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呼ばれる人々

魔法のスニーカー

作者: 空流眠人

「ドロケイ」ってね、学校で大勢のおともだちが、好きって言ってる遊びなの。最初はなんのことだかわからなかったけど、ドロケイっていうのは、おにごっこのことみたい。だけどわたしは、ドロケイを好きじゃない。みんなが知ってるのにわたしだけ知らないってのは、なんだか悔しい気がするでしょ?ことばの響きがキレイじゃないのも気に入らないし、それからきっと…、わたしにはできない遊びだから。


 わたしは2年生だけど、あんまり学校に行ったことがない。学校で同じクラスのお友達は、月に一回お手紙を書いて、それをまとめて届けてくれる。幼稚園も同じだった子ならわたしも憶えているけれど、そうじゃない子は誰が誰だか分からない。きっと相手も、よく知らないわたしに宛てるお手紙なんかは、書きにくいんだろう。先生も工夫して、お手紙の用紙にいくつかの枠を作り、一問一答で回答を書き込む形式に改善したのが先月から。特に男の子のは、いかにもやっつけって感じで大きな字で殴り書きされてたりして、なんだか味気ないなと思いながらも、いつも何度も読み返しちゃう。黄色いリボンで綴じられたプリント用紙のお手紙は、字が汚い上に間違いもあったりして、すごく読みにくいのが、ちょっと困るんだけどね。


 一昨日届いた5月分のお手紙を、また繰り返し読みながら、わたしはいつの間にか眠っちゃっていたみたい。夢の中でパタパタという足音を聞いた気がする。廊下を行き来する看護士さんの急ぎ足じゃあない。たぶん、子供。特徴的なあのリズムはきっと、子供が走る足音。


「ねえ、あっちで一緒に遊ぼう」

 そう声をかけられて、わたしはすごく驚いた。だって、子供がいるのよ。わたしと同じ歳くらいの子供で、しかもパジャマを着ていない。赤いほっぺが印象的なその子は、病室の入り口からこっちを覗き込んで、ニコニコ笑っている。

 小児科病棟には、「子供はお見舞いに来てはいけない」っていう決まりがある。仲良しだったお友達だって、もちろんお見舞いには来られない。たとえ兄弟であっても許可してはもらえない、厳しい決まり。だからここにいる子供はみんな入院患者で、普通はパジャマを着ているものだし、誰も走り回れるような元気なんてない。遊びに誘うなんて、そんな子にここで出会ったのは初めてだ。 


「あっち」って、どこだろう?ちょっと不安になる。

 わたし、あんまり動き回れない。点滴がついてるから、気をつけてないとすぐにアラームが鳴っちゃう。それに去年からは一日中酸素が必要になっちゃって、ちょっとのお出かけでも一緒に連れていかなきゃいけない荷物が多いんだよ。喘息とか肺炎とかの、入院してもすぐに軽快して退院していく子たちだって、廊下でわたしを見ても気の毒そうに目を伏せるだけ。こんなふうに気軽に遊びに誘ってくれる子は、今までに一人もいなかった。


「ダメ、行けない」って言いかける。諦めることはもう、習慣になっている。「ほら見て」って酸素を指さそうとしたら…。

 え??おかしいな、チューブもなんにもない。左腕の点滴も、いつの間にかなくなっている。じゃあわたし、もしかしてちょっとくらいなら、歩けるんじゃない?せっかく誘ってくれた、この子の気が変わらないうちに急がなきゃ。って、慌ててベッドから降りようとした。


 スリッパを履こうと足元を見たら、わあ!スニーカー!

 わたしはスニーカーを履いていた。しかも、紐のスニーカー!こういうの、前から履いてみたかったの。幼稚園の時にねだったことがあるけれど、上手に蝶々結びができないからって言われて、買ってもらえなかったんだよね。悔しかったからわたしはあの頃、ワンピースのおなかのところのリボンで、繰り返し蝶々結びを練習したんだった。このリボンはすぐ解けちゃうからって、お母さんが結び目を縫いつけてしまうまでは、何度も何度も。

 今は右足も左足も、しっかり蝶々結びができている。なんだかすごくうれしくなって、わたしはその子に笑いかけた。


「おんなじだね」そう言われてよく見たら、ほんとだ。その子もわたしと同じスニーカーを履いていた。

「この靴履くとね、すごく早く走れるんだよ」そう言いながら、もうわたしの手を引く。

「走ったらきっと、苦しくなっちゃう」って言ったんだけど、その子は「平気だよ」って笑うの。赤いほっぺと白い歯のコントラストがとっても健康そうで、だからわたしもつられて「そうかな、走れるかもね」って不思議な力強さで思えてきた。


 おそるおそる走り出してみる。大丈夫だ、わたし走れるね!

酸素がないのに、走っても走っても苦しくならない。本当にこれは、素敵なスニーカーなんだね。赤いほっぺの子は、ぐいぐいわたしの手を引っぱって、走る。


 ずいぶん走ったみたい。病院の白い壁とクリーム色の床の景色じゃ、なくなった。こんなに遠くまで来たら、看護士さんに叱られる。お母さんは、わたしが苦しくなっていないか心配して、こっそり病室を出てわたしの見えないところで泣いてるかも。いつもそうだったから、見ていなくても分かるの。だけどその子はまだ、さらに誘う。

「もっとあっち、あっちに行って遊ぼうよ!」って。

 この子が言う「あっち」がどこなのかは分からないけど、そこに行けば、わたしの知らない、きっと初めて経験する楽しいことばかりが待っているのが分かる。


 大人がダメっていうことをするのが、とっても面白くてワクワクすることだってのは、わたしも知っている。そういうのを「冒険」っていって、物語の中の主人公だって、よくやってることだよね?危ないことをしたらダメなのは分かるけど、子供が遊びに行くのって、いけないことじゃないでしょう?どこに行くのかと、いつ帰るのかを伝えずに出かけてしまったことだけは、わたしが悪いんだけど。遊びに行くのは、悪いことじゃないよね?


 その子が指さす方に、行ってみようと思った。今日は走ってもちっとも疲れない。どこも苦しくない。息切れもないし、咳だって一度も出ていない。だから、今日のわたしなら、大丈夫。どこまでも行ける気がする。

「うん。行こう!」

 返事をした声だって、こんなに元気で大きいでしょう?

 その子は笑う。とっても楽しそうに。

「あはははは。行こう。」 わたしの手を握って、再び駆けだした。


 いつか見たDVDだったかな?なにかこれに似た物語を知っている気がする。「あっち」に行った後にどうなるか、その結末を、わたしはすでに知っているのかもしれない。

 だけど「なんだ、このおはなし知ってる」ってがっかりする気持ちは不思議と起きない。この子についていったら絶対に、今までやったことがない楽しい遊びができるって予感がする。そこに行ったらドロケイだって、わたしにもできるかもしれない。


 物語の通りだとしたら、きっともう間もなくわたしの背中には、羽が生えるんだろうな。それから先は、えっと…、どうなるんだったっけ?考えてるより行ってみた方が、手っ取り早いよね。だってこんなに期待に膨らんだ気持ちで、ワクワクしているんだもの。早く行かなくちゃ。


 夕暮れが近く、赤みを増した空の雲の合間から漏れる日の光が、放射線状に地上に降り注ぐように見えて、とっても神秘的。夕陽はいずれ沈んでしまうから、この風景は長くは続かない。その子が指さす先、「お空」に向かって、わたしも駆ける足を速める。急がないと間に合わなくなる。

 

前作『舞姫』にインスピレーションを受け、今度はもう少し幼い年齢の女の子を主人公にしてみました。



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