第5話:Please, Don’t Cry
終わりの日は迫っていた。
でも、こんなラストを望んでたわけじゃなかった。
5.Please, Don’t Cry ―君にキスを―
すべてのアタックに失敗したアシュリーはあまり部屋から出て来なくなった。
いつものおしゃべりは鳴りを潜め、相手をしてもらえないチャーリーも寂しそう。
一方、僕はアシュリーをこっぴどく振った男たちの言動を思い出すたびに、はらわたが煮えくり返るような思いだった。
アシュリーのどこがいけないんだ。
どいつもこいつも、なにもわざわざあんな酷い言い方をしなくてもよかっただろう。
どうしてアシュリーがあんなやつらのために涙を流さなきゃいけないんだ。
そもそも、あんな奴らにアシュリーは全然ふさわしくないんだ。
そうだ。彼女は可愛くて、誰よりも優しくて心が綺麗な女の子なのに―――。
アシュリーはなんだか僕のことも避けているみたいだった。
協力してもらっていた手前、合わせる顔がないんだろうか。
僕とアシュリーの別れの日も近づいていた。
でも、このまま終わりたくはない。
僕はしぶるアシュリーを捕まえてパプリカとトマトをふんだんに使ったカラフルな夕食を振舞った。飲み物はもちろんスプライト。
元気を出してもらおうと大きなキャンディーもたくさん用意した。
最初は嫌々だったアシュリーも久しぶりに見たキラキラの誘惑には勝てなかったらしく、少しずつ彼女らしい笑顔を見せてくれた。
食事の後は二人でキャンディーを食べながら久しぶりにゆっくり話をした。
「ありがとう・・・・・・ジェフリー。人間は優しくっていいね。魔女は仲間にもあんまり優しくしないんだよ」
僕は、ずっと気になっていた事を問いかけた。
「このままだと、君はこれからどうなるの?」
「成人できない魔女はいらないんだって」
「いらないってどういうこと?」
「・・・・・・魔女として必要ないってこと」
アシュリーはそう言うとぶるっと体を震わせた。
「魔女って本当は意地悪で、残酷なんだろう?まさか仲間を殺したりはしないよな?」
目を見開いて怯えたように僕を見てから、慌てて首を横に振った。
「知らない」
殺されるなんて・・・・・・!
でも、絶対にないとは言い切れない。
アシュリーは嘘が下手だ。そして嘘が嫌いだ。
「アシュリー、本当の事を言ってほしい。君は本当に殺されるのか?」
僕はいつもより低めの声で真剣な表情で問いかけた。
彼女はぎゅっと目をつぶるとまた小さく震えた。返事はしなかった。
そんなアシュリーを見て僕は思わず告げていた。
「キスしようか、アシュリー。君とならキスしてもいいよ」
それを聞いて、アシュリーは急に立ち上がった。
その顔は怒っていた。今まで見た中で一番怖い顔。
「だから嫌だったの!こうなるんじゃないかって思ったから!ジェフリーは優しいから、だから、避けてたのに!」
ああ、そうか。魔女は人間の考えに敏感なのだ。
僕がアシュリーを気にしていることに気づいて避けていてくれたらしい。
でも、何のために?
「だって、君は魔女だぞ!キスして一人前にならなきゃいけないんだろう!このまま殺されるのを待つつもりかよ!」
「でも、でも、ジェフリーとキスするのだけは、絶対やだ・・・・・・」
初めてアシュリーに向かって声を荒げた僕に、彼女は泣きそうな顔でそう言った。
そうか・・・・・・僕とキスするのはそんなに嫌か。
いつになく強い否定に結構大きなショックを受けた。
そして、次に続いた言葉を聞いてそのショックはさらに深くなった。
「だって、ジェフリーは大切だもん!死んじゃったら嫌だもん!」
今、何だって?
考えるより先に、体が動いた。
気づけば僕は逃げようと後ずさるアシュリーを捕まえて、
その唇にキスを落としていた―――
唇を離すと目が合った。
真っ青な顔をしたアシュリーの大きな瞳から大粒の涙がぼろぼろと零れ落ちた。
「ジェフリーのバカ!・・・・・・バカ!バカ!バカ!バカ!」
アシュリーはフローリングにへたり込んで声を上げて泣き出した。
「ごめん・・・・・・」
ごめんね、アシュリー。
でも君が殺されるなんて許せなかったんだ。
泣きじゃくる彼女をぎゅっと抱きしめながら、なんだか僕も泣きそうになった。
次の日の朝、アパートの部屋にアシュリーの姿はなかった。
「この部屋、ジェフリーにあげる。ありがとう。」
それだけを書き残して君は行ってしまった。
アシュリー、君を泣かせるつもりじゃなかったんだ。
こんな風に終わりたいわけじゃなかった。
君と笑顔でお別れがしたかった。
僕はアシュリーの残した手紙の前で呆然と立ち尽くすことしか出来なかった。
―――それから10日が過ぎた。
僕はまだ生きていた。