断してしまったこと。ギルドの人員不足の時にぼくが手助けできないこと。そのうえさらに仕事を増やしてしまったこと。
先輩やシャルさんの言うとおり考えていても仕方がないのかもしれないが、ぐるぐると頭を巡る考えについ溜息を吐きがちだ。
「どうしたの少年。ナンだか元気がない感じ~?」
ぼんやり歩いていたらいつの間にか広場のほうまで出てしまっていた。
今朝他の街から戻ってきた行商人のギヨンさんが、ぼくを心配そうに覗き込んでいた。
「わわっ、ギヨンさん!」
「声かけてもすぐに気づかないとは、なにやらだいぶお悩み中?」
「す、すみません!」
噴水の縁にギヨンさんと並んで腰掛けて先日のダンジョン騒動と女の子のことを話す。
水面に夕暮れが反射している。付近の家からは夕飯の支度をしているのだろう、いい匂いが漂い始める。
「そっかー……ダンジョンで事故が起きたって話は聞いてたけど。クラさんも今日は見かけないと思ったらそういうことだったか。なるほどなるほど~」
「そんな忙しいときにぼくは役に立てないし、さらに仕事増やすようなことしちゃってて……なんかダメだなぁって」
「いやいや。それとこれとはまた別問題でしょ~。少年は確かに、ちょーっと考えすぎだと思うヨ~? もっとちゃんと周りのアドバイス聞かないと。マイナスは抜けようとしなければずっとマイナスなんだから。そこにいつまでも甘んじてるのは勝手だけど」
ギヨンさんはそう言って立ち上がる。いつものような少し胡散臭い笑顔はなく、声のトーンも低い。ぼくを置いて広場の向こう側へすたすたと歩いていってしまった。
とうとうギヨンさんにまで呆れられてしまったのか。ぼくは本当にダメなやつなのかもしれない。怖くてギヨンさんが歩いていったほうを見ることもできずに、組んだ手のひらをじっと見つめて座っていることしかできなかった。噴水の音がやけに響いて聞こえる。
ここにこうして座っていても仕方がない。けれど何をしたらいいんだろう。
こういう時はどうしたらいいんだっけ。ええと――。
ぐるぐると頭を回転させてもいいものは浮かんでこない。
「なーに難しい顔してるのさ、少年」
「えっ、あれ……ギヨン、さん?」
「そうだよー。みんなのアイドル、ギョンちゃんだヨ?」
「帰ったんじゃ……?」
てっきり呆れて帰ってしまったとばかり思っていたのだけれど、「なんで?」とギヨンさんは不思議そうな顔をぼくに向ける。
「少年はさ、自分がしたこと、間違いだったって思う?」
「…………どう、でしょうか」
「でも少年のおかげで助かったこともあったわけでしょう?」
確かに先輩はぼくのせいで怪我をした。けれど、先輩はぼくが持ってきた回復薬のおかげで、マナ残量を気にせずに魔法を使うことができたと言っていた。おかげで死傷者を減らすことができたとも。ギルド長も同じようなことを言ってくれた。
ぼくはその感謝よりも、自分がしたことで起きたマイナス面ばかりを気にしていた。そうして今もまだ引きずっている。
「キミが見つけた女の子だって、あのまま放置するわけにもいかなかったでしょ? まさか連れてきたこと後悔してるの?」
「そんなことは……っ!」
「……それが本音だヨ。大丈夫、誰もキミがしたことを責めたりしてない。だからキミはもう少し自分を許してあげる努力をしないとね。他人に助けてもらうことにもさ♪」
「…………」
「過ぎたこと、起こっちゃったことはどうしようもない。変えられない事実だ。でも、そこから次にどう繋げるのかが一番重要なんじゃないのかな?」
次にどう繋げていくのか。
やっぱりぼくはいろいろと考えすぎ、なんだろうな。
「すみませんギヨンさん、ありがとうございます」
「……ギョンちゃんでいいよ♪」
顔をあげれば、ギヨンさんはもういつもと同じ、ほんの少し胡散臭い笑顔を浮かべていた。
「はいこれ。少年は美味しいもの食べて力付けなさいな。まずは明日に繋がないとネ。元気も活力も美味しい食べ物から! だヨ♪」
ボクの奢り、と渡された包みの中には大ぶりの肉と野菜の串焼きが入っていた。スパイスの効いた香りが食欲をそそる。さっきからしていたいい匂いはこれだったのか。
広場の端に出ていた屋台で買ってきてくれたようだ。袋からじんわりと伝わる温かさにほんの少し視界が滲んだ。
「こういうのもたまにはいいでショ♪」
そう言ってギヨンさんは串焼きを頬張る。溢れる肉汁に時折口元を拭いながら美味しそうに食べている。
串に刺さる肉は分厚く、3センチはありそうだ。そのどれもが台形のような独特の形状をしている。
香辛料香るつけダレにテラテラと光る肉と野菜はどちらも厚みがあり食べ応えがありそうだ。肉はふっくらと焼きあがり、タレをつけてさらに炙ることでタレ・肉・野菜の香ばしい匂いのハーモニーを生み出し、ぼくの鼻腔をくすぐる。
香りでわかる。これはいいものだ。
「ありがとうございます。ところでこれ、だいぶ大きいですけどなんのお肉ですか?」
「ミュフガワキレン・ニュクス」
「ミュ…………なんのお肉ですって?」
「ミュフガワキレン・ニュクス」
よくわからないミュフなんとかの肉は、鶏と豚の間のような味がした。